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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第45話 堪忍紐(その22)】 

 奉行所を訪れた兵庫は、兄の与力鐘巻兵馬と会っていた。
兵馬の前に置かれた懐紙の上に、長さ、結び目、紙質も同じな二本の堪忍紐が乗っていた。
「どうやら有吉と会ったようだな」
「はい、兄上、本日朝四つ前、有吉謙吉が六郷渡しより矢口側へ五町入った土手下にて見事、腹を切り果てました。見届けた者は薩摩藩士四人、山中殿、弟子の三人と私でございます」
「腹を切らせたのか。薩摩の事情は分からぬが、藩邸で腹を切らせずに国へ戻しても有吉にとって良いことは無かったろう」
「おそらく国に戻ることも出来なかったでしょう。同道していた薩摩藩士四人の刀を奪い検分したところ、堪忍紐に切り込みが入っておりました」
「そうか、四人は有吉を斬る、嫌なお役を仰せ付かっていたのか。薩摩の四人にとって兵庫等が出てきたことは有難かったと今頃思っているであろうな」
「それでは、これで引き上げますが、お願い致しました六郷の見張りをお解き下さい」
「分かった。兵庫、此度のこと礼を言うぞ。それと斬られた仙太郎の身内にも、奉行所から内々だが仇が取れたことを、伝えておくぞ」
「有難う御座います」

 奉行所からの帰り、兵庫は再び船宿・浮橋に山中碁四郎を訪れた。
「鐘巻様、色々と有難う御座いました。どうぞ、お上がりください」
話を聞いていたのか碁四郎の妻・静が出てきて挨拶した。
「いや御新造さん、裏で薪を割る音は碁四郎さんでしょう?」
「分かりますか」
「侍が出来ることは少ないですからね」

 兵庫が裏庭に行くと、薪を割る碁四郎の後姿があった。
薪を台においては鉞(まさかり)を振り下ろし、真っ二つに割ることを繰り返していた。
兵庫は暫らく見ていたが、声を掛けることもなく引き返した。
「鐘巻様、もうお帰りですか」
「私も薪を割りたくなりましたので」
静が兵庫の意を解したのか、頭を下げた。

 兵庫は此れまでに何人かの人を斬ったことがあるが、目の前で腹を切って死んでいく者を見たことはなかった。
最初から最後まで、目を逸らさずに見続けるのは忍耐に要るものだった。
人を斬った時は死んでいく者の気持ちなど考えもしなかった。
しかし、切腹の場に立ち会うのは全く別で、死なねばならぬ者の気持ち、その無念さに襲われそうになるのを振り払わねばならなかった。
碁四郎もまた同じような気持ちに襲われたのだろうと兵庫は思った。

 兵庫が駒形に戻って来ると、竹刀の音が聞こえてきた。
少々遅くなった昼飯を食い終わった兵庫は、一休みすると三人との稽古に加わり、若い門弟に悲鳴を上げさせ、その日の出来事を一時(いっとき)忘れさせた。

第四十五話 堪忍紐 完

Posted on 2013/05/09 Thu. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第45話 堪忍紐(その21)】 

「見事な御最後でした」
有吉の死を見届けた碁四郎はひとこと言うと、今度は有吉の骸(むくろ)に手を合わせ、阿弥陀経を唱え始めた。
坊主修業もした碁四郎の堂に入った経で、有吉の骸に引導が渡されている間、周りの者も手を合わせたのだ。
 経を済ませた、碁四郎が兵庫を見た。
兵庫は頷き
「甚八郎、源次郎、富三郎、お預かりした刀を私の横に置き土手に上がりなさい」
次々と置かれていく刀を見て、兵庫はこれで良かったと思った。
どの刀にも切り込みの入った堪忍紐がついていたのだ。
それは、有吉が仲間の藩士にどこかで闇討ちされることを兵庫に語っていた。
「それでは、失礼仕ります。今日のこと一切他言は致しませぬゆえ、お気遣い無用にお願いします」
碁四郎の言葉に何故か薩摩藩士四人が頭を下げた。
奪った刀をその場に置くと、兵庫と碁四郎は三人が待つ土手に上がり、来た道を戻っていった。
それを追う、薩摩藩士は居なかった。

