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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第55話 雪解け(その46)】 

 両刀を返された浪人が逃げるように自身番出て行き、戸が閉まると久坂が口を開いた。
「蝋燭屋だが、神田須田町で店を出していた山形屋益次郎だった。今は下谷坂本裏町の裏店暮らしをしている。浅次の話では、近いうちに位牌を受け取りに来ると言っていたそうだ」
「こんなに早く分かるとは思っていませんでした」
「それには訳がある。嘉永二年に町医者の評判聞き取りを行う、きっかけになった訴状を蝋燭屋の益次郎が出していたため、その件を扱ったお仲間が気が付いてくれたのだ」
「益次郎さんが評判の良くない医者から店をつぶすような被害を受けたということですか」
「子の病を治そうとする親心につけこみ、言葉巧みに高い薬をすすめ、金が無くなると家・家財を質に金を貸す者を教えたそうだ。結局子も家も失い訴状を出したわけだ」
「その家財が、私が買った家の物置にあったわけですね」
「嘉永二年の頃は、お仕置きされた善三という口入屋が住んでいた。闇で金貸しもやっていたわけだ」

 兵庫は嘉永二年の七月、修業先の板橋から盆で八丁堀に戻った時、居づらさから出歩き、医者の殺害現場を見、その後、兵庫の勘が働き、駒形の善三の店の前まで来たことがあり、善三がお仕置きされたことを知って居た。(第2話 井の中の蛙)
しかし、そのことを口に出すことは無かった。

「下谷坂本裏町の益次郎さんですね。お調べ有難う御座いました。何かお役に立てることが出来ましたら、声を掛けて下さい」
「ああ、その時は頼む」

 兵庫が自身番から戻ってくる道筋、大川の土手の所々に積み上げられていた雪を町の者が出て、川に落としていた。
それは、雪が日差しを受けて解け、せっかく雪搔きした道に流れだし水たまりを作り始めて居たからだ。
そして家に戻ってくると、帳場下の土間を埋め尽くして並んだ十一人の子供たちが出迎えた。
「兄上様、お帰りなさいませ」
多くの声が入り混じって聞こえた。
その中には兵庫と距離を置いていた正三の声もあった。
正三が大人に対し持っていた頑(かたく)なまでの用心が、これまで兵庫に対しても消えることが無く、他の子のように兵庫を兄上と呼ぶことはなかった。
それが駒形に来て以来、正三を囲む大人たちの温もりに触れ、凍っていた心が春の雪の様に解けたようだった。
「ただいま」
兵庫が笑みをこぼすと、見上げる子供たちの顔にも笑みが浮かんだ。

第五十五話 雪解け 完

Posted on 2013/12/29 Sun. 04:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第55話 雪解け(その45)】 

 久坂は浪人の前に来ると、名乗り相手の藩、姓名を尋ねた。
「田中軍平、浪人でござる」
「貴方は知らぬこととは思うが、御上がお許しなった養育所の看板を外し、投げ捨てたそうだな。話を自身番にてお尋ねしたいのでご同道願いたい。お主は刀を抜かなかったようなので縄は打たぬが、腰の物は預かる」
浪人は後ずさり身構える素振りを見せた。
「やめておけ。素直に従えば目こぼしも考えてやる」
それを聞いて浪人は両刀を差し出した。
「鐘巻さん。目つきの悪い奴が木刀を持って中に居るぞ。二人が町の者から危害を受けぬように自身番まで、つきあってくれ」
久坂が心配したように、いきり立つ常吉、乙次郎、仙吉の前に志津が立ちはだかり静止していた。
「分かりました。山中さん、留守を頼みます」
「兵さん。話は違うが、あの位牌、持ち主分からず、返されました」
「そうですか戻ったら、その話を聞かせて下さい」

 兵庫は志津から刀を受け取り腰に差すと、引かれていく浪人の後を、護衛するように自身番へと向かった。
昼の最中のこの出来事は否応なしに衆目の目に留まり、通りには物見高い野次馬が残っていて、浪人に罵声を掛ける反面、兵庫が前を通ると役者にでも掛ける声が飛び、見送っていた。
そして何人かが、兵庫の家の前まで行き、立ち止まり、開け放たれたままの中を覗き、そして出格子に掛け直された看板を見て、納得したのか頷き去って行った。

