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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第47話 明暗(その11)】 

 兵庫が戻るのを志津以下女たちが待って居た。
「済みません。なんとか無事済み、お咎めは無さそうです」
「佐野様のお赦しをいただけたのですか」
「子を殺されたのですから赦されたとは思って居ませんが、仁十郎殿は勘当された身だったのです。表立って佐野家は何も言えなかったのです」
兵庫の言葉に安堵する女たち、その目の前で兵庫の腹がなった。
「そう言えば、まだ旦那様は朝飯を食べて居ませんでしたね」
「先生が食事を忘れるなんて・・」

 この日は悪いことばかりではなかった。
あの腹を空かせて兵庫から二段の判定を貰った天野源吾がやってきた。
「鐘巻先生。おかげさまで津軽様の足軽に雇って頂けました」
「それは良かったですね。あの間合いからの飛込みには驚かされました。早く身体を戻して下さい」
「はい、屋敷内の道場へ出入りを許されましたので、加藤様に鍛えなおしてもらいます」
兵庫は天野に長脇差を一振り与え、帰した。

その夜、志津は兵庫に尋ねてきた。
「何故、逃げていく者を追い、斬ったのですか。これまでの旦那様と変わられたのですか」
その問いかけに兵庫は考えた。
これまでに、兵庫は何人も人を斬ってきたが、それは怒りの表れだった。
しかし、今朝の三人は怒りの為に斬ったとは兵庫自信も思えなかった。
それは兵庫にとって新しい感情の芽生えが斬らせたのだ。
「変わったのかもしれません。ただ禍根を残したくは無かったのです」
「禍根ですか」
「はい。三人のうちの一人は、防具無しで勝負を挑んだ男で‘養生してまた来る’と言い、言葉通り来て刀を抜きました。逃すことも出来ましたが、次の不意打ちを避ける幸運は無いでしょう。身勝手なことかもしれませんが禍根を断ったのです」
「これからも、来るのでしょうね」
「判定稼業は時により人の明暗を左右します。暗から抜け出すにはそれなりの修業が必要ですが、それが出来ない人もいます。その中には判定に不満で判定をした者へ・・・」
「その時は、禍根をお断ちなさい。暗を明に変えることを諭すための判定と思い、今の稼業をお続け下さい」
「それしか、能がありませんからね」

 翌日、朝駆けから帰ってきた兵庫が、道着に着替えなおし、表の出格子にこばに刀痕が残った‘剣術腕前判定所’の看板を掛ける姿が見られた。

第四十七話 明暗 完

Posted on 2013/06/14 Fri. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第47話 明暗(その10)】 

 兵庫は稽古着を羽織袴に改めると駒形を出、下谷七軒町へ向かった。
屋敷に着き、玄関に出てきた佐野五郎右衛門が兵庫を何故か睨んでいた。
「何の用で参った」
「ご子息仁十郎殿の御最後を、お伝えに参りました」
「何! 仁十郎が死んだのか」
「立って話は致しかねます」
兵庫は隠居部屋に通された。
「話して貰おうか」
「今朝、明け六つ少し前、我が家の前に三人の浪士と思われる者を伴った仁十郎殿が面体を隠し現れ、いきなり無腰で居た私に斬り付けて参りました。とっさのことで、あの看板で、刀を受けた後、殴り倒しました。浪士三人を鶺鴒(せきれい)の偽傷技にて誘い、我が身を追わせ我が家より離した後、賊の刃をかわし我が家の前まで戻り、仁十郎殿の刀を使い、三人を仕留めました。改めて最初に斬りかかってきた者の覆面を取ると仁十郎殿でした。これまたとっさのことでしたが、仁十郎殿を倒した三人の前に運び刀を握らせておき、役人の検分を待ちました」
「それで、役人の検分を聞いているか」
「仁十郎殿が三人と尋常の勝負に及び、三人を討ち果たしたが、仁十郎殿も賊に面体を打たれた傷が重く倒れたとの話のようです」
「そうか・・・」五郎右衛門は何を思うか目を閉じていた。
「申し訳御座いません。末のご子息様とお聞きしていますが、あだ討ち望まれましたらお受けいたします」
「さようか。だが、当家からは何もお主をとがめることは無い。先日、仁十郎の勘当届を出した後だからな」
「勘当なされたのですか」
「訳は言えぬが、赤の他人じゃ」
「それでは、ご遺骸が・・・」
「見事三人を討ち取り、果てたのなら、勘当を赦し引き取ることに致す」
「分かりました、番所に三人を打ち取った者は仁十郎殿と私より知らせておきます。それでは失礼致します」
「その前に、鶺鴒の偽傷技とは何だ」
「鶺鴒は幼鳥を守る為に傷を負った擬態にて子を襲うものの目を引きつけ巣より遠ざけるそうです。我が家にも我が身を守れぬ者が居るのです」
「分かった。あの美しい奥方殿だな」
兵庫は五郎右衛門に頭を下げた。
「それでは」
頭を上げた兵庫は、五郎右衛門の顔に安堵の表情を見て、救われた思いがした。