 五人は走っていた。
休むことなく、話をすることもなく、ただ駆け続けた。
それは、追いかけてくる有吉の死に様から逃げ切ろうとするかのようだった。
途中、金杉橋で碁四郎が世話をかけた芝浜屋と仙太郎の家に行くと言い、抜けた。
 浅草御門を抜けた兵庫らは、碁四郎の店・浮橋により、無事済んだことを妻・静に告げ安心させると、預けた稽古着を受け取り駒形に戻った。
四人は、井戸で手足を洗い部屋に戻ると、乱れていた髪を直しあい、衣服を侍姿に改めた。
仏壇に各々が線香を供え、手を合わせたのだ。
普段とは違い交わす言葉も少ない、その様子を志津と佐那が部屋で、お道とお琴が台所の土間で何が合ったのか察しながら見ていた。

 暫く静寂が続いたが、兵庫が己らの様子を見ていた志津に向きを変えた。
「志津、私はこれより奉行所に行ってきます」
「はい、お帰りは?」
「昼を回りますので、食べていて下さい」
「先生・・・」
「佐那、何ですか」
「千葉の道場に戻る事になりました。長らくご指導ありがとう御座いました」
「戻られますか。残念ですが仕方がないことですね。一緒に稽古が出来、楽しかったですよ。また来て下さい」
「先生もお越し下さい」

 いつもは忙しく家を飛び出すことが多い兵庫だったが、紋服姿で気も重そうな様子を見せ出ていった。
その後ろ姿を見送る女たちも暫く動きを止めていた。

Posted on 2013/05/08 Wed. 04:57 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第45話 堪忍紐(その20)】 

 一方、碁四郎を追った侍も惨めだった。
兵庫等が残っていた者を倒す声で、碁四郎を追っていた侍が振り向いたのだ。
追った侍が碁四郎に背を見せた瞬間、背後から襲われてしまった。
 さほど時も掛からず倒された五人は両刀を奪われ濁流が引いた後の草原へ蹴落とされていた。
奪った刀を碁四郎、兵庫そして門弟の三人が手に持ち、手ぬぐいの頬かむりをとり囲んでいた。
「お主らは・・・」
仁王立ちして囲む五人を見て、先日舟合戦した相手とやっと気が付いたのか、一人がつぶやいた。
「鐘巻殿、紙縒りを貸して下さい。合わせてみます」
そういうと碁四郎は奪った大刀の小柄を抜き、新しく通されていた堪忍紐を切り、抜き取った。
兵庫が腹掛けのどんぶりから紙縒りを出し、碁四郎に手渡すのを侍達はただ見ていた。
碁四郎が二つの紙縒りの長さを比べてみた。
「間違いない。この刀の持ち主、あんたが有吉謙吉さんだね。奉行所まで同道してもらいたい」
奉行所と聞き、有吉以外の四人の顔にはっきりとした殺気の色が生じた。
兵庫はその殺気に、奪い手にしている刀を見た。
同じように堪忍紐が施されていたが、その鍔近くに八分程度切込みが入っていたのだ。
「碁四郎さん。それでは、御四方の護衛のお役目が果たせませんよ」
「ああ、気がきかぬことを申しました。それに奉行所に有吉殿を連れて行っては浪人扱いされ打ち首となる。それでは有吉殿、訳もなく人を殺めた罪の償い、脇差をお返ししますので、ここで御最後を」
碁四郎を、殺気を帯びた目で見ていた四人の藩士に安堵の表情が浮かんだ。
「分かった。腹を切る」
有吉が碁四郎に返事をした。
「みなもよく有吉殿のご最後を見届けるように。侍である以上、いつか己の身に降りかかることだからな」
兵庫の言葉に甚八郎、源次郎、富三郎の三人は囲みを解き、有吉に面する位置に座り、薩摩藩士も有吉の様子が見える少し離れた位置に座りなおした。
「我ら介錯は出来ません。また、お供の方にも、今、刀は戻せません」
そういうと、碁四郎は歩み出て奪い取った脇差を有吉の前に置いた。
「お心、安らかに」

