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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第52話 身代わり(その16)】 

 昼飯を食べ終わった兵庫は台所の棚から弁当行李を二つ取り、部屋に戻ると風呂敷に包んだ。
「旦那様、山倉屋に行かれるのですか」
「はい。張本人の額賀がこの世から居なくなりました。もう気掛かりは無くなったでしょうから、残りの私の分を引き取ってきます」

 山倉屋の奥座敷に通され待っていると、主の清太郎が番頭の晴四郎と笑みを浮かべ、重たいものを持って現れた。
「鐘巻様がそろそろ参られると噂をしていたのです」
「そうでしたか。こちらにも額賀がどうなったか知らせが入りましたか」
「鐘巻様も早耳ですな」
「はい、昼前にたまたま額賀の首を落とした者が参りまして、聞かされました」
「それほど確かな話はありませんな。札差仲間に此度の仕事が終わったことを伝えておきます」
「よろしくお願い致します」
「それでは、残りの六百両お持ち帰り下さい」
兵庫は目の前の切餅を二つの弁当行李に詰め風呂敷で包んだ。

 駒形に戻った兵庫はすることもなく、裏庭で木刀を振っていると、表に武家がやってきた。
「旦那様、以前参られた水戸家の浜中様がお待ちで御座います」
兵庫が座敷に入ると、上座に座る浜中の方が畏まっていた。
「わざわざのお運びおそれいります」
「わが主、塙数衛門の使いで参りました。鐘巻殿にお頼みしたき儀あり、下屋敷までご同道お願い致します」
「分かりました。身形(みなり)を改める間お待ち下さい」
身形を裃姿に改めた兵庫が浜中に従い水戸下屋敷に入った。
待たされた部屋に固い表情の塙数衛門が入ってきたのは兵庫の足が痺れ始めた頃だった。
「鐘巻殿。此度のこと藩に関わり合いがないとは言えぬことだった。それゆえ忘れていただきたい」
「そのことは承知しております。ご懸念には及びません」
「それと山中と名乗った者が居たそうだが、どのような者だ」
「信ずるに値するもので、誓って口外は致しません」
「そうか、つまらぬ用で呼びつけ申し訳なかった。これは些少だが二人で分けてくれ」
「塙様。これは無用のお心遣い。信じていただければ結構で御座います」
「いや、重ね重ね失礼致した」
「塙様には私が持ち込みました話で、いろいろとご苦労をおかけしたようですね」
「ああ、貧乏くじを引かされるのが、わしのお役目でもある。だが、お主の話しを聞き、額賀を捕らえ、裁くことが出来、面目を失わずに済ませられた。しかし疲れた。お主のような気ままな暮らしが羨ましくもある」
そういい、やっと塙の顔に笑みが浮かんだ」
「それでは、この堅苦しい身形から、気ままな暮らしに戻らせていただきます」
水戸下屋敷を出た兵庫は急ぎ足で駒形へ戻っていった。

第五十二話 身代わり 完

Posted on 2013/09/02 Mon. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第52話 身代わり(その15)】 

 浮橋の奥座敷に入った兵庫に、女将の静が茶を出し、腰を落ち着けた。
「山中さん。昨晩の金はやはり二千両あったそうです。千両は河内屋に戻すそうですが、残りの千両は私に任せるとのことです。町のために用立てることになりますが、なにかありましたら申し出て下さい」
「分かりました。ただ、千両と言えども使えば減るだけで、数年で無くなるでしょう。出来るだけ減らさぬ算段をしたら如何ですか」
減らさぬ算段と言われ兵庫は思いを巡らし始めた。
「そう言えば、武家でありながら金貸をして万両の借財を返済した者のことを思い出しました。あのような商才があり仁に厚き者が居れば千両を託せるのですが」
 兵庫は鳥居家家臣で責任を一人で被り腹を切って死んでいった大友門太夫と、その弟の久太夫が麹町で金貸をして借財を返済したことを思い出していた。

「金貸ですか。貸した金は感謝されますが、貸した者は利息を取りますから嫌われる因果な商いですね」
「引き受け手がいませんか。金の使い方、増やし方で何か良さそうなことが見付かったら教えて下さい」
浮橋を出た兵庫は森田町の山倉屋前を通ったが寄らずに駒形へもどった。