 自身番まで送り、役目を終えた兵庫が帰ろうとすると勇三が
「鐘巻の旦那、蝋燭屋の件で話がありますんで、お入りください」
「こちらは分かりましたか」

 自身番に入ると久坂が浪人の縄を解くように言った。
「石原さんに田中さん、あんた方は命拾いしたんだよ。せっかく鐘巻さんが助けた命、冬の寒い大牢で縮めるのは気の毒だから解き放つ。ただ、駒形と日光街道は歩かねえ方がいいぞ。見ただろうが、あの家には千住、草加、越ヶ谷から養育所を建てる手伝いで来たやくざ者が居て、あんた方の顔を見たからな。鐘巻さんはこの辺りでは先生と呼ばれている。やくざ者にもだ。先生を泥濘(ぬかるみ)の中に、それも奥さんまで土下座させたあんた方を許すほど、やくざ者は優しくねぇからな」
「もう良いでしょう。それより蝋燭屋の話をお願いします」
「分かった。御二方、木戸外まで送らせますから、追手の支度が出来ない内に無事逃げ切って下さい。浅次頼む」
「分かりました」

Posted on 2013/12/28 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第55話 雪解け(その44)】 

 つぶてを受け顔から血を流した石原は無言のまま刀を居合抜き、斬りかかったが兵庫は飛び退き、道の中央に誘った。
それに合わせ遠巻き見ていた野次馬が距離を保つように後ずさった。
竹刀対真剣の勝負に相討ちは無く、兵庫の動きは相手の予測を外すもので、道場剣術では無い、奇をてっらたものだった。
兵庫の動きに翻弄され、石原の斬りかかる刀が届かないのだが、兵庫の竹刀は相手の刀が流れるたびに打っていた。
浪人は自堕落な暮らしをしていたのか、兵庫を追いかけ刀を振っている間に疲れを見せ始めた。
その時
「兵さん。いつまで遊んでいるのだ。もう一人が目を覚ましたぞ」
「碁四郎さん。そいつは養育所の看板を投げ捨てた者だ。まだ狼藉を働くようなら任せます」
「分かりました。看板を掛けてもらいます」
目覚めたところに、二人の話を聞かされた浪人は、歩み寄ってくる稽古着姿に二本差した碁四郎に恐れをなしたのか看板を拾うと出格子に掛けた。
一方、兵庫を追うのを止め、息を整えていた石原は抜いた刀を竹刀で翻弄された悔しさから再び兵庫に襲い掛かった。
足が追いついてこない石原の切り込みは流れ、のめりそうになり刀を握る左手を離した。
それを兵庫が見逃す訳もなく、振り下ろした竹刀が刀を握る石原の右手こぶし激しく打つと、刀を落とした。
脇差を抜こうとする石原に兵庫の最後の打撃が脳天に見舞われた。
鉛入りの重たい竹刀をまともに受けた石原は、脳震盪を起こし、土手に積まれた雪が解け出来た水たまりに崩れ落ちた。
遠巻きして見ていた野次馬から拍手が起こった。

 そこに雪駄ばきに黄八丈姿の定廻り同心の久坂啓介が岡っ引きの勇三と下っぴきの浅次を伴いやってきた。
「久坂さん。遅いですよ」
「遅くわねぇ。昼間から刃物を振り回す相手をこの短い十手で相手をするほど、わしは馬鹿ではない。ところで斬り合いだと聞き、又かと思って来たのだが、訳を聞かせて貰おうか」
「大助が遊んでいて、こちらの石原殿に何か粗相をしたようです。大助と遊んでいた観太に音吉が土下座して謝ったようですが、納まらず内藤殿も土下座に加わり、更に、私、志津そして正三、虎、熊、金太、己之吉の十一人で謝り、石原殿が私の額を蹴り上げたところで、子供の粗相は赦されました」
「許されたのに何故争った」
「それはこちらの方が道場の看板を投げ捨てたのと、あちらの方が養育所の看板を投げ捨てたからです」
「なに! 養育所の看板を投げ捨てただと。許さん。勇三、その伸びている浪人、往来で無用に刀を抜いた咎で縄を打て。わしは向こうの浪人を捕える」

Posted on 2013/12/27 Fri. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第55話 雪解け(その43)】 