 碁四郎が、有吉の正面に戻り座ると、有吉はこの世への未練が既に拭い去られていたかのように、着ていた羽織を脱ぎ、座りなおし胸、腹と襟の合わせを開き前に置かれた脇差に手を伸ばした。
 躊躇うことなく抜くと、小袖の裾で刀身を巻き握り、碁四郎に一礼した。
碁四郎が礼を返すと、有吉は脇差を浅く一寸ほど腹に突きたて引き回し、抜くと鳩尾下に刺し左手を棟に添え押し下ろした。
それも抜くと絡めていた小袖を払い、脇差の刃筋を横に地に立て打っ伏せた。
太い血筋を切ったのか有吉の血の気が引いていき、苦悶の表情が消え、暫らくして動きが止まった。

Posted on 2013/05/07 Tue. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第45話 堪忍紐(その19)】 

「鐘巻殿、その番人が効いたようですよ。土手の上をよく見て下さい。土手を西へ行く侍五人が居ますよ」
先頭を走っていた碁四郎が指さした
「なるほど、どうやら、取締りの緩い矢口渡しに回るつもりのようですね」
「私がこれから五人を追い抜き薩摩の者か確かめます。戻らねば薩摩のものですから後ろからお願いします」
「分かりました。皆、草鞋を代え手ぬぐいで頬かむりしなさい」
五人が新しい草鞋に履き替えると碁四郎が再び駆け、間を置いて兵庫らもそれを追っていった。

 碁四郎の地を蹴り近づく音が聞こえたのか、前を一列になって歩く、最後方の侍が振り向いた。
五人とも皆、笠を被った旅支度で薩摩の侍か不明であった。
土手の道幅は在るのだが、中ほどには水溜り、縁には露に濡れた草が伸びており、大手を振って歩けるところは狭かった。
「お侍様。先を急ぎますんで、脇を通らせて頂きますよ」
碁四郎が走るのを早歩きに変え、頭を下げ、土手縁の草の伸びた辺りを追い抜いて行くと、前方を歩く侍が急に前を塞いだ。
その時、碁四郎は侍の刀に堪忍紐が施されているのを見、薩摩の者であることを確信した。
碁四郎が歩くのを止めると、今度は後ろを塞がれた。
「邪魔だ、急ぐなら早く歩け」
後ろの侍の声に振り返ると額に青あざが見えた。
「どうも、すいません」
碁四郎は通り抜けようと更に土手の縁を下り、斜面に足を踏み入れた。
そこで青あざの男が碁四郎の肩を押した。
何か悪さを仕掛けてくることは碁四郎の読みで、軽く受け流すと手首を掴み引いてみた。
落ちるのを嫌ってか、青あざの侍が手を引くその力を利用して碁四郎は土手に上がり、更に、鉄拳を見舞っていた。
薩摩侍と知った碁四郎に遠慮は無かった。
鼻を潰された青あざの侍が崩れ落ちるなかで、碁四郎は侍の大刀を鞘ごと抜き取った。
たかが町人一人と侮っていた侍に瞬時の対応が遅れた。
最初に碁四郎の前方にはだかった侍は碁四郎の鞘ごと振るった刀で横鬢を打たれ昏倒したのだ。
「あばよ、サンピン」
碁四郎は逃げ出していた。
それを一人が追っていった。

