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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【湯上り侍無頼控え 五話 待ち伏せ(その23)】 

「お蔦さん。今日の和尚の御裁断で宜しかったのでしょうか」
「お布施の件かい。あれは新門を納得させるための方便だよ」
「方便」
「和尚が昼過ぎにやってきて、私とお松さんに今回の落としどころを話して聞かせてくれたのさ。一方的な、こちらの話を新門としては飲むわけにはいかないから、千両取られるにしても半額を浅草寺に寄進させるかたちにしたのさ。唯念寺へのお布施三百五十両も実際は百両、お松さんへ百両、私のところへ百五十両だよ。これ内緒だよ」
「それで、お松さんは納得したのですか」
「ああ、相手が源三郎さんの倅では貰いすぎかもしれないと言っていたよ」
「しかし、この店は百五十両で済ますわけにはいきませんね」
「構わないよ、私をこの家の何処かに置いてくれるなら」
「そんなことで良いのですか。今まで通りで居て下さい。私が居候に入りますので」
「そうかい、早いうちに、移っておいで」
「そうさせて貰います」
碁四郎は船宿からの帰り、都鳥に女将のお松を尋ねた。
芸者衆は皆、出払っており、お松が一人碁四郎を出迎えた。
「大したもんだよ、千両も新門に出させるんだから」
「それは御老師様の働きですよ。お渡しするものが百五十に届かず申し訳ありませんでした」
「それは構わないよ。お静さんにはだいぶ儲けさせて貰ったからね」
「それで、お静さんを引かせる日はいつが宜しいでしょうか」
「今晩を最後のお座敷にしたから、あとはお静の都合だけだよ」
「そうですか、それではまた、明日参ります。有難う御座いました」

五月七日、朝駆けから戻った碁四郎は朝風呂、朝飯と順を追い、二階の部屋に戻ってきた。
昨日起きたことを覚え帳に書き止め、紋服に身を改めていると、例によって芸者、半玉の声がして、二階に上がってきた。
「あれ? 野暮な格好でどちらへ行くの?」
「お駒さん、野暮はないでしょう。これから寺へ行くのですから」
合点がいかないお駒に、お静が
「お加代さんのお父様の四十九日ですよ」
「あ~~・・」
「では、行って参ります」
 碁四郎が唯念寺に着くと、既に石工の平蔵と手伝いの者が墓の台石を置いていた。
暫らくして麻生寛治の名が刻まれた墓石が据えられ、漆喰で固められていった。
刻まれている嘉永壬子五年三月十九日を見て、その日のことを思い出すのを振り払うように碁四郎は阿弥陀経を唱え始めていた。
「・・・・なーまーんだーぶー なーまーんだーぶー・・」
墓が出来上がり、平蔵も碁四郎に合わせ
「がんにしくどく びょうどうせいっさい・・どうほつぼだいしん おうじょうあんらっこく」
経が終わり、平蔵が去り、暫らく佇んでいた碁四郎は唯念寺をあとにした。

 碁四郎が湯屋の二階でくつろいでいると、階段下からおよしの呼ぶ声が聞こえた。
下りて行くと、番台脇に武家娘加代の姿があった。
「お父上の法要終わりましたか」
「はい、色々お世話頂き有難う御座いました」
「立ち話も、ここでは何ですから、歩きながら致しましょう」
碁四郎と加代が置屋の都鳥の前まで来ると、
「碁四郎様、お静様とご一緒になるそうですね」
「えっ・・」
「和尚様から伺いました」
「そうでしたか」
「私も、まもなくさる御旗本の養女となり遠山様のお屋敷を出ることになりました」
「それは良い話を聞かせてもらいました」
「これで、厄介払いが出来ましたね」
「厄介払いというより、私にとってはけじめが付けられた気がしています」
「けじめですか、私もそう思う様にします」
二人の間には互いに何か惹かれるものが在ったのだが、それも互いに振り払い、遠のいていく道を選んだ。
これまで加代の心のどこかでは選んだ道の先で碁四郎が待ち伏せしていて欲しいと思う気持ちが、また、碁四郎の中では待ち伏せしようと思う心が無かった分けではなかった。
しかし、それも両国橋の向こう側へ消えていく加代の後姿が消えていくのを見送った碁四郎の心からは消え去っていた。