 それを意に返さず、兵庫
「内藤さん。子供たちを中に入れてください」
内藤は大助を抱え上げると、浪人たちに一礼し
「皆、家に入りなさい」と言い、その場から離れて行った。
その後ろ姿を見送っていた浪人の片割れが、
「おい石原、小僧が入った家は道場らしいぞ。看板が掛かっておる」
「そう言えば、この若いの稽古着を着ている。おい、お主はあの道場の何だ」
「はい、主で御座います」
「主がこの様(ざま)なのに、門弟が誰一人出て来ぬとは・・・」
そう云うと、浪人二人は兵庫を置いて道場の看板に向って歩いて行った。
そして、看板まで来ると
「地天流墨西館剣術指南、聞いたこともない流派だな」
「恐らく、町人や子供を相手にしているのであろう」
「だが、大道で土下座して謝る姿を晒しては、その町人、子供ももはや来ぬであろう。この看板は無用の長物だな」
そういうと浪人は看板を外し、投げ捨てた。
そして更に、他の看板も眺めていたが
「継志館養育所とは何だ。これらも要らんだろう」
と看板を外すと投げ捨てたのだ。
 これには兵庫の我慢の緒も切れた。
座っていた所に転がっていた小石を拾い立ち上がるや
「無礼者」と一括し店に走った。
振り返った浪人の脇を抜け、兵庫は志津から竹刀を受け取った。
 兵庫のことを心配した志津は家に入るや、兵庫の愛刀を取りに行き、戻ると歯ぎしりしながら見ていた常吉らやくざ者から木刀や竹刀を奪い店の出口近くまで出て来ていたのだ。
「何が、無礼だ」
「子供が犯した些細な粗相に腹を立てたのは、大人げ無いで済ませるが、道場の看板を外し投げ捨てるとは、子の粗相に対する罰とは思えない。ましてや養育所の看板は御上の御赦しを得て掛けたもの。御手前方は御上に対し無礼を働いたのです。このままお返ししては、子供たちに間違いを犯したら素直に謝るように教えていることが無駄になります。大道に出て、子供たちがしたように謝って頂きたい」
「馬鹿な。その様な真似が出来るか。どうする」
「これは良い機会を与えてくれました。子供たちに謝らねばどうなるかを見せることが出来ます」
「その竹刀で、わしら二人を懲らしめるとでも言うのか。身の程知らずめ」
「これでも道場主です。甘く見ないでください。では行きますよ」
「来い」と浪人二人は身構えた。
左手に竹刀を持った兵庫の右手が素早く振られた。
石原が悲鳴をあげ顔を押さえると、もう一人がそれに気を取られた。その瞬間、飛び込んできた兵庫の突きを喉元に受け、のけぞりひっくり返った。
「石原殿、お相手は伸びましたが、謝る気になりましたか」

Posted on 2013/12/26 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第55話 雪解け(その42)】 

 その日の午後、遊び場でもあった裏庭に道場の建設が始まると、子供たちは必然的に通りで遊ぶようになった。
川に近づいてはならないと言われた言葉を守り、通りで遊んでいると
「無礼者!」と声が、道を歩いていた二人連れの浪人から上がった。
鬼ごっこをしていた大助が観太に追われ、通りがかった侍にぶつかりそうになり避けたのだが、よろけ、侍の鞘に触れて転んだのだ。
大助は転んだまま浪人に向きを変え、頭を地につけ
「おゆしください」とたどたどしく詫びた。
「小僧、武士の刀に触れるとは許さぬ」
子供が犯した些細な粗相に、侍の左手が大刀の鍔元を握り脅した。
これに大助と遊んでいた観太と音吉が驚き、大助の脇に土下座し
「お赦しください」と頭を地に着けたのだ。

 表に起こった騒ぎは、大工や荷の出入りのため腰高障子を外し、番をしていた内藤虎之助の目に入った。
虎之助は、奥に向って「子供たちが大変です。鐘巻さんを呼んでください」と大声を上げ、裸足のまま表に飛び出し、駆け寄り子供たちの脇に土下座した。
「如何なる粗相が在ったかは存じませんが、この子たちは拙者、内藤虎之助の預かる者で御座います。粗相につきましては幾重にもお詫び申し上げますゆえ、御赦し下さい」と地に手を着き、頭を下げた。
腰に脇差を差した武家が謝罪に加わったことで、怒った侍の同僚が
「石原、もう良いだろう。許してやれ」と間に入った。
そして更に稽古着姿で力仕事を手伝っていた兵庫、少し遅れて身重の志津がやって来て、内藤の脇に座った。
「拙者、鐘巻兵庫と申し、この子らの養父で御座います。頑是ない子の成したことは親の責任で御座いますゆえ、子の罪に対する罰は拙者の身にお与えください」
「父上様、母上様申し訳ございません」
「大助。父や母にではなく石原様にもう一度謝りなさい」
「石原様。申し訳ございませんでした。御赦しください」
大助が頭を下げるのに合わせ、侍の前に土下座していた者たちが揃って頭を下げた。
その様子を周りで見ていた人ごみの中から、子供たちが駆け寄り、土下座していた者たちの後ろに座り、同じように頭を下げた。
養育所に寝起きするようになってからも、兵庫との間に距離を置いていた正三とその正三に従う者たちだった。
次々と目の前に土下座する十一人の者を見下ろし、言葉を失っていた浪人が鞘を握っていた左手を下ろしたのだが、矛先を兵庫に向け直した。
「この罪を受けると申したこと偽りないな」
「はい」
兵庫の返事を予期していたように、石原が地に手を着く兵庫を蹴りあげた。
また、何かされることを予期した兵庫は、咄嗟に顎を引き、蹴りを額で受けた。
蹴りあげた足の痛みを堪えた浪人が
「石頭め」と吐き捨てるように言った。

Posted on 2013/12/25 Wed. 04:51 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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