 侍たちと二十軒ほどの間合いを保ち追っていた兵庫は、碁四郎が五人の侍に絡まれているのを見ると、「始まったぞ」と一声揚げ駆け出し、弟子の三人が追った。
鼻っ柱を殴られ倒れた侍の様子を見ている侍に近づくと、話しかけた。
「お侍様。どうかなさいましたか」
「すまぬが、あの逃げる男を捕まえてくれ」
「分かりました。その前に・・・」
兵庫の足が倒れた侍を気遣い、腰をかがめていた侍の顔面を蹴り上げていた。
そして更にもう一人も兵庫に殴り倒されてしまった。
その倒された侍には、甚八郎、源次郎、富三郎が飛び掛り、両刀を奪ったのだ。

Posted on 2013/05/06 Mon. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第45話 堪忍紐(その18)】 

 雨が上がり数日経った十三日、庭道場も乾き、竹刀の音が響いていた。
そこに股引き、腹掛け姿の山中碁四郎が大戸から裏に通じる通り庭を駆けぬけ顔を出した。
「鐘巻殿、出番が来ましたよ」
竹刀の音が止み、皆の目が注がれた。
「分かりました。こちらは四人で行きます」
「助かります。海が凪いで居ますので船で品川へ向かいます」
「先回りですか」
「先回りは出来ませんが、二里ほど楽をして追いかけましょう」
「分かりました。すぐ行きますので待っていて下さい」
「頼みます」

 碁四郎が帰って行くのを追うように、兵庫らも裏庭の道場から台所に入った。
「皆、道着のままだ。着替えは船の上でする。草鞋を大目に持っていきなさい。志津、大きめの握り飯を頼みます」

 こうして、懐に草鞋を入れ、片手に股引き、腹掛けの着替え、もう片手には握り飯を持った四人が、碁四郎の待つ浅草・平右衛門町の船宿浮橋に向かって走り出した。
「船で休める。急ぐぞ」
兵庫の声が飛んだ。
その後ろ姿を、事情を知っている志津が心配そうに見送っていた。
浅草の目貫通り、浅草御門を目指し、駆け抜けていく四人が、碁四郎が待つ浮橋の船着場に着いた時には、握り飯は消えていた。
着替えを片手に、頬には飯粒を付け、息を切らしている四人を見て、緊張の糸が解けたのか未だ肩で息をしていた碁四郎に笑みがこぼれた。
「皆さんの健脚ぶり見届けました。さあ船に乗って下さい。麦湯などの支度は出来ています」

四人乗り込むと、碁四郎が船の舳先を押し出し、船頭の捨吉と銀太がもつ竿に力が入り、神田川を下り始めた。
大川に出ると流れに乗った船は、幾つかの橋の下を潜り抜け、最後に老朽化したうえに、嵐の被害も受け、おぼつかない様子の永代橋を潜り、江戸湾に出た。
 竿を櫓に持ち替えた捨吉と銀太が櫓拍子を合わせる声をあげながら漕ぎ、品川沖に向かい進んでいった。
暫くして捨吉が前方を指さした。
「旦那。アレが猟師町の弁財天です」
「出来るだけ南に着けて下さい」
「分かりました。品川南本宿の浜に着けますんで、そこから追い駆けてくだせぇ」

 船が砂浜に乗り上げると、碁四郎そして腹掛け股引き姿に着替え終えていた兵庫以下四人が次々に浜辺へ飛び下りていった。
 浜を南に走り、品川宿の外れで東海道に出た五人は、南の六郷渡しに向かい行き交う旅人とすれ違い、追い抜いていった。
鈴が森の刑場を過ぎ、行く手に六郷の堤が見えてきた。
「山中さん。渡られたら、川崎、その先まで追いかけましょう」
「そのつもりです」
「先生。奴等が渡ったか否かは分かるのですか」
「分かりますよ。渡し場に、有吉の顔を知るものを番人として頼んであります。」

Posted on 2013/05/05 Sun. 04:30 [edit]

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