五話 待ち伏せ 完

Posted on 2011/03/30 Wed. 08:25 [edit]

thread: 幕末物語

janre 小説・文学

【湯上り侍無頼控え 五話 待ち伏せ(その22)】 

「碁四郎が肝心の所を話さぬので、物語の第三幕をわしが語って終わりにする。腹を空かしていた碁四郎を風呂屋に世話をしたのが都鳥の芸者だ。そしてその湯屋で芸者相手の三助修業を一年近くしたそうだ。ある時、芸者のお供で船宿の浮橋に行き、船宿の客が吉原に猪牙舟であがる途中、大川で舟追い剥ぎに遭い大金を取られたことを知らされた。
そこで、碁四郎が一計を案じて、お大尽に化け、その追い剥ぎを捕まえた。その時、髷をこのような本多髷にした。それを見た船宿の女将があまりにも昔の男、つまり源三郎に似ている者だから、問いただし、碁四郎が源三郎の子だったことを知るわけだ」
「全く、聞けば聞くほど物語ですな」
「そうだ新門、このように絆が強いがために、黙って入られなくなり今回の諍いが生じたのだ、水に流してやってくれ」
「手を出したのはこっちが先と聞いています。謝るのはこっちの方です」
「いや、手を出させるように仕向けたのは私です。今回のことは叱る程度で収めてやって下さい」
新門が碁四郎に頭を下げ、碁四郎も頭を下げ返した。
「ところで御老師様、第三話についてはお話をしていませんでしたが、何方から聞かれましたか」
「それは・・今、食っている料理を作った婆さんからだよ」
「えっ、まさか船宿のお蔦さんですか」
「その、まさかのお蔦婆さんと都鳥の女将が、お主から貰うはずの金を全て何処かの寺のお布施に回したいと相談を受け、わしが預かることになった」
「と云う事は?」
「お主の取り分が五十、団野道場が百、わしの所が三百五十、浅草寺が五百だよ」
「あ~~・・・」
「どうした。坊主丸儲けとでも言いたいのか」
「はい、寺が持てるまで坊主修業を続けるのでした」
庫裏に笑いが起こった。
「新門、わが寺へのお布施は、祭りの折、新門と書き出し高く掲げるからな」
「御老師、それはお止め下さい」
「何故じゃ。名誉なことではないか」
「そんなことを書かれましたら、浅草中の寺々からお布施の催促が来て、無一文にされてしまいます。それだけは勘弁して下さい」
また、庫裏に笑いが起こった。

 浅草寺の鐘が暮れ六つを告げ始めた。
半刻ばかりの短い仲裁の膳が終わり、新門が引き上げるのを碁四郎は見送った。
そのあと台所で船宿の女将お蔦に礼を述べた碁四郎は、提灯に火を入れた小者の先導で、団野ともに唯念寺を後にした。
「先生、お手数をお掛けしました」
「いや、面白いものを見せてもらった挙句、道場の羽目板まで直せる。気が向いた時にはいつでも稽古に来てください」
「有難う御座います」
団野を両国橋西詰めまで見送り、湯屋に帰った碁四郎は裃姿から着流しに着替え再び唯念寺に戻った。
船宿の女将お蔦を迎えにいったのである。
帰りの道、七十歳のお蔦を背負いのんびりと船宿まで歩いていた。

Posted on 2011/03/30 Wed. 07:37 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 五話 待ち伏せ(その21)】 

