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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第46話 前兆(その25)】 

 三日、口入屋から大名家の新規募集札を受け取り、剣術腕前判定所に来る者は居なかった。
代わりに、辰五郎が頼んだ鉢金の残り七十枚を持って来た。
鉢金の塗り、乾燥、鉢巻付けが終わったのは五日だった。
傷つかぬように一本一本、薄紙に包まれた鉢巻は箱に詰められていくのを、木下佐十郎が見ていた。
水戸家への納品を兵庫から頼まれたのだ。

木下は風呂敷に包まれた荷を背負い、懐には

受取証
鉢金百本の代金として百貫文
尚約束両替 一両を六千三百二十文とす。
代金
十五両三分一朱と六十五文
前金二両受領につき
残金十三両三分一朱と六十五文
鐘巻兵庫 花押
水戸中納言様

と書かれた受取証を納め朝四つ前に水戸下屋敷に向かった。
そして、品物を納めた佐十郎が戻ってきたのは昼過ぎだった。
「何か不都合が在りましたか」
昼前には戻ると思っていた兵庫が尋ねた
「いや、この通り残金の十三両三分一朱と六十五文は戴いてきた」
「ご苦労様でした」
「木下様、何か良いことが在ったのですね」
志津が尋ねた。
「分かりますか?」
「言いたいのでしょ。言われた方が宜しいのではありませんか」
「実は、仕官しないかと誘われた」
「仕官・・・水戸家にですか?」
頷いた佐十郎が事の次第を話し始めた。
「品物を納め終え、戻ろうとすると、道場にやってきた、あの江幡信六に引き止められたのだ。そして色々と尋ねられ返事をしていたら、塙という用人が出てきてわしの剣の腕を水戸で生かしてはみぬかと・・・」
「それでお受けしたわけですね」
「そう言う事だ」
「禄は」
「お主が断わった二百石には到底及ばぬが、今回の新規雇いで用人が差配できる五十石の足軽小頭だそうだ」
「それは目出度い。お祝いをしましょう」
「有難いが、色々とすることが出来たのだ。髷を直し、着る物も頼まねばならぬ」
「そうですか。それでは金が要りますね。どうぞこれをお使い下さい」
兵庫は先ほど目の前に置かれた金を佐十郎の膝元に押し返した。
「支度金は戴いた。これは貰えぬ」
「遠慮しないで下さい。五十石、決して楽ではありませんよ。たいした邪魔になりませんので持っていって下さい」
佐十郎は歯を食いしばった顔に涙を浮かべ、兵庫に頭を下げると目の前の金を押し戴き懐に納めた。
 居合わせた、お道、お琴、お糸にも礼を述べ、出て行く佐十郎を兵庫は見送った。
磊落(らいらく)な木下佐十郎の仕官は、異国艦隊の動向に備えるもので、兵庫にはこの国が大きな変化に襲われる前兆と感じざるを得なかった。

第四十六話 前兆 完

Posted on 2013/06/03 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第46話 前兆(その24)】 

 二日の朝、兵庫が辰五郎と栄吉の鍛冶場に寄ると、鉢金が三十出来上がっていた。
「仕事が早いな」
「栄吉さんが手伝ってくれていますので」
「栄吉さん。安い鉢金作りをさせて申し訳ありません」
「じゅ・充分、て・手間賃は戴いています」
「はっきりしたことは未だ言えませんが、まだ注文が入るかもしれませんので・・」
「いったい、何が起こっているのですか」
「今、分かっていることは水戸様が鉢金の他、多人数の足軽を集めようとしていることです」
「分かりました。鋼も炭も未だ使い始めたばかりで充分ありますから、安心して下さい」

 朝駆けから駒形に戻ると川端に昨日の朝来たような者たちの姿が見られた
「辰五郎から、鉢金三十受け取ってきました」
「塗りはお願いしますよ。女の手は漆に弱いので」
「木下さんが来たらお願いしますので風呂場に支度だけお願いします」
 兵庫は着替え、防具を着け終わると
「お糸さん。表に看板出しても良いですか」
「はい」
お糸は返事をし、表の帳場に座り、兵庫は表に看板を掛けていると、木下佐十郎がかけてやってきた。
 兵庫と裏庭へと通り庭を歩く佐十郎が
「口入屋には水戸の話ししかなかった」
「分かりました。木下さん支度して下さい」