 何事もなく、数日が経った二十九日の昼前、珍しい客が、表の腰高障子を開け入ってきた。
「あら、木下様」
表で上がったお糸の声は奥まで聞こえ、兵庫と志津が立ち上がった。
木下は兵庫の道場にも通った浪人だったが、三月(みつき)ほど前、剣術の腕を見込まれ水戸藩の足軽副組頭五十石で仕官した者だった。
通り庭を抜け台所までやってきた木下を兵庫は部屋に向え入れた。
「その顔は、お疲れのようですね」
「ああ、宮仕えの辛さを味合わされたよ」
「そうでしたか。茶でも飲んで話して下さい」
茶を飲み干した木下が、大きく息を吐いた。
「実は、何が在ったか分からぬが昨夕、咎人の首切り役を仰せ付けられたのだ」
「介錯ではなく、斬首ですか」
兵庫が誘いをかけた。
「ああ、一家親子三人が引き出された。子にまで死罪が及ぶとは、額賀雅治とか云う侍、よほどの悪事でもしたのだろう。拙者は額賀の首を落としたが子どもの首を落とす者は気の毒だった」
「その様なことが在りましたか。昼飯でも食べていって下さい」
「いや、厄払いのお参りだけ許され出てきたのでもう帰らねばならぬ。それにしても静かだな。皆はどうした」
「それぞれ、わが道を行くことになり去りました」
「そうか。若い者に負けては居られん。気晴らしが出来たので帰る」
「また、来て下さい」

Posted on 2013/09/01 Sun. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第52話 身代わり(その14)】 

 兵庫は受け取った四百両の入った重い風呂敷包みをぶら下げ山倉屋を出て行った。
浅草平右衛門町の富士の湯の暖簾をくぐると、番台に座るおよしが振り返った。
「山中さんは二階に居ますか」
「はい、居られます」
「直ぐ、終わりますので上がらせて貰います」

 兵庫が二階に上がると碁四郎は年寄りと碁を打っていた。
盤側に群がり碁を見ている傍目に兵庫も加わった。
「鐘巻さん。今日は何の用事ですか」
「約束の分け前、四百両ではなく四百文持ってきました」
そういうと兵庫は風呂敷包みを持ち上げて見せた。
「あっ 随分と重そうな四百文ですね。もしかして四百両ではありませんか」
普段いたって生真面目な碁四郎の言葉に皆が風呂敷包みを見上げた。
「まさか、この私の顔で小判は似合わないでしょう。銭一貫文と少しです」
「ちがいねぇ」
碁四郎が頭の上に両手を上げると、風呂敷包みが乗せられた。
「碁四郎はそれを膝の上に置き、鐘巻さん暫らく待って下さい。終わらせます」
暫らくして
「先生。ここ死んでしまいましたか」
「はい。こちらも危篤状態のようです」
「あ~あ その銭が膝に乗ってからあっという間にこの有様だ」
「済みませんね。疫病神を連れ出しますので」
「そうして下さい」
負けた年寄りが兵庫を恨めしそうに見た。

 富士の湯を出た兵庫と碁四郎は船宿浮橋に向かって歩き出した。
「今朝、水戸屋敷の用人に話をしてきたら、動きがあり向島の廃屋に埋められた骸が掘り起こされ、寺に運ばれたそうです。寺には身内も呼ばれたようだと山倉屋が申していました」
「身内でしたか。逃げた額賀某は捕まったのですか」
「はっきりして居ませんが、禁足させられた者が何人か居るようです」
「水戸の先代、斉昭公がまだ口を出しているそうですから、厳しい沙汰がまっていることでしょう」
「もし額賀が居れば、腹を切り損ねたことを後悔しているでしょうね」

 二人がのんびりと歩いていると上から声が掛かった。
「碁四郎さん。昨日はご馳走様」
「お駒さん、お吉さん、お浜さん、すずめさん・・・昨晩の礼でしたら、こちらの鐘巻殿に言って下さい」
「まだ信じられない。あんな御綺麗な奥様の旦那様なんて」
「私も未だに信じられません」
兵庫が応え、起こった笑いが兵庫と碁四郎の上を流れていった。

Posted on 2013/08/31 Sat. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第52話 身代わり(その13)】 

「額賀の話は何かございませんでしたか」
兵庫は気になっていたことを尋ねた。
「名前は分かりませんが藩邸内では何人かが謹慎させられているようです」
「そうですか・・・」
「鐘巻様。此度のお働き有難う御座いました」
山倉屋清太郎が頭を下げた。
「頭目を逃してしまい申し訳御座いません」
「謝るのは手前どもの方で御座います。昨日は襲われることなど無いと思い込み、見張りを解いてしまい、ご迷惑をかけました」
「油断は私も同じでしたが、最も油断をしたのは苦もなく山倉屋を拉致できたと勘違いした賊だったようです。何事も最後に失敗した者が一番酷い目に遭うようです」
「お侍ですから昨晩腹を召されておけば良かったのでしょうな」
「何のために金を集めようとしたのか解りませんが、仲間を斬り、逃げては・・・、金集めも私利私欲と思われてしまいます。腹を切って居てくれたらと額賀の親戚一同思っていることでしょう」
「しかし、そのしくじりが手前ども札差にとっては有り難いのです。鐘巻様にお約束の千両をお渡しできるのですから」
「約束ですがその千両を丸々はまだ頂けません。助っ人を頼みました山中殿分として4百両お願いします」
「えっ、山中様に4百両もですか」
「二人でこの種の仕事で得た大金を分ける時は、話を持ち掛けた方が少し多めに取る事にしているのです」
「なるほど。“している”ということは過去にも大金を分け合ったことが在るのですね」
「そういうことになりますか」
「それでは、先ず山中様の分をお出しいたします」

