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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第51話 旅立ち(その12)】 

「鐘巻様とは、私どもの命を救っていただいてからのお付き合いで御座いますが、これまでの数々のご厚情、どのようにお礼をすれば良いのか、町人の私どもに出来ることは限りが御座います。些少ですがお納めください」
兵庫の目の前に置かれたのは言うまでもなく小判なのだが、袱紗に包まれた中には切り餅二つ分が入っているように見えた。
「籐右衛門殿、お気持ちですので頂きますが多すぎます。半分でも十分過ぎます」
「鐘巻様、富三郎やさえからも聞いておりますが、多すぎる分は人のためにお使い下さい」
「そうですか。それではお預かり致します」

 これで、籐右衛門がやってきた目的は終わり、座の緊張が解けた。
「先生。お道さんとお琴さんの姿が見えませんが、どうなされていますか」
「気になりますか。お道は吉衛門さんの養女として今日、船で亀戸へ移りました。お琴は甚八郎が先ほど板橋へ修業に行きましたので、見送りに出ています」
「みな元気になっていますから、心配せずにね」
「よかった」

 暫く、皆で話し合っていると、お琴が戻って来て話の座に加わった。
話し合っているうちに、お琴の顔に笑みが浮かび、笑い声も出るようになった。
そのあたりを頃合いと見たのか、籐右衛門が改まった。
「鐘巻様、奥様。ご挨拶だけと思ってきたのですが、ついつい長居をしてしまいました。今後とも、従来に変わらぬお付き合いをお願いいたします」
「こちらこそ、お願いいたします。富三郎殿、さえ殿、浅草に来られる折には駒形まで足を延ばしてください」
「はい、落ち着きましたら、体が弱らぬように朝駆けをこちらまでしたいと、思っています。剣術の道具は置いておきますので、お使い下さい」
「私の筝も、お使いください」
籐右衛門は富三郎が新しく一家に加わえられたことに礼を述べ帰って行った。

 今年の二月に門弟だった若林平九郎が瓦版に載る手柄をたてたことで金子家への婿養子入りした折り、列席した旗本、御家人と兵庫は知り合うことになった。
それが切っ掛けでその子息三人がほぼ同時期に入門してきた。
あれから丸九ヶ月が経ち、入門した三人が押し込みを捕らえる手柄をたてた。
その手柄が呼び水となり源次郎が婿養子に行くことが決まり、そして連鎖が起こり三人の弟子がほぼ同時期に道場から、それぞれの人生に旅立っていった。

 兵庫が午後の日の当る障子を開けると、誰も居ない庭道場が目に入った。
武家として生きる者、町人となって生きる者、生き方が定まらず修業に出た者、三人の旅立ちは、ぽっかり空いた庭道場を見る兵庫に、次にこの道場にやって来る者たちを迎える芽を育ませ始めていた。

第五十一話 旅立ち 完

Posted on 2013/08/17 Sat. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第51話 旅立ち(その11)】 

 一方、お道が吉衛門家に養女として入る話はとんとん拍子で進み、十一月も半ばになった十五日、吉衛門家から渡された支度金もあり、着飾ったお道が嫁入り道具のような新しい荷と志津がふじから貰った筝を船に積み、父親・新吉の付き添いで亀戸へと出て行った。
その見送りの中にはお琴と並ぶ旅支度姿の甚八郎がいた。

 その甚八郎も一旦道場に戻ると、稽古道具を背に旅立って行き、お琴は名残惜しさを隠そうともせずに、更に見送ろうと、その後を追うようについていった。
 甚八郎とお琴の後ろ姿が、駒形堂の辺りの雑踏に消えるまで見送った兵庫とお志津、顔を見合わせると、寄り添い我が家の腰高障子を開け、入った。
その仲睦まじく入る様子を中で店番をしていたお糸が見て、咳払いをした。
「見せつけないで下さい」
兵庫とお志津、返答が出来ず少々顔を赤らめ、通り庭を奥へと消えていった。
そして奥から志津の声が表のお糸の耳に聞こえて来た。
「旦那様。この家に男は旦那様御一人ですからね」
「分かっています。水汲み、薪割りですね」
「はい」
兵庫は水瓶の蓋を取り、減り具合を確かめると手桶を取り勝手口から出て行った。

 そして然程間を置かず、表の戸が開けられた。
入ってきたのは四十がらみの町人の男と・・
「いらっしゃいませ」
お糸がいつもの挨拶をしたが、すぐに
「あ? さえさんのお母さん・・・」
次々と店に入ってくる顔見知り
「富三郎様にさえさん」
「堰屋籐右衛門と申します。鐘巻先生にご挨拶に参りました」
「どうぞお上がりください」
やってきた四人は帳場脇の表座敷に通された。
 狭い家である。表の部屋に人が入ったことは、襖一枚隔てた志津の居る奥座敷にも聞こえ、その襖が開けられた。
志津が四人を、四人が志津を見、志津が笑みをこぼすと、四人の緊張が解けたように笑みが表れた。
「旦那様を呼びますのでお待ちください」