 口入屋から水戸家の札を渡されて腕前の判定を受けに来た者たちの数は前日よりやや少な目であったことと、兵庫等も慣れたため朝五つの鐘が鳴る前に判定が終わった。
 防具を外している兵庫の縁台に、出番がないままに過ごしていた木下が歩み寄った。
「木下さん。申し訳ないのですが、朝飯が終わったら水戸様から頼まれている鉢金に黒漆を塗って頂きたいのです」
「漆か・・・かぶれないか」
「触れなければよいのです」
「無理を言うな。あの様な薄っぺらい物触らずに出来るものか」
「出来ます。串団子は手を汚さずに食べられるでしょう。女衆が鉢金に串に代わる台を貼り付けておきましたから、それを持って塗ればよいのです」
「分かった」

 こうして朝食後、兵庫は時々、腕試しに訪れる者の技量を判定しながら、空いた時を使い草鞋作りに使う縄を綯っていた。
 午後になってやってきた山本碁四郎に兵庫は、木下から聞かされた話をし、腕試し判定家業の特需が終わりに近づいたことを伝えた。
「分かりました。明日からは風呂屋の二階で碁でも打って過ごします。今日は稽古をしましょう」
兵庫と碁四郎の激しい稽古が始まり、その音が大川沿いを歩く者へ届くと、腕試しに来る者も居たが、それは兵庫と碁四郎にとってはほんの僅かの息抜きだった。

Posted on 2013/06/02 Sun. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第46話 前兆(その23)】 

 道場が忙しくなっているとは露知らず、やってきた木下佐十郎は外まで並ぶいささか柄の悪い男たちを見て慌てて店に飛び込んだ。
「脇から入るな。順番だ」
「すまぬ。わしは此処の者だ、お糸は居るか」
「木下様。のんびり来るからですよ。お客様、通して上げてください」
 木下佐十郎が来たのだが、客は判定札を貰うと長居せずに出て行くため、佐十郎の出番はなかった。
ただ、すごかったのは判定を始めてから五つの鐘が鳴り暫らく経ったところで並んでいた列が消えたことだった。
判定する兵庫より判定される側の方が急いだこともあったが、一刻の間に七十二人を判定し、兵庫が一本取られることはなかった。
その七十二人の内には、目録と皆伝の間の二段が一人と目録並の一段が五人いたことを思えば、測り知れない兵庫の強さだった。

 一陣の人の嵐が過ぎ去り、少々遅くなった朝飯を食べ終わり茶を飲んでいると、表にさえが母・せんに伴われ千住からやってきた。
それを出迎えたのは、お道とお琴で、部屋に上がった母親・せんは志津と暫らく話して帰っていった。
 食後の女たちの仕事はさえが一人加わったこともありはかどり、余裕が出来たのか琴の調べも流れ始めた。
そして、兵庫の前にも腕前を見てもらおうとやってくる者が居て、飽きさせることはなかった。

 午後になって、兵庫から“初”の判定をされた町人が
「やっぱり“初”か」とため息をついた。
「どうした、ため息等ついて」山中碁四郎がたずねた。
「口入屋で話を聞いて試しに来たんですけれど、“初”では中間にも雇ってはもらえないそうです」
「それほど中間になりたいのか」
「本当になりたいのは足軽ですが、これから冬が来ますから飯と住まいが確かなら中間でもと思っていたのです」
「そうか、だが“すまじきものは宮仕え”という。“初”で良かったかもしれませんよ」
「そうだな。慰めてくれてありがとうよ」

 腕前を試しに来る者が途絶え、兵庫が己の面を外しそよ吹く風で頭を冷やしていた。
「鐘巻さん。朝、口入屋の紹介でここに来た者は七十二人だったそうだが、明日も来ると思うか」
「言いませんでしたが水戸から同じ鉢金を百、頼まれていますので来ると思います」
「百ですか。水戸の動きが異国船への備えとすると、他の大名も動きますね」
「横並び意識が在りますから、数日で分かるでしょう」
「どの大名も足軽組は名ばかりの存在と聞いています。暫らく口入屋の様子を見てみます」
「その役なら、この佐十郎様が適役だ。知り合いの口入屋に足軽の仕事が来ているか尋ねてみる」
 この日は腕試し客に恵まれ、助っ人の碁四郎と佐十郎はそれぞれ一分受け取り帰って行った。

Posted on 2013/06/01 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第46話 前兆(その22)】 

 月が代わって九月の一日、朝駆けから兵庫が駒形に戻ってくると、普段見慣れぬ荒げた様子の男が店近くの大川端に屯(たむろ)していた。
兵庫が大戸をくぐると、お糸が待っていた。
「先生。腕前判定を願う方々が大勢、参られましたので、外でお待ちいただいております」
「あの方々がそうでしたか。それにしても何で急に・・・看板を出しますので、支度をお願いします」
 兵庫が店の出格子に“剣術腕前判定所”の看板を掛けると、それを待っていたかのように男たちが動き出し店の中に入ってきた。
その異様さに兵庫が改めて、
「御用は何でしょうか」と尋ねた。
「今、出した看板、百文の客ですよ」
「皆さんそうですか」
「此処で札を貰って、水戸様へ行かねばならん。早くして貰いたい」
「それで、此処へ来たのは何方から言われたのですか」
「なんでぇ、知らねぇのか。水戸様から足軽・中間を雇う話が、この界隈の口入屋に出されているんだ。ただ、ここで腕前の札を貰って行かねぇと駄目なんだ」
「分かりました。暫らくここでお待ち下さい。支度を致します。お糸さん、帳場の方、頼みます」

