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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第53話 遺志(その32)】 

 二十六日、朝駆けをいつものように済ませた兵庫は、昨日搗き上げた餅を切っていた。
八丁堀の兄の屋敷に届ける餅だが、切るにはまだ早いのか菜切り包丁に餅が絡みつき、切れ味が悪くなると傍らに置いてある大根を切り、また餅を切っていたのだ。
その様子を三人の子どもが不思議そうに見ていた。
「何か聞きたいことはあるか」
「はい、父上様。何故、大根を切るのですか」
観太の問いかけに他の二人も頷いた。
「これは包丁についた餅の粘り気を取るためだ。取らぬと包丁に付いた餅と切られる餅がくっ付き切れ味が落ちるのだ」
そう言うと兵庫は一合に切った餅に包丁を入れ押し切り、そっと包丁を上げると切られたはずの餅が包丁にへばりつき、への字になって持ち上がってきた。
「それでは、大根を切り粘り気を取った包丁でも切ってみよう」
兵庫が大根を何度か切り、先ほどと同じように一合餅を押し切り、静かに包丁を上げると、餅は少しばかり浮いたが、下に落ちた。
これで納得したのか三人は立ち上がると、次の興味在るものを探しに昨日に続き餅つき支度をしている内藤虎之助の居る裏庭へ出て行った。

 兵庫が八丁堀へ餅を届けて駒形に戻って来ると、既に山中碁四郎がやってきていて、裏庭で餅搗きを手伝っていた。
「山中さん。ご苦労様です」
「この一臼(ひとうす)搗いたら出かけましょう」

 兵庫、碁四郎、虎之助に三人の子供、観太、音吉、大助の六人が向島の円通寺に墓参りに出掛けた。
子どもたちは、これまで街中を歩くときは、出来るだけ人目を避け、こそこそとしてきたのだが、今日は大人三人、それも侍の付き添いがあり、着ているものも小奇麗なものだから自信に満ちた様子を見せていた。
その様子を見ただけでも、養育所を開いて良かったと感じ、自然と笑みがこぼれた。

 円通寺に入ると、寺男の小屋に寄り、蝋燭に火を貰い、十一人が葬られた墓に行くと俗名の書かれた白木の墓標が建てられていた。
全ての墓に持参した供え物の餅が置かれ、線香があげられ手が合わされた。
そして額賀雅治の墓の前で内藤虎之助が風呂敷に包み抱えてきた“養育所”の看板が取り出され、墓標に向けられた。
「よく聞きなさい。ここの墓に入っている十一人の方々が、お前たちのような身寄りの無い子どもたちのために働きなさいと私に言い亡くなったのです。この後、辛いことが在るだろうが、その時はこの墓にお参りし、お前たちのために亡くなった者たちのことを思いなさい。きっと辛さに打ち勝つ勇気が湧いてくるはずです」
兵庫の言ったことが分かったのか、三人は改めて十一人墓に手を合わせていた。

 お参りを済ませ、駒形に戻ると、表に看板が掛けられた。
“継志館 養育所”と書かれていた。

第五十三話 遺志 完

Posted on 2013/10/04 Fri. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第53話 遺志(その31】 