 堰屋籐右衛門が来たことを知らされた兵庫が表座敷にやって来て座るのを待たずに、籐右衛門以下四人が頭を下げた。
「皆様のご様子を見ますと、無事納まったようですね」
「はい、過日は鐘巻様より大村様に過分なお口添えを頂き、有難う御座いました。何が御座いましても、いの一番に鐘巻様にお知らせ致さねばと思っておりましたが、今日まで遅れましたことをお詫び申し上げます」
「此度の一番手柄は富三郎殿の決意ですよ」
「旦那様。その決意を早々にさせたのは、さえ様が居られたからこそですよ」
「そうですね。とにかく目出度い話です」
「先生、有難う御座いました」
富三郎とさえが頭をさげた。
「慣れぬことも多く出てくるでしょうが、修業と思い励んでください」
「はい」

Posted on 2013/08/16 Fri. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第51話 旅立ち(その10)】 

 兵庫がお琴を見ると、同意するかのように頷いた。
「それで、ご相談ですが、先生が修業なされた板橋に行き、一年か二年もしくは三年、独り立ちの修業に専念したいのです」
兵庫が頷き、志津がお琴を見た。
「お琴はそれでいいのね」
「はい、取られちゃうよりはいいです」
「未だ十六と十五、慌てることはないでしょう。互いに修業し、時の来るのを待つのも良いかもしれません。相川先生にお願いの頼りを書いておきます」
「有難う御座います」
「これで道場からまた竹刀の音が消えますね」
「はい、また・・聞こえる日も来るでしょう」

 甚八郎は屋敷に戻ると父の根津作左衛門に武者修行の願いを出した。
「武者修行。何のためだ」
「私がこの屋敷で朽ち果てたくはありません。身を立てるための修業です」
「我が家に不都合なことを起こさぬと言い切れるか」
「先のことなど分かりません。ご心配でしたら、吾が名を根津家より外して下さい」
「馬鹿なことを申すな。覚悟は分かった。それで修業先はどこだ」
「はい、鐘巻先生が修業なされた板橋の雲風流、相川道場です」
「鐘巻先生の修業先か・・・金は持っておるか」
「はい、お心遣いは無用で御座います」
「分かった、許す。母にも言っておきなさい」
父の作左衛門は思った以上に物わかりが良かった。
と云うより、頑固者の作左衛門に甚八郎の養子話を持ってくる者の居ないことを、誰よりも知って居たのは作左衛門本人で、甚八郎には己の道は己の力で切り開いてもらうしか手立てが無かったのだ。

 よく十一日、甚八郎は武者修行に出ることが許されたことを兵庫に告げた。
「それは良かった。板橋では暮らしに色々不自由します。今使っている物は持って行きなさい」
「不自由ですか。たとえば・・・」
「私は下駄を持っていきませんでしたので、暫らく何処に行くにも草鞋履きでした。傘が無く雨降りの日は出られませんでした。金が有れば何とかなりますが、金の使い道は他に出てきますから、無駄に使わないことです」
「しかし、そんなには持って行けませんよ」
「板橋の道場とここ駒形は二里半ほどです。葛篭(つづら)をあげますので必要な物を入れ往復しなさい。予備の刀を一振り上げましょう」
「そうか、予備が必要なのですね」
「はい、今は洗濯しても乾きが遅いです。褌、稽古着、股引き、腹掛けの仕事着など」
「他に?」
「大怪我したくなければ鎖、鉢金など、在る物は持っていきなさい」
「分かりました」
こうして、甚八郎は兵庫が具足の仕入れに使った葛篭を使い事前に暮らしに必要な物を運んだ。

Posted on 2013/08/15 Thu. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第51話 旅立ち(その9)】 

 源次郎の養子話から生じた動きが富三郎にどう影響したのか判らないが、その日の内に富三郎は父・富吉に武家を辞め町人になることを願い出たのだ。
色々と聞かれたが、富三郎は隠すことなく是までの事実を語り、千住の質屋、堰屋籐衛門の婿養子なることも隠すことをしなかった。

