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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第49話 騙り(その16)】 

 駒形に戻った二人は井戸で小判と弁当行李を洗い、改めて数えた。
「こっちは二百八十五両だ。そちは」
「こちらは三百十五両です」
「合わせると六百両。手を付けたのは百両か・・・」
「そうなりますが、なにか?」
「いや、野口も独り占めしなければ捕まらずに済んだかも知れないと思ったのです」
「三人で山分けすれば、奴らにとってはもう少し良い顛末を迎えられたでしょうね。私は山分けなどとは言いませんよ」
「それはどうも、約束どおり三分の一の二百両を持っていって下さい」
「有難く頂戴致します」
碁四郎は来た時と同じ姿だが、腰の弁当行李に二百両の小判を詰めて帰っていった。
碁四郎を送り出した兵庫は二階に上がり、四百両の小判が詰まった弁当行李を仕舞い、下りてきた。

 この日の兵庫はいつもとは違い、こそこそと動き、同じ家で一緒に一日の長い時を過ごす女たちに奇異の目で見られ続けていた。
妻である志津には真実を語れても、お道やお琴、さえ、お糸には話すことはとても出来ることではなかった。
夕食を食べ終わった兵庫にお道が
「今日の先生はおかしいです。何か隠していますね」
家族同様に暮らしているだけに、兵庫は素直だった。
「はい。隠し事をしています。でも話せません。話せば更に嘘をつくことになりますからね」
「そんなことより先生、もう直ぐ五両溜まります。最初に呼び戻す源次郎さんのこと、嘘ついちゃいやですよ」
「お~、五両が溜まりますか。皆、頑張ったな。それでは、明日にでも源次郎のお父上に会い、話をしてみます」
若い娘達に笑顔が生じ、それを見る兵庫にも笑顔が生じていた。

第四十九話 騙り 完

Posted on 2013/07/09 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第49話 騙り(その15)】 

 代わりに目に入り心に残る景色は不安だった。
日本橋の大通りでは気がつかなかったのだが、馬喰町の宿屋の外には手ぶらの者の姿が見られ、両国橋近くのまだ開いていない、よしず掛けの小屋の周りにはたむろする者たちの姿があった。
 それは先日まで兵庫の家の前に仕事を求め集まった者たちと一見すれば同じだが、荒んだ様子を増していたのだ。
 家に戻った兵庫は、長いこと勝手口に掛けてあった“地天流・墨西館 剣術指南”を外し、表の出格子に掛け直した。
女が目立つ家に男、それもよからぬ輩の目が注がれるのを避けるための御札の役割のつもりで看板を掛け直したのだ。

 夕方、七つの鐘がなって暫らくすると、山中碁四郎が頬かむりに腰に空の弁当行李を包んだ風呂敷を巻きやってきた。
その碁四郎と似たような格好をして兵庫が裏庭で、いつやってくるかと待って居たのだ。
「やはり、来ましたね。これを使って下さい」
兵庫が碁四郎に手渡した物は、潮干狩りで使った熊手だった。
「わしが花咲か爺さんで熊手が白犬の代わりか」
「手で掘ってもよいが少々臭かったからな」
こそこそと話をしている二人に、何か言いたそうに勝手口から志津が首を出してきた。
「早く行って着てください。夕ご飯が待っていますからね」
「そういうことだ。出かけましょう」
兵庫と碁四郎が台所の土間を通ると、声がかかった。
「これを、掘り賃に置いてきて下さい」
と御捻(おひね)りを二人に持たせた。
「これは気がつかなかった。何も取るつもりは無いが傍から見ればそうとは思えないからな」
「いいえ。大根でもネギでも持てるくらいのものは包んでありますので、遠慮せずに取ってこられても宜しいのですよ」
「鐘巻さん。何か高い大根とネギを取ってくるような気がしてきましたが、大丈夫でしょうね」
「その様なことは、掘ってみねば分かりませんよ」

 二人が長国寺脇の畑に着き、辺りを見回した。
「百姓は居ませんね。掘りますか」
「何処を」
「大根を抜いた跡が在る所ですよ」
兵庫が碁四郎を先導していった。
「あそこ、笹竹が刺さっているところです」
「なるほど」
二人が笹だけを抜き、熊手で掘り始めた。
「カチッ」と音がした。
用心深く打ちを退けていくと、山吹色が顔を見せた。
「出たぞ」
二人は腰の弁当行李を開き、掘り出した小判を詰め、掘っては詰めを繰り返していった。
そして、小判が出なくなると埋め戻し、その上に御捻りを置いたのだ。
「長居は無用、戻りましょう」

