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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第44話 出会い(その12)】 

 相手は悔しさを隠せない様子を見せていたが、もうどうすることも出来ない。
「分かった。降参する」
「それでは、過日三日、お主らが怪我をさせた船頭があの幟近くに泊めてある船に乗っている。手を付き頭を下げて貰いたい」
碁四郎たち侍に謝罪をすれば済むと考えていた相手は、町人に頭を下げるのを渋った。
「作次、謝りたくはないそうだ。お主に怪我をさせた者を棹で叩きなさい」
磯吉と作次が船を棹の届く所まで寄せてきて、叩く相手を見据えると棹を高く振りかぶり、躊躇う様子を見せずに振り下ろした。
除けることをしなかった侍の額が割れ血を噴出し顔を伝い滴り落ちるのを見、作次の船は満足したのか退いていった。

「次は賠償です。先ず、過日分としては医者代、釣客への弁償、当日の船賃などで二両、
今日の分としては庄内竿一本が折られたゆえ、これが三両。私の竿に掛かっていた鯛に逃げられたので、これが一両、三日間御主等を待った船賃が三両、それとこちらのお方に用心棒を頼んだその用心棒代が三日で三両・・・〆て・・・」
「十二両です」
「お~、栄次郎相変わらず早いな」
「皆さん、十二両お持ちですか
「高すぎる。とても払えん」
「払えないことは分かっています。ただ、払って貰えなければここに集まった船頭衆や船宿で雇われている者は日銭が入らないのです。本来なら腰のものを戴かねばならないのですが、それでは主持ちの皆さん生きていけないでしょうから、赦します」
「すまん」
落とされた船頭が船に上がり棹が返され帰って行くのを集まった船宿の船頭達が見送った。

 あっさりと悪さをした侍たちを帰してしまった碁四郎を見て、兵庫が
「山中さんは優しすぎるぞ」
「はい、今、私はもっと優しくなりたいのです」
「それはまた、何故ですか」
「明日は妻の帯び祝ですから」
「それで、これからどうする」
「仕事が終わったので、今日はこれで引き上げます」
「そんなに早く奥方の所へ帰りたいのか」
「そうではありません。私はこれでも坊主修業を三年近くしたのですよ。それがハゼとは言え、日に何百も殺すのは嫌です。今日は供養日にします。」
「やはり、船宿の駄目主だな」
「はい。せめて鐘巻殿は汚名をお晴らし下さい」
「それは無理です。せめて山中さん、そのままの駄目主で居て下さい」
「分かりました。その代わり抜け駆けはしないで下さいよ」
侍と町人の間を歩いている、似たような二人が冗談とは言え、互いに相手に先々も変わらず居て欲しいと思う心があった。
これが、これから長く続く付き合いをすることになる、二人の出会いであった。

第四十四話 出会い 完

Posted on 2013/04/17 Wed. 04:54 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第44話 出会い(その11)】 

 この怒鳴り声は予期していなかったと見え、一瞬侍に戸惑いの色が見えた。
が、しかし
「無礼なら、何とする」
「昼の最中かから、船で釣りをするのも憚られ、この様な形で参ったが、こうみえてもわしらは侍だ。御主等も暇ゆえの悪態とみた。その暇つぶし買ってやる。舟合戦を致そうではないか」
「舟合戦?」
「近頃、この内海に臭い屁をたれる芋侍が居ると聞き退治に来たのだ。合戦に使う槍代わりに棹は用意してある。双方五人に船頭二人だ。断われば侍の面目を無くして帰る事になるぞ」
「よし、舟合戦受けた」

 甚八郎が相手の侍から舟合戦の合意を得ると、つぎに碁四郎が叫んだ。
「よいか、お主らの船の先五間に竹棹が五本刺してある。わしらの船の先にも同じように刺してある。合戦はおぬし等の船が一間ほど動いたら始まる。いつでもよいぞ」
碁四郎たちにも、合戦の段取りが出来ていたのか、いつの間にかそれぞれの船の先に竹棹が立っていた。
相手の侍たちは海に突き立った竹棹を見て納得したのか、中央の侍は持っていた棹を艫(とも)の船頭に返した。