 そして八日、兵庫は志村家に招かれた。
「先日はお上より倅が過分なものを戴いた。富三郎に聞くと鐘巻殿と山中殿の働きとのこと、お心遣い頂いたことに、先ず御礼申し上げる」
「山中殿と拙者二人では出来ぬことでした。富三郎殿の働きが在ってのことでした」
「その話はそれまでとし、今日御足労戴いたのは富三郎が武家の籍を離れ町人の婿養子になると申しておる。鐘巻殿に堰屋籐衛門なる者をご存知と聞き、如何なる人物かお尋ねしたかったからです」
「籐衛門は千住にて数代に渡り全うな質屋を営む者でございます。拙者も事情あって千住の町で良い質屋は無いかと裏店住まいの貧しき者に聞いて訪れ、知り合いになり、今でもお付き合い頂いております」
「聞けば大村の家には格上の御家人から是非にと養子取りの話があり、出費もせずに倅を出すことが決まったとか。他家へ養子に出すには物入りでな、我が家には富三郎のほかもう一人何とかせねばならぬ次男が居って思案しておったのだ」
「富三郎殿も堰屋にとっては是非にも迎えたい婿養子です。籐衛門は吝嗇(りんしょく)では御座いませんので、いざと言うときは志村家にとって頼りになる者と存じます」

 志村家は百五十石の御家人だが、物価の高い江戸暮らしで内情は苦しい。それを当主の富吉がほのめかしたのを受け、兵庫は質屋籐衛門との縁組は金銭的な後ろ盾を持つことにほかならないと言ったのだ。

 兵庫の返答に、志村富吉は意を固めたようで、以後、富三郎の縁組は兵庫の知らぬ所で進められていった。
そのことは富三郎とさえが同時に道場に通わなくなったことで、兵庫に間接的だが伝えられた。

 一人道場に通うようになった甚八郎は友が縁付いていくのを見聞きし、焦りをみせた。
他家への養子縁組は部屋住みの身で考えることはあったが、今は好いたお琴が居て、源次郎のような道は辿りたくない。
しかし、無骨な甚八郎には富三郎のような商才も無かった。

 意を決したのか十日になって甚八郎はお琴と共に兵庫に相談話を持って来た。
兵庫と志津の前に二人が座った。
「先生。今のままでは源次郎の轍を踏むことになりかねませんので、暫らく屋敷を出、親の目の届かぬ所に修業に行こうと考えています」
「修業に出るのか・・・」

Posted on 2013/08/14 Wed. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第51話 旅立ち(その8)】 

 二往復目の朝駆けでやってきた弟子と駒形に戻ると、台所でお琴が朝の支度をしていた。
兵庫が稽古着に着替えるため奥座敷に入ると、志津も入り障子を閉めた。
「吉衛門さんはお怒りでしたか」
「お気持ちはそうだったかもしれませんが、恨み言は一切出ずに、お道を養女に迎えられないかの話が出ました」
「それは良い話かもしれませんね。お琴やさえたちがお弟子さんと話す様子は見たくはないでしょうから、住む場所を変えたほうが気晴らしにも成るでしょう」
「それでは、志津はお道を説得してください。私は新吉さんに言います」

 兵庫が弟子に稽古をつけていると、志津が裏木戸をから満冶店へと出て行った。
その志津はお道一人がいる家の外から声をかけた
「志津です。入りますよ」
返事を待たずに、大工の文字が書かれた腰高障子を開け、入り、閉めた。
布団の中に伏せているお道に
「お道、起きなさい」
慰めにでも来たと思っていたお道にとって志津の言葉は厳しかった。
目を開きお志津を見ると、さらに厳しい眼差しに、お道は起き上がり布団を除けると上のものを向かえる時のように座りなおし両手をついた。
「よくお聞きなさい。私はお道と同じ十五歳の時、吉原に身を売りました。吉原を出るまで、また出てからも辛い日々を送りました。しかし、それが今は役に立っています。お道の今の辛さは分かりますが泣くのはもう止めなさい。源次郎殿が居たから筝も着付けも化粧も髪結いもそして料理も上手になったのです。私のように辛さの中に身を置き、芸を身につけることもあれば、お道のように芸を身につけた後に辛さの中に身を置くこともあるのですね。辛さは成長させて頂いた代償と思い、受け入れなさい。私に旦那様との縁が巡ってきたように、お道にも新しい縁が必ず来ますからね」
「・・・・・」
「亀戸のおふじ御婆様がお道を欲しがっていました。ここに居ては涙を流すなといっても無理でしょうから、行ってはどうですか。新吉さんには旦那様が話をします」
「・・・・・」
「それに新吉さんは未だ若いのです。道場にいて気が付きませんか」
「お糸さんのことですか」
「そう。二人の年頃の娘が居ては・・・」
お志津が笑ってみせると、お道も笑い返した。
「後でご飯を運ばせますから、全部たべるのですよ」
志津はお道が頷くのをみて長屋を出た。

 夕方にはお道のことを案じ、早めに帰ってきた新吉に兵庫から吉衛門家へお道の養女話が切り出されたが、新吉に異存は無く話をまとめることになった。
 このお道を巡る兵庫と志津の動きは門弟二人と娘二人に隠しておくことは出来ず、知られてしまった。

Posted on 2013/08/13 Tue. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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