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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第56話 面影(その47】 

 思惑違いの河内屋の海苔巻きだったが、残ることは無く、腹を膨らませた男たちは浮橋を出、途中までは揃って日光街道を歩いていた。
しかし、定廻りの久坂が立ち止まった。
「鐘巻さん、ここでお別れだ。おいらは茅町の自身番に寄って行く。勘助、ご苦労だった。下谷に戻ってくれ」
こうして駒形に戻ってきた男たちを志津やお島が出迎えた。
「お島、昇太の仇は取れたぞ」
「そう、先生有難う御座いました」
「それは、お二人の力です」
「そうですよ。益次郎さん、皆さんご苦労様でした。お食事の支度をしますから暫くお待ちください」
「志津、朝飯は浮橋で河内屋の出前を御馳走に成ってきました」
「まぁ、朝から贅沢な」
「奥様、助六ですよ。それも賊のおごりでした」
「よくわからない話ですね。後ほどお聞きしますので手足を洗って来て下さい。旦那様、お刀を」
「すまん。手足の他にも洗わねばならなくなりました。だが殺してはいません」
「旦那様が斬らねば済まなかった方なら、それなりの修業を成された方だったのでしょうね」
一晩留守にしただけなのだが、お志津は何時になく嬉しそうな様子で、また兵庫と話を続けたいのか、出迎えた時のまま座ったまま立ち上がろうとしなかった。
兵庫も手足を洗いに行かずに、帳場の床に腰かけて、
「居合の皆伝と申して居りましたが、盗人の仲間に入った引け目が技を鈍らせたのかもしれませんね」
こうなると、もう若夫婦の邪魔は出来ない。
「先生。あの駕籠大黒屋に返してきます」
気を利かした仙吉の言葉だった。
「お願いします。ご隠居には、ほとぼりが冷めたらお伺いすると伝えて下さい」
「分かりました」
仙吉が廻し合羽に脇差を帳場に置くと、常吉と乙次郎もそれに倣い、一つの空駕籠を三人で担いで行った。
志津の隣に座っていたお島にしても居心地がよくない。
「あんた、早く手足を洗い、己之吉と会ってごらん。可愛いよ」
「そうするか」
益次郎が居なくなるのに合わせ、お島も奥に消えていき、帳場には兵庫と志津が残った。

「お島さん、あの通り。己之吉も私よりお島さんの所に行くようになりました」
「久坂さんが、此度の一番手柄は益次郎さんと云って居られましたが、奉行所が江戸所払いされた偽医者の了庵を直ぐに捕えなかったのは、仲間と押し込みを企てているのを知り、一網打尽にするためでした。お島さんが己之吉に亡くなった昇太の面影を見たため、やらなくてもよかった偽医者との対面をしました。そのことが結果的に偽医者に押し込みを急がせたと私は思っています。急いだために密かに船を用意することもできず、よりによって碁四郎さんの船宿、浮橋に船を頼みに来たのです」
「己之吉に亡くなった子の面影を見たお島さんのお手柄と云いたいのですね」
「はい」
「ということは、本当のお手柄は己之吉かもしれませんね」

 奥の部屋からカルタを教わる声が聞こえて来ていた。
「己之吉の“み”はな~んだ」
「みからでたさび」
「じゃ~己之吉の“の”は」
「のどもとすぎればあつさをわすれる」
「えらい、えらい、己之吉は賢いな」
お島と己之吉の母子(ははこ)のようなやり取りを邪魔せぬように、そして兵庫と志津の二人の仲を邪魔されぬように兵庫と志津はその場を動こうとしなかった。

第五十六話 面影 完

Posted on 2014/02/23 Sun. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第56話 面影(その46】 