 お道が庭に出て三人を呼ぶ声が聞こえ、そして台所の土間に姿を見せた。
「観太、音吉、大助。こちらのお方は、これからお世話になる町年寄りの喜多村彦右衛門殿と町名主の惣右衛門殿です。上がってご挨拶しなさい」
お志津に促がされ三人は土間から板の間に上がり、座敷の敷居間近まで歩み、正座した。
「観太と申します。よろしくお願い致します」と頭を下げた。
そして、音吉、大助も同じように挨拶をした。
「ほ~、家の孫よりしかっりしていますな。先日まで浮浪していた者とはとても思えませんな」
「そうでした。浮浪から抜け出せましたので人別へ書き加えるよう、裏店の大家弥兵衛殿にお願いせねば」
「身元引受人は鐘巻様ですか」
「はい、養育所を預かる私が人別上の引き受け人ですが、まだ三人は幼いので養父として預かろうと思っています」
「ほ~、三人を鐘巻様の子にするのですか」
「私たちは先生の子に成るのですか」
話を聞いていた観太が目を丸くし、確かめるように聞いてきた。
「師弟として暮らすより親子として暮らす方が楽しいでしょう」
観太が頷くと、話を聞いていた幼い大吉も頷き、兵庫から志津に目を移し微笑んだ。
「どうやら、養父より養母ですかな」
「そのようですね。皆、挨拶が済みました。外の手伝いをしに行きなさい」
固い板の間の上での正座から解き放たれた三人は、土間に降り藁草履を突っ掛けると外へと飛び出していった。
そして静けさが戻ったとき、内藤虎之助が口を開いた。
「鐘巻さん。看板用意できましたが何と書きましょうか」
「そのことですが、伝馬町の揚屋の中で考えていたことが在りますのでご披露します」
「えっ、鐘巻様は伝馬町の揚屋に入って居られたのですか」
ビックリした様子で彦右衛門が尋ねた。
「はい。訳在って心ならずも十六日より昨日の朝まで、寒い思いをさせられました」
「奉行所ではその様な話が一切出ませんでしたが、惣右衛門殿はご存知でしたか」
「はい、この辺りでは大そう評判になり、仔細は聞いておりました。何か間違いでは無いかと駒形の自身番に押し掛け事情を聞く者が多かったそうです」
「その話は後ほど聞くとして、鐘巻様、看板に何と書くのですか」
「事情は申し上げられませんが、ある者たちの志を継ぐという意味合いから、継志館養育所ではどうでしょうか。山中さん」
名指しされた碁四郎は暫らく虚空を見ていたが口を開いた。
「志の文字は十一の心と書きます。偶然でしょうか。明日にでも看板を持って墓参りに出かけましょう」
「そうですね。子どもたちも連れて」
「どうやら、この養育所の話には奥深い曰(いわ)くが隠されているようですな。その辺のことは
この駒形の家では手狭に成ったころに、お伺いいたしましょう」
「そうですな。鐘巻様、山中様、内藤様、養育所開設の話につきましては手前どもより、先ずはこの界隈の大家や顔役に伝え、親が育てられぬ子や身寄り無い子が居ましたらこちらに連れて来るように言っておきます」
「よろしくお願い致します」
町役の二人は養育所の願い書を出した三人の人となりを見ると帰っていった。
 この日、三人は志津から兵庫をどう呼ぶか聞いたのか、ことある毎に兵庫の所にやってきては慣れぬ様子で“父上様”と呼び、また兵庫も慣れぬ様子で返事をしていた。

Posted on 2013/10/03 Thu. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第53話 遺志(その30)】 

 二十五日、兵庫は朝飯を食い終わると内藤虎之助とお琴を相手にして裏庭で餅を搗き始めた。
餅搗き見るのが始めての観太、音吉、大助の三人も餅搗きの真似事をさせてもらい、出来上がった餅を丸めたり、伸したりして楽しんでいた。

 しかし二臼搗き終わり、兵庫が子供たちと遊び始めた。
そののんびりした餅搗きを見ていた志津が心配そうな顔を見せた。
「旦那様。一俵も搗くのでしたら、もう少し急がないと、年が明けてしまいますよ」
「心配要りません。そのうち助っ人がやってきますから」
「辰五郎ですか」
「はい。搗いた半分を分け与えると長屋の皆さんにも言ってあります」
「おっとうも仕事を早めに切り上げ帰ってきます」
「なるほど。道場には一俵の半分、二斗のお餅が残るのですね」
「はい。一斗は八丁堀分ですが」