 下谷七軒町の屋敷を出た兵庫は仁十郎の遺骸のある駒形の自身番に行くと、久坂が待っていた。
「羽織袴を血で汚さず無事帰ってきたな」
「要点だけお話します。佐野仁十郎殿は勘当されていたそうです、佐野家とは無縁でした。ただ、見事三人を討ち果たしたのなら勘当を解くとのことで、遺骸は引き取られるそうです」
「それで済むなら、その筋書きで届ける」
「旗本の体面を傷つけぬよう、よろしくお願いいたします」
「分かっている。早く帰って、首が繋がっている姿を見せてやれ」

Posted on 2013/06/13 Thu. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第47話 明暗(その9)】 


 暫らくすると駒形の番屋の者が来て四人に莚をかけ、廻りに見張りが立った。
奉行所の役人がやってきたのは、一刻近く経ってからだった。

 そして、更に検分の時が流れ、終わったのか定廻り同心の久坂と岡っ引きの勇三がやってきた。
「鐘巻さんは、奥だね」
店番のお糸は頷いてみせた。
台所の土間まで来た久坂は台所仕事をしているお道、お琴、さえの三人を見て
「すまねぇな。聞かせたくねぇ話があるんだが」
兵庫が人を斬ったことを知っている娘たち三人は、どうしたものかと志津を見た。
「二階に上がっていなさい」
志津に言われて三人は心配気な様子を見せ、台所から出ていった。
「や~、見事なものだ。死ぬほど顔を潰された男が、三人を一刀で倒していたよ。あれ、鐘巻さんの仕業とみたが」
「久坂さん。そうですが、穏便にお願いできませんか」
「ああ、そのつもりだが話してもらいたい」
「今朝、朝駆けから戻ってくると、家の前の大川端に屯している人影がありました。これ事態は、これまでにも大名家の足軽募集に応じた者がここで判定を受けるためにやって来ていて、見慣れた光景でした」
「その話は聞いていたが、大名家との関わりが出来たのは、何か在ったのかい」
「最初に来た水戸家とは何等の係わり合いもなく、あちらの都合で始まり、私はただ判定をしただけでした。後は、その評判を聞き数家から人が来ました」
「奉行所で調べた範囲では、江戸の他の道場には声が掛からなかったようだが、何故ここなのだ」
「それは、たまたまのことかもしれません。私が表に剣術腕前判定所の看板を掛けたのが先月二十八日、その日の午後、水戸下屋敷の塙様が通りかかり見ていかれました」
「分かった。ところで、あの四人は顔見知りか」
「二人居ますが、名が分かるのは一人、それは顔を潰した男ですが下谷七軒町の旗本佐野家の末の倅、仁十郎殿のようです。もう一人は胴を斬った男ですが、此処にきて私に勝負を挑み打ち負かした者です」
「お主、旗本の倅を斬ったのか」
「斬って居ません。いきなり斬りつけられたので看板で避け、殴っただけです」
「相手の方が悪いのは聞くまでもないが、旗本相手とは相手が悪かったな」
「はい。久坂さんの用が済みましたら、七軒町へ行ってきます」
「大丈夫かい。どうなるか分からんぞ」
「どうなるか分かりませんが、行って、必ず戻ってきます」
「弱ったな。鐘巻さん、聞かせてもらった話だが聞かなかったことにしてくれ。佐野の倅の話もな。勇三おめぇも忘れろ」
「へい」
「兎に角、番屋でお待ちください。戻りましたらお話します」

Posted on 2013/06/12 Wed. 04:42 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第47話 明暗(その8)】 