 兵庫が奥に消えると座っていたお糸が立ち上がった。
「それでは、判定願い札を百文と引き換えにお渡ししますので、札を持たれて方は奥へ進み裏に出て先生に従って下さい」
しかし、店に入ってくる者が増え、あっという間に作ってあった十枚の判定願い札がなくなった。
「済みません。判定は三本で直ぐに決まりますので、札が戻るまでお待ち下さい」

 一方裏では、兵庫が集まった者へ
「防具は三組用意してあります。竹刀は好きな物選んで下さい。判定は私が三回打った時点で終わります。その間何度でも私を打っても構いません。判定を書いた札はあそこの縁側で受け取り、防具を外しお帰り下さい」
来た者の多くは侍崩れの足軽経験者で、それなりの剣術修業を積んできた者たちだった。
だが、兵庫との腕の差は明白で、ゆっくり十も数えるうちに一本打たれ、三本打たれるまで時を要すことはなかった。
判定立会いが終わる度に兵庫から“初”、“中”、“上”、“段”の何れかの声が飛び、志津が用意されていた竹札を選び、裏に日付を書き加え渡した。
しかし、こんなに多数の腕自慢が一度に来るとは思っておらず、用意されていた判定の書かれた竹札が尽きるのが見えてきた。
「お道、紙を竹幅の倍で切って下さい。竹札代わりに使います」
台所仕事をしていたお道が加わり、判定現場は忙しさを増していった。

Posted on 2013/05/31 Fri. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第46話 前兆(その21)】 

 兵庫は銭百貫文の注文を貰い、この商いに手ごたえを感じた。
「有難う御座います。早速取り掛かりますので・・・」
「おお~忘れていた。前金一割だったな。本日の相場は一両六千三百二十文と聞いて参ったがそれで、支払いを決めてよいか」
「構いません」
「それでは本日は前金として二両置いていくので受け取り証文をお願いしたい」
「分かりました」
兵庫は志津に目配せした。

 暫らくして志津から手渡された証文に兵庫は名を自書し花押を書き加え江幡に渡した。
江幡はそれを確かめると、懐の紙入れから二両出し兵庫の前に置いた。

 仕事の取り交わしが済んだが、江幡が腰を上げようとしない。
「私、此れより鉢金の手配を致さねばなりませんが、まだ何か御座いますか」
「うむ、庭に控えて居るのが木下佐十郎殿か」
「はい、何故名をお知りですか」
「今朝方、若い者二人が来たであろう。お主より強い者が居たと」
「ああ、たしか会沢殿と君和田殿でしたか、木下にだいぶ叩かれ帰りました。確かに強い侍で、先日までは本所の団野道場で代稽古を勤めておりました」
「何故、此処に居る」
「それは木下が神道無念流のため、直心影流の団野道場とは縁が薄かったようです」
江幡は頷き、重かった腰を上げた。

 水戸の使いを返し、部屋に戻った兵庫に志津が
「鉢金を百の話は本当だったのですね」
「同じ物となると足軽以下の者に着けさせ、水戸の者と分からせる印でしょう」
「早速辰五郎に念押しをして来て下さい。私は団十郎茶の鉢巻の手配をいたします」
 こうして兵庫は辰五郎に朝方頼んだことに念を押すため、水戸藩から百の鉢金依頼が来たことを伝えたうえで、その倍の鉢金を打つことを頼んだ。
兵庫の店としては大口の注文が水戸家から入り、女達にも否応無しに侍が必要な世に代わり始めたことを知らされたのだ。

 その日の午後、手の空いた女達は届けられた団十郎茶の布を切り、鏝(こて)を掛け縫い鉢巻作りをする者、以前辰五郎から届けられていた鉢金を出来上がった鉢巻に止める者と慣れた手つきで仕事をした。
 一方兵庫に佐十郎、午後にやってきた山中碁四郎は三人で立ち合いをし、竹刀の打ち合わせる音、気合いを掛け合い、外を通る腕自慢を呼び込んでいた。
しかし、腕前判定を望む者は時折り、訪れるだけで、それもすぐに終わり、三人は心行くまで己らの稽古を楽しんでいた。

Posted on 2013/05/30 Thu. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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