 餅つきの音に代わり、甲高い声をあげ、兵庫と遊ぶ子供たちを志津は眺めていた。
「ごめんよ。客を連れてきた」
「あら、あの声は、八丁堀の久坂様。お客とは何方でしょうか」
 兵庫が遊ぶのを止め部屋を見ると、志津の背後に店番のお糸が顔を見せた。
「先生。久坂様が山中様、町役のお方お二人を連れて参られました」
「分かりました。内藤さん、部屋に上がって下さい」
兵庫が表の帳場に出てみると、定廻り同心、久坂啓介と碁四郎の後ろに、裃姿の町人が二人控えていた。
「むさくるしい所ですが、どうぞお上がりください」
「おいらは、奉行所から預かったこの書状を手渡すのがお役目ゆえ、これで失敬するが、こちらは町年寄りの喜多村彦右衛門殿と町名主の惣右衛門殿だ。例の件で町触れが出され、鐘巻さんに会っておきたいと申されるので案内してきた」
「それはご苦労様でした。餅を搗いていますので帰りにでも寄って下さい」
久坂は頷くと師走の町へ出て行った。

 奥座敷に通された町役の二人は兵庫、碁四郎、虎之助と対座し、改めて名乗り合いが終わると台所との境の障子が開いた。
町役二人の目が部屋に入ってきた志津の動きに合わせるように動いた。
「粗茶で御座います」
前に茶が置かれて、やっと二人は志津の美貌から解き放たれた。
「志津、こちらは町年寄りの喜多村彦右衛門殿と町名主の惣右衛門殿です」
「志津で御座います。わざわざお越しいただき申し訳ございません」
「いいえ、参ったのは昨日奉行所より試みとして駒形に養育所開設するとの町触れが出され、便宜を図るようにとのお言葉でしたので、惣右衛門殿と参ったのです」
「そうでしたか。お許しが頂けるか定かでは在りませんでしたので、未だお見せ出来るようなものは御座いませんが、この月になり三人ほど引き取りましたので、ご挨拶させましょう」
兵庫が志津を見ると、志津が障子を開け台所に声をかけた。
「お道。観太と音吉、それに大助を呼んで下さい」
「はい」

Posted on 2013/10/02 Wed. 04:30 [edit]

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【鐘巻兵庫 第53話 遺志(その29)】 

「死んでは払えぬからな。ところで、養育所のことだが、半分聞き届けられることになった。それが兵庫の狙いであろう」
「やはり一万坪は駄目でしたか」
「当たり前だ。ただ、養育所が駒形に開かれたことは奉行所から浅草近辺の町役へ伝えられる。看板を掛けてもお咎めは無くなるから用意しておきなさい」
「ありがとう御座いました」
「それにしても此度の事件が起きたことで、お前のことが調べなおされ、ついでに願い出た養育所も再考され陽の目を見たようだ」
「そうでしたか、このひと月余り良く出来た芝居を見せられ演じさせられたようです」

 伝馬町の牢名主十郎兵衛に一分を手渡し御赦免になったことを告げた兵庫が、船宿・浮橋で碁四郎に礼を言い、山倉屋にもち米一俵を頼み駒形に戻ったのは昼を少し過ぎた頃だった。
 旗本の倅を斬った兵庫が、伝馬町の牢から解き放たれた話しは駒形の町に広がっており、兵庫が駒形の木戸までやってくると、自身番に詰めていた者たちが顔を見せ出迎えた。
「旦那。お帰りなさい」
「皆さん、世話をお掛けました。お陰で身の証も立ち戻ることが出来ました」
「早く家に戻って安心させてやって下さい」
こうして駒形の町に入ると店番をしていた者が出てきて、労いの声を掛けてきた。
兵庫もそれに応えながら、家に戻ってきた。