定刻より少し早めに唯念寺までやってきた碁四郎等三人だったが、門外には見慣れぬ男達が数人居て、境内に入っていく碁四郎等に会釈した。
「どうやら、新門は来ているようだな」
「その様ですね、先生」
碁四郎達が小坊主に案内され本堂に行くと、裃姿の新門辰五郎と補佐人の二人が待っていた。
新門辰五郎と対座するように碁四郎と団野、その後ろに清衛門が座った。
静寂の中、暫らくして衣擦れの音とともに老師が姿を見せた。
本尊前まで歩み深々と頭を下げた後、向きを改め座りなおした老師が、徐に話し始めた。
「本日、お集まり願ったのは、こちら山中碁四郎殿より、本朝起きた諍いに対し新門辰五郎殿への仲立ちを頼まれ、仲裁いたすものです。仲裁については拙僧と浅草寺大僧正とで談合致したものゆえ、不服申さぬこと。約束願いたい」
碁四郎と新門が頭を下げた。
「それでは言い渡す。新門殿は浅草平右衛門町における軒代徴収をやめること。異存御座いませんな」
「御座いません」
「次に、新門殿には和解金と当寺ならびに浅草寺への布施とし合わせて千両を納め願いたい。尚、その配分については拙僧が決めるが新門殿の顔が立つように致す。双方依存御座いませんな」
「御座いません」
「御座いません」
「それでは清衛門殿は新門殿へお移り下さい。千両は拙僧の方へ」
人と金が動いた。
「武家と町人の諍いゆえ、手打ちとはいかぬが、夕膳を庫裏のほうに用意致した。遺恨を残こさぬよう腹に収めてもらいたい。碁四郎、重いものを持って皆を案内しなさい」
碁四郎が千両箱を両手で持ち、
「こちらです」
皆を膳が並べられていた庫裏へと案内していった。
夕膳の席、始めのうちは口が堅かったが、年の功か、新門が口をひらいた。
「山中様と御老師様とはどのような間柄でしょうか」
「やはり、気に成るか。少し長く成るが話そう。わしと碁四郎の父、源三郎殿とは幼馴染で、ともに旗本の部屋住みだった。源三郎は剣術に、わしは学問に励み、身を立てることに精を出した。だが、源三郎は屋敷を飛び出し無頼に明け暮れるようになった。そんな折、跡取に不幸があり源三郎は家を継がねばならなくなった。五十年も前の話だ。だがその時、源三郎には女が居てな、その者の身が立つようにと札差の大国屋と大喧嘩をし、かなりの金を得て女を身請けし、船宿を買い与え、分かれたのだ」
「なるほど、その置屋が都鳥で、船宿が浮橋なんですな」
新門が合点したように言った。
「そうだ、今までの話は物語の一幕目だ。二幕目は、碁四郎、お主の話しだ。話して聞かせてやれ。わしにはとても話せん」
「和尚様ずるいですよ」
「いいから、話して聞かせてやれ」
碁四郎は渋々話を始めた。
「父が山中の家督を兄に譲り隠居していたころ、屋敷奉公に来ていた商家の娘に手を付け、生まれたのが私です。元服するまで記憶にあるのは剣術の修業だけでしたが、父が死に、母は郷に戻り、暫らくして私はここに預けられました」
「しかし坊主修業も三年で寺を飛び出してしもうたではないか」
和尚に話を遮られた碁四郎が
「母とは始めから三年の約束でした」
「そうかも知れぬが、物覚えがよく坊主でも食えただろうに惜しいことをしたな」
「坊主修業より、碁の修業のほうが多かった気がしますが」
「碁も坊主の修業の一つだ。それで、ここを飛び出してどうした」
「屋敷に戻ってから、道場荒らしと喧嘩に明け暮れ、兄に屋敷を出る許しを頂きました。その後は流れて風呂屋の二階に落ち着いたのです」

Posted on 2011/03/30 Wed. 06:36 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 五話 待ち伏せ(その20)】 

碁四郎と団野が話しに花を咲かせていた時、足音がして門人がやって来た。
「先生。新門の使いの者が参りました。如何致しましょうか」
「ご丁重に、案内致せ」
暫らくして四十がらみの町人三人が、門弟に案内され入ってきた。
その頭と思えるものが
「花川戸で米屋を商います清衛門と申します。唯念寺御住職様の申し出お受けいたすことになりました」
「お使い、ご苦労様です。私が御住職に仲立ちをお願いしました山中碁四郎、こちらのお方は団野源之進先生です」
「それでは、私、清衛門が残りますので、十一人の者、引き取らせて頂きます」
団野が廊下に控えていた門弟に目配せすると、その門弟が立ち上がった。
「どうぞ、こちらへ」
清衛門を残して二人の引き取り人が門弟の後に従い、離れ座敷へ導かれていった。
そして暫らくすると、十一人と引き取り人が戻ってきて廊下に着座した。
「ご厄介をお掛けいたしました。引き取らせて貰います」
「ご苦労であった」
互いに短い言葉を交わし終えると、門弟の先導で十三人の男達は早々に去っていった。

 残された三人の間に沈黙が生じたが、碁四郎が口を開いた。
「清衛門殿、急な話で事情を聞いていますか」
「事情についての仔細は聞いておりません。撥ねっ返り者の代わりになってこいと言われただけです」
「撥ねっ返り者ですか。それを聞き、いくらか安堵しました」
「お手数を掛けさせたようで、申し訳ありません」
「目が届かぬ者が居るのは大名家でも同じです。新門殿の子分衆は二千とも三千とも聞きます。無理からぬことと思います」
「浅草にはそれほどの数は居ませんが、先ほどの者達は生業(なりわい)を持たぬ者ばかり、新門も思案致すと存じます」
「浮いた稼業に慣れた身では生業も大変かと思いますが、面倒見てやって下さい」
「碁四郎。人のことを言える身か。お主、侍奉公出来るのか」
「いたっ~~。そうでした」
はっはっはっは~~~