 兵庫が父から異国艦隊が来る話を聞いてからひと月たった九月十九日、朝駆けから戻って来ると、大川端に数人が屯(たむろ)していた。
「またか」と思っただけで、いつものように汗を拭き、稽古着に着替え看板を掛けに出て来ると、背後から来る音が此れまでとは違い、駆け寄る足音が高かった。
振り向く兵庫が見た者は両刀を差し頬被りした侍達で、そのうちの一人が抜き打ちを浴びせかけてきた
掛けようとしていた看板でとっさに受けると、刀が打ち込まれた。
次の瞬間、看板を手放した兵庫の拳が、看板に食い込ませ刀の自由を失った侍の鼻っ柱を砕き仰向けに昏倒させていた。
頬被りはしていたが佐野仁十郎だった。
仁十郎が倒されたのを見て、背後に居た三人の侍たちもようやく刀を抜き迫ってきた
咄嗟のことだったが、兵庫は家には入らず、無腰のまま外に走り逃げた。
それを追う三人の侍と間を保ちながら逃げる兵庫だったが、家から少し離れると逃げるのを止め、追ってきた端の侍に向かって突っ込んだ。
 人は予期しない急激な変化にはついていけないもので、右手に持つ抜き身を覚束ない腰つきで兵庫に振ったが、避けられ脇を素通りされてしまった。
再び家に向かって逃げる兵庫を追う侍だったが、家の前に立っている女が兵庫に刀を渡すのを見ると数間の間を取り止まった。
それは、兵庫に刀を持たれてはとても適わぬことを知っていたからかもしれない。
兵庫は三人に向かって、逃げていた時とは違った速さで迫っていった。
攻守が逆転してしまったのだ。三人は逃げたが日頃鍛えている兵庫からは逃げ切れるものではなかった。
「後ろ傷で死にたいか。それでも侍か。足軽にも成れぬのが分かったか」
兵庫の罵声に堪えきれなくなったのか三人は逃げるのを止め、死ぬ気で襲い掛かってきた。
もし、これが、兵庫が看板を掛け始めた時に行われていたら、兵庫は無事ではなかったかもしれないのだが、面を割られ、胴を切り裂かれ、胸を突かれ三人は表傷を負い地に伏してしまった。
 兵庫は急いで店の前まで戻ると、店先に倒れている侍の頬被りを取った。
それは急所をつぶされ、こと切れた佐野仁十郎に間違いなかった。
「志津、紋服を出しておいて下さい」
「分かりました」
そう言うと、仁十郎を背負い、三人の所まで運び、血塗られた刀を握らせた。
斬り倒した三人の面体を覆面を取らずに改めると、一人見覚えのある者が居た。

 兵庫が返り血を浴びた稽古着を脱ぎ、身体を洗い、とりあえず替えの稽古着に着替え直した。
「志津、こちらに非は無い。仁十郎殿の面子も立つようにしました。奉行所の検分が終わりましたら、佐野様に会いに出かけます。正直に言えば、佐野様にも分かって頂けるでしょう」
旗本の倅を殺してしまったことに、志津は兵庫の言葉通りにいくとは思えなかった。
志津は言葉に出さず、膨らんだ己の腹をさすって見せた。
「必ず戻りますから、心配しないで下さい」

Posted on 2013/06/11 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第47話 明暗(その7)】 

 駒形の兵庫の道場は門弟が居ないのだが、竹刀の音が全く絶えるようなことはなく、表の具足稼業も世上に流れ始めた戦雲気分もあって、売れぬ日は無かった。
と言うより、駒形に安い具足を売る店があることが広がり他の武具商に比べれば繁盛していた。
これは後に分かったことだが、兵庫が武具商いを始める切っ掛けを与えた、京橋具足町の武具商泉州屋厳衛門が駒形に安くて良いものを売る武具商いの店があることを、懐の寂しい客に教えたためだった。
賑やかな浅草で閑古鳥を鳴かせていたのだが、他の商家とは違い、武ばった者たちが訪れる店に変わろうとしていた。
 このことが暫らくやってこなかった町方を見張る定廻り同心の久坂啓介と岡っ引きの勇三を呼び寄せた。
表に姿を見せた久坂に帳場に座っていたお糸が驚いた。
「奥様。お役人様です」
「いいんだ。鐘巻さんは奥だな」と言い、久坂は奥へ、出てきた志津と顔を合わせた。
「久坂様。お久し振りです。なにか御用ですか?」
「お久し振りのままで居たかったんだが、少々柄の悪い連中がこの辺りをうろつき始めたんで、仕方なく来たのさ」
「それはそれは、怖い話は庭の方でして下さい」
久坂と勇三が奥へと姿を消していった。
「お糸さん。八丁堀は旦那様の出ですから、驚かなくてもいいですよ」
「はい。これでもだいぶ慣れてきたのですが、まだまだのようです」
「私も、未だ、時々驚かされますから、しかたありませんね」

 奥の庭に入った久坂が兵庫に話していた。
「鐘巻さん。勇三が掴んだ話だが、狙われているぞ」
「私がですか」
「あんた、何人判定して、何人が雇われたと思う」
「それは・・・水戸様では五分の一程度と・・・」
「残りの五分の四の中には、自分の腕の足らなさを自分で嘆く者も居るが、何故かお主のせいにする者も居るということだ」
「そうですね。居るでしょうね」
「暢気なもんだ。その“居るでしょうね”が屯(たむろ)して呑(の)んでいたそうだ。勇三、聞かせてやりな」
「鐘巻の旦那。旦那の判定で落とされた者の中に目録者も居ましてね、逆恨みでしょうが物騒な話を助蔵の店でしていたそうです」
「私のあの時の判定は道場での腕前でなかったのです。雇われた先で問題を起こされては困りますので、多少品格も加味しました」
「兎に角、話をすれば分かる相手とはかぎらねぇ。用心することだ」
「分かりました。気をつけます」
兵庫は久坂が帰った後、大名家に代わり腕前判定することで、日の当たる者とその数倍の日陰の者を生み出していたことを改めて思い知らされた。

Posted on 2013/06/10 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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