 兵庫は目の前に出された切り餅十六個を用意された菓子折りに入れ、風呂敷で包んだ。
「それでは」兵庫が立ち上がる素振りを見せた。
「お待ち下さい、鐘巻様。お話がまだございます」
「何でしょうか」
「実は昨晩、手代の伊三郎が持ち帰った金が二千両あったのです。三河屋が奪われた千両は引き取り後ほど手前どもから返しますが、残りの千両は行き場がございませんので、鐘巻様がお引き取り下さい」
「幾ら何でも千両もの金は頂けません。千両の出所は調べれば分かることですから、そちらへ返して下さい」
「世間様の物の道理はそうですが、札差が諦めた金で御座います。戻す道理も無ければ受け取る道理も無いのです。運び出した鐘巻様が引き取るのが道理です」
「そうは言われても困ります」

 山倉屋は困った表情を見せる兵庫を見て嬉しそうな顔をみせた
「鐘巻様、商人には真似の出来ない金の使い方をみせれば良い事です。千両を己の物だと欲しがらぬ鐘巻様だからお願いできるのです」
兵庫は大きな溜息をついた。
「聞けば先日まで若侍の方々に生きる術を教えていたと伺っております。もしお武家様以外の町人にも生きる術を教えて頂けるのでしたら、手前どももお手伝いできることがあると思います」
「分かりました。あの千両については今しばらく考えさせて貰います」

Posted on 2013/08/30 Fri. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第52話 身代わり(その12)】 

 明けて二十三日、兵庫と碁四郎は妻を駕籠に乗せ、山倉屋の寮からそれぞれの家へと帰って行った。
朝飯を食い暫らくすると、武家としての身形を整えた。
兵庫は水戸下屋敷を見張るのでは埒が明かないと一晩寝て思い立ち、足軽徴用の折り知り合いとなった下屋敷用人の塙数衛門を訪ねたのだ。
事前の約束も無く訪れたため待たされたが、塙は兵庫の前に顔をみせた。
「いつぞやは世話になった。内々の話と聞いたが何だ」
「これからお話しすることは昨晩起きたことで御座います。お家に何か在ってはと思い、罷り越しました」
「その様な話か。小声で話してくれ」
「昨晩、私はある札差の身代わりとなり拉致され向島の廃屋につれていかれました。拉致した者の狙いは千両の身代金でございます」
「そうか、お主がここに居るということは賊の思う通りには行かなかったのだな」
「はい。賊の中には浪人とは思えぬ侍が五人居りました。五人は私ともう一人腕の立つ者にて、観念させ、これまでに奪った金を返してもらい、事件とならぬように腹を切ることになりました。私は先生と呼ばれた額賀の言を信用し、その場を引き払いました。しかし・・・」
「腹を切らなかったのか」
「はい。仲間の四人と手伝った町人らしき者四人を殺害し、額賀は逃げました。斬られた侍の中には海老沢と呼ばれた者がいました。話はこれだけですが、もし額賀を街中で見つけましたら容赦せず糾弾し晒し者に致すのが町の者たちの所存でございます」
「このことを知る者は他に何人居る」
「皆、口の固いものばかりで事件にならぬよう、これまで気をつかってきたのです」
「分かった。斬られた者の遺骸はどうなっておる」
「向島の廃屋の庭に埋めておきました」
「この話がどうして水戸と係わり合いがあると思った」
「それはお国訛りや姓名で御座います」
「そうか、身内の者が関与しているかは分からぬが、町の者の中に疑う者が居ることは捨ててはおけぬ。疑いを晴らすことに致す」
「無礼な話をお聞かせし申し訳なく思っております。お許し下さい」
「いや、謝るには及ばぬ。怒っていては益々耳が聞こえなくなるからな」

 塙数衛門の動きは早かった。
その日の午後、山倉屋に呼び出されて森田町の店にいくと、奥に通された。
「番頭さん。先ずは今日見聞きしたことを鐘巻様にお話して下さい」
番頭の晴四郎が兵庫に向きを変えた。
「鐘巻様、動かれましたな。水戸の者があの廃屋の庭を掘り返し、検分したそうです。その後、遺骸は向島の円通寺に移され身内の者も呼ばれたようです」

Posted on 2013/08/29 Thu. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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