 船頭が受け取った棹をさし、前棹を持つ船頭と呼吸を合わせて居たが、艫の船頭の掛け声と同時に船を前方に立っている竹棹向け進めていった。
「捨吉さん船頭を突き落とす。棹を貸して下さい」
碁四郎の声に捨吉が笑い棹を手渡した。
「落としたら船を追います」
「分かりました」
相手の船がすれ違い船頭が碁四郎の棹の間合いに入った時、棹が突き出され伸びきった船頭の腰に当たり、さらに力を込め押しこんだ。
揺れる船の上で全力を棹に掛けていた船頭、体勢を崩し海に落ち、しぶきをあげた。
同時に「銀太、船を回せ」
捨吉の声で銀太が棹を外にさし、舳先(へさき)を内側へ向けようとすれば、棹を引き取った捨吉が内に棹をさし、艫を外へ押し出し、その場で一気に船の向きを変えていった。
相手の船は肝心の艫の漕ぎ手を失い進みはのろい。
一方碁四郎の船は相手の船頭が落とした棹を拾い上げ、それが兵庫の手に渡っていた。
一人の漕ぎ手に対し三人の漕ぎ手では速さが違いすぎた。
相手の舳先に乗る船頭が最後の棹をさし、惰性で進む船から立つ竹棹に片手を出し掴んだ。
しかし、竹棹は深く差し込まれており、伸びた態勢では容易には抜けなかった。
結局、船頭は追いついた碁四郎の船の舳先側に乗って居た兵庫に突かれ海に落とされてしまった。
漂った船に乗る侍五人が出来ることは、ただ身構えることだけだった。
間を空け船を並べ終えると、碁四郎がなす術の無い侍たちに向かい
「この舟合戦は、どうやこちらの勝ち。降参し、謝罪をし、我らがこれまでに被った損を払えばこれ以上のことはせず赦してあげます」

Posted on 2013/04/16 Tue. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第44話 出会い(その10)】 

「分かりました。これで修繕費用を算出できます。看板の方に修繕の文字を入れてもらっても結構です」
「旦那様。修繕はいけません。化粧直しが宜しいでしょう」
「なるほど。少しばかり後ろめたさが無くなりますね」
「それと化粧し直すとどれほど見栄えが良くなるか置いて見せるのも、その気にさせますよ」
「どうするのですか」
「篭手は左右在りますから簡単でしょう。鎖帷子も半身直されては如何ですか」
「なるほど百聞は一見に如かずの看板ですね。やってみましょう」
「いつまでも女子の看板で客を呼び込むのでは気が引けるでしょう」
「はい、気が引けていました」
「は、は、は、は~~」
男たちの笑い声が台所に響いた。

 この日、着用しないよりは益しかなと思われるような古びた鎖帷子や篭手が選ばれ、手のすいた者は化粧直し看板作りに取り掛かった。
それぞれ左側の化粧直しのため、金物が外され男たちに渡された。
兵庫は“具足あります”と書かれた看板の裏を削り、書の上手い志津に渡した。

 雨が上がった七日、三度目の船が船宿・浮橋前の船着場から出て行った。
ただ、様子がだいぶ違っていた。
この暑いのに鎖帷子を着込むことを門弟たちが拒否したのだ。
それなら、さらに身軽になろうと刀も差さず単の夏着に笠を被り、麦藁の草履(ぞうり)姿だった。

 そして佃島(つくだじま)沖に船を泊め、釣を始め暫らくすると、待ちに待った合図の笛が吹かれた。
道具類を運ぶ船に乗って居た作次がいち早く、己を叩き傷を負わせた侍の乗る船を見つけたのだ。
笛の音の合図で仲間の舟が場所を代えると水路が出来、そこを通り浦島の幟旗の一番近くで釣り糸を垂れている兵庫たちの乗る船に向かって、誘われるように、かなりの速さで漕ぎ寄せてきていた。
そして、船を三間ほど離れた所にすれ違う形で並べて止めたのだ。
五人の侍が乗った船で、その真ん中の侍が船頭の捨吉に向かい口を開いた
「ここはわしらの釣り場だ。退いてもらおうか」
かなりひどい薩摩訛で言い、さらに、退けとばかりに顎をしゃくって見せた。
「冗談言うな、この田舎侍。ここは御江戸の内海だ。とっとと国へ帰(けえ)りやがれ」と啖呵を切って返した。
その返事に苦笑いを見せた侍が手を船縁に出すと、段取りが決めて在ったのか船頭の持つ棹が横になり侍の手のひらに乗った。
侍は棹を握り締めると、勢いよく水面上をなぎ払った。
侍の乗る船側に糸を垂らしていた、兵庫、甚八郎、碁四郎らの釣竿から垂れる釣り糸が引っ張られ、切れたり竿先を折ったりした。
更にしぶきが五人に掛かったのだ。
「無礼者」
中程に座って居た甚八郎が怒鳴った。

Posted on 2013/04/15 Mon. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第44話 出会い(その9)】 

「旦那方、船を沖に向けるのを手伝って下さい」
まるで子どものように熊手を持って船から飛び降り、貝獲り場に向かい始めた、フンドシ一本の男たちの背に捨吉の声が追いかけた。
「はははは~・・そうであった」
五人は一瞬であったが、何のためにやって来たのを忘れて飛び出した己の照れを隠せぬまま、振り返り船に戻り、言われたように船を沖に向けるのを手伝った。
そして、思い出したように碁四郎は、沖の幟に向かって両手を挙げ振った。
ほんの少しの間を置いて、笛の甲高い音が聞こえてきた。
「よし、貝獲りだ」
こうしてハゼ釣後の潮干狩りが始まった。