 浅草寺の鐘が七つを告げた。
世代も出も違う三人が、昼からの二刻を話し続けられたのが不思議だが、三人が皆聞き上手だったからだ。
互いの話に疑問があれば素直に聞き、隠すこともなく素直に応え、すっかり打ち解けあっう三人になっていた。
「支度をいたすか」
「はい、清衛門殿は暫らくお待ち下さい」
裃姿になった団野源之進と碁四郎を先頭に、団野の小者と清衛門が道場を出、唯念寺に向かった。
両国橋、柳橋を渡った所で、碁四郎が、先ほどまで二人に話していた船宿、芸者置屋を見せ湯屋の富士の湯までやってきた。
夕方の風呂屋は、一日の仕事を終えた者達の出入りで混雑し始めていた。
「ここの二階が、今の私の寝床ですよ」
その碁四郎の姿にはこれから、やくざの大物と手打ちに出かける者とは、とても思えない、物見遊山にでも行く暢気な様子を見せていた。

Posted on 2011/03/29 Tue. 19:43 [edit]

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【湯上り侍無頼控え 五話 待ち伏せ(その19)】 

 唯念寺の庫裏(くり)で碁四郎が老師に朝方、起きたことを伝えていた。
「そうか。わしの出番が回ってきたな」
「はい、お願いします」
「新門への言伝は伝法院を通すことになるが、何を伝える」
「はい、先ずは昼までに十一人の引取りと、それに見合う代わりの者一人を本所、団野道場に遣わすこと」
「なるほど、十一人も居られては面倒だからな。他には」
「平右衛門町、湯屋富士の湯、置屋都鳥、船宿浮橋よりこれまでに納めた軒代、〆て七百両返金のこと」
「三軒だけで、七百両もむしりとっておったか。ほかには」
「以後、平右衛門町での軒代集めは致さぬことです」
「どれだけか、肝心のお布施はどうなるのだ」
「忘れていました。それでは肝心のお布施を・・徒党を組み武家を拉致致す所業への侘びとして、三百両で如何でしょうか」
「おお、お布施が三百両か」
「和尚様、申し訳ないのですが、そのお布施の中から百両程を、手助けしていただいた団野道場へお分け願いたいのですが」
「そうであったな。それぐらいならいいであろう」
「それでは、手打ちを今夕七つ半に、ここ唯念寺で執り行って下さい」
「今日の今日か」
「代わりの者が縄目で道場に晒され続けても良いのでしたら・・・」
「分かった、今、言ったことを、紙に書いてくれ、忘れるといかんのでな。わしは出掛ける支度をする」
暫らくして、和尚は碁四郎から渡された書付を懐に、小坊主を供にして伝法院へ、碁四郎はいったん湯屋に戻り肩衣を手に本所団野道場へと向かった。

 碁四郎は本所の団野道場で、昼までに新門から何かしらの使いが来ることを期待して、道場主の源之進と待つことになった。
一方捕らえられた十一人のやくざ者達は特に手荒に扱われることはなく、打身などの怪我を医者に診させ、治療を受けた後、縛られ離れ座敷に押し込められ見張られていた。
「わしにはお主の真似は出来ぬと思うが、出来るならもう一度若さを取り戻し試してみたいものだ」
「団野先生はお幾つになられましたか」
「わしか・・天命元年の生まれだから・・」
「七十二歳ですね」
「よく分かったな」
「父と同じ年ですから」
「何?・・わしと同じ年回りでお主のような若い倅が居るのか」
「はい、父が五十四の時の子で御座います」
「それで付けられた名が碁四郎とは、親父殿も相当な者だな」
「はい、五十年ほど前、私同様のことを札差相手にしたようです」
「五十年も前というと、わしも此処に道場を開いておったが、山中という名は聞いたことがないな」
「そうかもしれません。父はその頃、私と同じで屋敷を飛び出し源三郎の名で、遊んでいたようです」
「源三郎か・・・」
「先生、父はこれを使って名を馳せていたそうです」
碁四郎は腰の鉄扇を抜き、団野に見せた。
「鉄扇ではないか・・鉄扇・・・源三郎。あ~~・・会ったことは無いが鉄扇の源三郎と呼ばれる滅法強い無頼者が居るとは聞いたことがあった」

Posted on 2011/03/29 Tue. 15:26 [edit]

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