Posted on 2013/07/08 Mon. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第49話 騙り(その14)】 

 こうして兵庫の梟生活は続けられたが、それでも兵庫が覚悟していたより早く終わりをむかえることになった。
それは、賊を早く罰せよという御三家側の威光が働いたのだ。
罪を認めた野口秀五郎は、御用金として集めた金の不足分、凡そ六百五十両について語らぬまま、捕らえられて四日後の十月十三日に己が殺害した二人の塩漬け保存されていた者と共に小塚原で磔となり、そのまま晒されてしまった。

 奉行所から出された、夜番のお達しは、もともと御用金犯を捕らえるために御用の者が足らなくなるからということだった。
江戸の各町は費用がかかり、不人気な追加的夜番を止め始め、駒形の町も遅ればせながら御用金犯が晒された次の日に止めた。

 それを待って居たかのように、兵庫が朝駆けから戻ってくると、山中碁四郎がやってきていて、裏庭で兵庫の鍛錬棒を振っていた。
「早いお越しですね」
「鐘巻さん。花咲か爺さんに行きませんか」
「そうですね。その前に大事な物を返しておかないと、いけません」
「大事な物?」
「はい。十手を預かっているのです」
「その様なものを持っていて、花咲か爺さんをやっては閻魔様に申し開きができなくなりますね」
「そういうことです。夕方七つ過ぎに空の弁当行李を腰に巻き来て下さい」
「分かった」
兵庫は碁四郎を送り出すと台所に戻った。
「旦那様。汗を拭かれたら如何ですか」
「その前に、八丁堀に預かった物を返しに行ってきます」
「十手ですね。お待ち下さい」
兵庫は志津から手渡された袋に入れられた十手を懐に納めた。
「お早めにお戻りくださいませ」
「往復二里、四半刻ほどで戻ります」

 草鞋を新しい物に履き替え、駒形を飛び出した兵庫は暖簾を出し始めた町並み、まだ人通りの少ない通りを八丁堀まで一気に駆け抜けていった。
いつもなら裏から出入りする兵庫だったが、表門の脇門を押し入った。
玄関まで敷かれた玉砂利を踏みしめる音が止まった。
「兵庫です」
その大声に主の妻である、姉の玉枝が出てきた。
そして、その後ろには隠れるように立つ幸太郎の姿があった。
「姉上。お預かりしました物です。兄上にお返し下さい」
懐から出した十手の入った袋を、玄関の式台に置いた。
「兵庫さん。お上がり下さい」
「いや、稽古中ですので、これで失礼します」
兵庫は一礼すると、再び玉砂利を踏みしめ門外に出ると、来た道を走り出していた。
兵庫の目には赤子の時手放した幸太郎の一年後の成長した姿が残っていた。
そして心に残ったのは安堵の気持ちだった。
しかし、それも兵庫の足が早まるにつれ、町並み、歩く人が後ろに消えていくように、目から、心から次第に消えていった。

Posted on 2013/07/07 Sun. 04:34 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第49話 騙り(その13)】 

 奉行所の者たちが、野口の居た長屋に入るのを横目で見、そして奉行所与力・鐘巻兵馬に挨拶を済ませた兵庫と碁四郎は戻っていった。
「ところで、鐘巻さん。この鼻血代は実入りの三分の一でしたが、何も実入りが在りませんでした。出し損ですか」
「捕まえた男の首が小塚原に晒された後、掘り出しに行きます」
「ということは、十両以上埋まっているわけですね」
「はい、そっくり埋まっていれば七百両ですが、吉原に通っていた様子ですからかなり持ち出しているでしょう。あまり期待しないで下さい」
「七百両・・・半分は残っているでしょう」
「そうでしょうね。ただ・・・」
「ただ・・・何ですか」
「あいつが、埋めたところを白状したら、鼻血の出し損ですよ」
「そうか。白状する前に掘り出す訳にはいきませんよね」
「それでは奉行所が掘りに行った時に無くなっており、私らが盗人になってしまいます」
「首が晒された後なら、盗人になりませんか?」
「たまたま掘り当てた花咲か爺さんは盗人では無いでしょう」
「たまたまですね」
「なんですか。三分の一要らないのですか」
「頂きます。戴きますよ」