 五人は獲れた貝で手持ちの網が一杯になると大笊へと運び、少しずつ大笊を満たしていったのだが、再び潮が満ち始めても、笛の音が聞こえてくることは無かった。

 浮橋に戻った兵庫らは明日の段取りを決めた後、日当の他にハゼと浅蜊の買い取り代を合わせ一人一朱と二百文を懐に、そして土産として獲れた貝から分けてあった蛤を持ち、夕七つ過ぎに駒形に戻ってきた。
出迎えに出てきた女たちが四人の無事な姿を見て安堵した様子を見せた。
「舟合戦。勝たれたようですね」
「いいえ、今日は相手が姿を見せず、また明日も出かけます」
「暫らく貝のお土産が続きそうですね」
「二・三日経っても出てこなければ、釣は止めます。こちらでは何か在りましたか」
「いつもと同じで、商売繁盛でした」
「具足といえども、むくつけき男が帳場に出るより女子の方が売れ行き良いとは、泰平なのですかね」
「そうでは無いのですか」
「大国清が戦に負けたと聞きますし、日本の周りにもその異国の大船が来ているそうです」
「泰平の眠りを覚ます日が来るということですか」
「日本には既に目を覚ましている者たちが居るはずです。その人たちが騒ぐことになるでしょう」

 翌五日も肝心の相手が姿を見せぬまま終わり、浮橋に戻ってきた。
空の具合を見ていた船頭の銀太が
「旦那、明日は降りそうですが」
「そうですか。鐘巻殿、聞いての通りです。明日は草鞋作りでもして下さい」
「そうします。ところで雨の日、お主は何をするのだ」
「表に吊るしてある物を作っています」
「表? あの草鞋か」
返事をする代わりに碁四郎が笑うと、兵庫も笑った。

 そして六日はやはり雨だった。
昼飯を食い終わったところで栄三郎が口を開いた。
「先生。具足などの修繕の手間が出ましたが、利をどれほどにしましょうか」
「手始めですから手間賃に仕入れ代を倍にして下さい」
「手間賃は一日でいくらにしましょうか」
「一朱にして下さい」

Posted on 2013/04/14 Sun. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第44話 出会い(その8)】 

 これは昨日知り合いの船宿に手を回し、浦島の幟が立てられた釣り場に集まるように手配されていたのだ。
数多く集まったのは釣日和で客が集まったことと迷惑な釣り船を誘き寄せ、それが退治されるのを見ようという船宿の思いが重なった為であった。
しかし、昨日昼前にやってきて悪さをした船は昼近くになっても姿を見せなかった。
そして、何処で撞いたのか鐘の音が聞こえてきた。
「昼飯にしましょう」碁四郎が大声をあげた。
釣竿が上げられ、各々が手を海水で洗い、臭いを嗅ぎ、また洗うなか、船は昼飯を積んでいる船へと寄せられていった。
弁当行李と箸が五人の釣人と船頭に渡され、瓢箪の麦湯が補給された。
弁当を明けると飯のおかずにハゼの甘露煮が入っていた。
「お主のところは客からハゼを安く買って、こうして次の客に高く売るのか」舳先(へさき)に乗った兵庫が艫(とも)の碁四郎に話しかけた。
「はい、御蔭で私もハゼの腸(わた)や鰓(えら)を取ったり、焙(あぶ)ったり、干したりさせられています」
「そうか、今日もさせてやるぞ」
「今日はやりがいがありそうですね」

 昼飯を食い終わり、また釣が始まった。
ハゼのあたりは変わることなく良く、飽きさせることは無かったのだが狭い所に永らく居座っているのが辛くなってきていた。
「山中さん、もう今日は来ぬだろう」
兵庫の問い掛けに碁四郎は脇で棹を持つ捨吉の顔を見ると、捨吉が頷いた。
「釣を止めて戻りますか」
「いや、汐が引いて干潟が出来ている。腰伸ばしに浅蜊でも獲らぬか」
確かに、此処にきたとき立てた幟の様子から三尺以上、潮が引いて深川から沖に向かって干潟が出来ているのが見えた。
「磯吉さん。潮干狩りの道具は乗せて在りますか」
「こんなことも在るだろうと思い、まだ下ろして居ませんよ」
釣竿などが返され変わりに熊手と貝を入れる網と大笊そして用心のため藁草履(わらぞうり)が渡された。
「旦那、もし奴等が来たら、笛を吹きますんで戻って下さい」
「分かっています。干潟に上がったら両手を振りますので、笛を吹いて下さい。聞こえたら潮干狩りを始めます」
いざと言うときの段取りが出来、碁四郎たちの船は深川の干潟に向かって漕ぎ出されていった。
船に乗って居た侍達は着ている物を脱ぎ始め、船が二町ほど進んで浅瀬に乗り上げた時には脱いだものはきちんと畳まれ、その上には両刀が乗せられていた。

Posted on 2013/04/13 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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