 店の入り口が大きく開けられ、志津を真ん中に、引き取られた子が三人、店の者、内藤虎之助等が並んでいた。
「永らく留守にして申し訳ありませんでした」
「旦那様。お疲れでしょう。話は後にしてお風呂が沸いておりますのでお入り下さい。床屋を呼んでおきますので、おつむの方も」
「湯か。そう言えば冬とは言え、だいぶ芳しく成った我が身を清めましょう。それと、内藤さん。養育所の件、開くことだけはお許しが頂けそうです。看板を掛けますので用意して下さい」
「そうですか。事件でご破算になるのでは無いかと心配していたのです」
「それは逆でした。事件のお陰で私たちが出したが、お取り挙げには成りそうも無かった養育所の願い書にも再び目が向いたそうです。」
「そうでしたか。運が上向いたような気がしますね」
「あっ、そうだ。志津、明日から餅を一俵搗く事にしましたので用意させて下さい」
「やはりそう成りましたか。お帰りの道で八丁堀に寄ったと聞かされましたので、今年もあちら様の御餅を搗くなと思っていました」
兵庫は笑みを浮かべると、傍らに寄って来た大助を抱え上げ、奥へと入って行った。

 風呂に入り、髪を結い直した兵庫は遅くなった昼飯を食い終わると、再び着替えなおした。
改めて、世話になった知り合いに挨拶に出向き、牢暮らしの顛末を話しその日を終えた。

Posted on 2013/10/01 Tue. 04:49 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第53話 遺志(その28)】 

 兵庫が再び伝馬町の牢屋敷から呼び出され奉行所の白洲に座ったのは十二月二十四日の朝四つ(十時ごろ)だった。
「鐘巻兵庫、お主が申したこと一々調べてみた。みな理に適っていたそうだ。お主に掛けられていた嫌疑はその後の調べで全て晴れた。これまでの神妙なる振る舞い誉めて取らす」
「恐れ入ります」
「それにしても苦労を掛けたな。預かっていた脇差返す、砥ぎに出すがよい」
「ありがとう御座います」
「ところで、お主を傷つけた相手の刀だが、お主が目付方に申した通り過ぎたる物であった。目利きは出来ぬそうだが一振りして分かったそうだな」
「あの刀、恐らくはいくつかの胴を断ち切る技物でしょうが、私には真剣勝負で使うことは出来ません。神戸殿にも使いこなせぬものであったようです。お蔭で私は助かりました」
「そうか、三つ胴切りは勝負には不向きか」
「はい、私には・・・」
その時、吟味与力の後ろの襖が開き、立派な武家が顔を見せ、皆が平伏した。
奉行の池田播磨守だった。
「鐘巻兵庫、此度の事件では斬られたにもかかわらず、よく忍従してくれた。お蔭で旗本と御家人の間で騒動が起きずに済んだ、礼を申す」
「勿体ないお言葉、痛み入ります」
「それにしても、三つ胴切りで、薄皮と障子の桟、三本とは・・」
そう言い、奉行は若く無骨な兵庫の様子を確かめると引き下がっていった。

 兵庫が奉行所の門を出て行くと浅草の町の者が待って居た。
皆さん、色々とお世話になりました。ありがとう御座いました。

帰る途中、日本橋近くまでくると兵庫は皆に改めて頭をさげた。
「これから、迷惑を掛けた兄上に詫びてきますので、私はここで失礼します」

 この事件で兵庫の兄、奉行所与力の鐘巻兵馬は出仕を控えていたのだ。
「兄上、ご迷惑を掛け申し訳御座いませんでした」
「詫びるには及ばん。時が掛かったが、お前が解き放たれることは分かって居った」
「そうでしたか。それにしてもお役目に差し障りが出たことをお詫び申し上げます」
「そう思うのであったら、今年も餅を一斗たのむ」
「お安い御用です。こちらに参る用が出来ましたのでお願いですが、一分お貸し下さい」
「一分?、土産でも買って帰るのか」
「いいえ、牢屋敷の名主と賭けをしまして、負けたので、その支払いです」
「揚屋の十郎兵衛、相変わらず負けない賭けを楽しんでいるのか」
「そのようですが、一分渡せる私も嬉しいです」

Posted on 2013/09/30 Mon. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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