 兵庫は家に戻ると心配していた志津と母の初代に少々腫れた顔を見せた
「旦那様、そのお顔、首尾は良かったようですね」
「はい、暫らくしたら、兄上が表通りを通ると思います。母上、見に行かれたら如何ですか」
「この前を通らないの?」
「御三家を騙り、大金をせしめた賊を捕らえたお手柄ですよ。私なら裏より表を通りますが」
「そうだよね・・・佐吉、兵馬の晴れ姿を見に行きましょう」
兵庫の帰りを心配していた母だったが、無事な姿を見た後は、跡取り兵馬の晴れ姿を見ようと、家を出て行ってしまった。

 井戸で顔、手足を洗い戻ってきた兵庫、
「私は少し寝ておきます。今晩がありますので」
「えっ・・」
「あれは奉行所の面子のため。これは町の安心のためです」
「あれはあれ、これはこれですか」
「暫らく、町方のお偉方が様子を見て、続けるか止めるか決めると思いますので、それまで私は梟(ふくろう)生活です」
「旦那様。明日は炉開きですが稽古・朝駆けで履き潰された草鞋を燃やしても構いませんか」
「はい、火鉢は明日戻りましたら出しておきます」
「お願いします」

Posted on 2013/07/06 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第49話 騙り(その12)】 

 竹屋の渡しに兵庫と碁四郎が行くと、勇三が先に二人を見つけやってきた。
「旦那方。なにしに」
「御用を仰せつかりました。もう直ぐ捕り方がやってきて、手配りされます。それを待って碁四郎殿と長屋の前で大喧嘩する。奴はおそらく出てくるでしょう。そこを襲い取り押さえる。そこで呼子をたのみます」
「分かりました」

 暫らくして向島一帯に奉行所の手配りがなされた。
「兄上。それでは行って参ります」
兵庫と碁四郎が長屋に向かって歩き始め、その後、少しはなれて勇三と捕縛術に長けた者が続いた。
その兵庫と碁四郎は長屋の木戸の入り口で喧嘩を始めた。
「碁四郎、しづはわしの女だ」
「いや、しずはわしの女だ」
「なにお~」
ばしっ
「いたっ。殴りやがったな。おけぇしだ」
ばしっ
「このやろ~。逃げるな」
と大喧嘩を始めながら、長屋へと逃げ込む碁四郎を兵庫が追い、野口と呼ばれた侍の家の前で、互いに相手を罵りあった。
「いいか碁四郎、しづはわしの女だ」
「いや、兄貴には悪いが、しずはわしの女だ」
「腹の子は、わしの子だ」
「いや、俺の子だ」
「この野郎。ゆるさん」
何時の世でも他人の喧嘩は見て、面白いものだ。
部屋の中で昼寝をしていた野口だったが、あまりの五月蝿さに松の透かし鍔の大刀を掴み、表に出てきた。
この時と、碁四郎が野口を背にしている兵庫に向かって突っ込んでいった。
兵庫が充分引き付けて体を開くと、碁四郎は野口に体当たりを喰らわせ、押し倒した。
「これは野口の旦那。すみません」
謝る碁四郎だったが、野口の右手を押さえていた。
左手は大刀を握っており、不自由なのだ。
兵庫は野口に近づくと手を貸す振りをしながら、大刀を握る野口の腕を蹴り上げた。
刀が手を離れ、野口は何かを口走った。
呼子が吹き鳴らされ、捕縄を持った男が来ると、三人がかりで野口を縛り上げた。
脇差が鞘ごと抜かれ、大刀が拾い上げられ、やってきた同心の久坂と坂牧に手渡された。
「これで、私らのお役目はお仕舞。あとはたのみます」
「任せておけ。なんだい、その鼻血は、こいつに殴られたのか」
「いや、こいつにだ」
兵庫は碁四郎を、碁四郎は兵庫指差し、笑った。

 何がなんだか分からないうちに捕らえられてしまった浅川こと野口が怪訝な顔で尋ねた。
「お二人さんは侍だったのか」
「そうだ、あんたの騙りよりは罪が無いだろう」
「どうやら年貢の納め時のようだな。ところで、女はどっちのものなんだ」
「地獄への土産に教えてあげます。私の妻は志津」
「私の妻は静。字が違うのだ。嘘はついていませんよ。腹に子が入っているのもな」
「そうだ。今日は帯祝いだったのだ。早く帰らぬと・・・」
「私も、薪割りの最中だった。帰りましょう」

Posted on 2013/07/05 Fri. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学