 最初に出た者は前に立つ男四人を見た途端、柳橋に向って逃げていった。
呼子が何度か吹かれ、勘助から賊たちへの御用の口上抜きで気合いと悲鳴が上がり始めた。
暖簾をくぐり次々と出て来た男たちが、兵庫と碁四郎に殴りつけられ崩れ落ちていったのだ。
「兵さん、中は一人だ、逃げた者を追って下さい」
「分かった」
兵庫は倒れた賊が、勘助と勇三に縄を掛けられ、銀太と捨吉に抑え込まれているのを見てから賊を追った。
しかし、その足は直ぐに歩みに代わっていった。
逃げた賊が、前を三人の男に塞がれ後ずさりしていたのだ。
その男、逃げるのを諦められないのか腰の道中差の柄袋を外し始めた。
「止めろ。もう五人は捕えました。抜けば流れるのはあなたの血ですよ。諦めなさい」
しかし、その男、あろうことか兵庫に向い、走り居合抜いてきた。
やっと抜き終った男の脇差が飛んだ。
男の右肘下から手首に掛けて腕が裂かれ、そがれた肉片が腕から垂れ下がっていた。
「血止めをしてやってください」
兵庫は血振るいをすると、座りこんだ男の左袂で切っ先辺りの曇りを何度か拭(ぬぐ)い鞘に納めた。
そして、男が落とした脇差を拾い上げ見て、
「あなたは侍の出ですね。何故負けたか分かりますか」
「分かっていれば、負けはせぬ」
「貴方は居合を知らないからです」
「馬鹿言え。これでも皆伝だ」
「貴方はその短い脇差で私の胴を抜こうとしましたが、私は長い刀であなたの腕を切ろうとしました。ここには大きな間合いの優劣が生じて居ます。届かぬ刃では人は切れないことを学ばずに、この様に据えもの同様に人を斬っていたからです」
男の脇差には拭いきれない曇りが残っていた。
「それにしても、手が回っていたとは山形屋から抜け出た者が居たのか」
「皆殺しにしたのですか」
「そこまで悪ではない。命より金を惜しみ逆らった主だけだ。あとは縛り上げ納戸に押し込んできた」

 捕えられた者たちは船宿、浮橋の土間につながれ、奉行所の者が来るのを待った。
そして、四半刻後山形屋の検分を済ませた定廻りの久坂と笠井が捕り方を伴いやって来た。
久坂が兵庫と碁四郎を笠井に紹介し、簡単な挨拶を交わしただけで、賊は笠井の手で引き立てられていった。

 賊が柳橋を渡るまで見送った久坂と勘助そして勇三が浮橋に戻って来た。
「河内屋の弁当が出るそうだな食わせてくれ」
手柄を笠井にかすめ取られ貧乏くじを引かされた久坂だった。
皆が広間に上がり待っていると、運ばれて来た折にはなんとのり巻きと稲荷が入っていた。
「なんだよ、助六じゃねぇか。こんな落ちが付くとは思わなかったぜ」
前金に三両も取ったのだから、さぞかし豪華な弁当が食えると思っていたのは無理もないことだった。
その声が届いたのか、帳場に座っていた番頭の幸吉が「済みませんね、冬枯れで船宿のやりくりが大変なものですから。それと亡くなられたお方が出たと伺いました。精進料理の方が宜しいでしょう」
「殺された者の悪口は言いたくはないが、吝(けち)もほどほどにせぬといかんな」
「それで盗まれた物は何でしたか」
「金は先ほど奴らの持ち物を数えたが、合わせても十両に満たなかった。それで薬を盗んだのだろうが、いくらで売れる物かわしには分からぬ」
「どうやら割に合わない押し込みをしたようですね。ところで益次郎さん。了庵に敵討ち出来ましたか」
「了庵のやつ私の事を覚えて居ないのです。殴る気がなくなりました」
「御上が仇を取ってくれますよ」
「それに此度のお手柄の筆頭は益次郎さんあんただ。御上からも何がしかの褒美を出すように取り計らっておくよ」
「有難う御座います」

Posted on 2014/02/22 Sat. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第56話 面影(その45)】 

 それぞれ身繕いを済ませた男たち十人が広間に座った。
常吉、乙次郎、仙吉の三人は兵庫が言っていた下っ引きにならず山形屋に出向いた時と同じやくざ者の姿だった。
「勘助さんに、勇三さん。手配(てくば)りを頼みます」
兵庫は最後の仕上げを、御上の御用を預かる勘助に託した。
「それでは、お言葉に甘えて皆さんにお願いします。私の近くには山中様、勇三には鐘巻様が後詰をお願いします。常吉さん、乙次郎さん、仙吉さんは奴らの顔を知って居ますんで、柳橋の向こう側に陣取り、やって来る六人を見張り、来たら知らせたうえで、奴らの背後に回って下さい。先生方とあっしらは舟の中で待ち、船頭衆は店の外でいつもの様にしていて下さい。奴らが残りの半金を払いに店に入ったら、あっしらは船を下り、奴らが外に出てきたら、あっしと勇三が御用の筋で自身番までの同道を頼みます。後は相手の出方次第です。なお、予期せぬ出来事が生じたら知らせて下さい」
「勘助さん。私はどうすれば」
「益次郎さん。あなたは大事な証人になる人ですから、家の中でことが納まるまで控えて居て下さい。友三の顔の一つ二つぐらいは殴らせてあげます」
「分かりました」
「相手があることですから、筋書き通りはいきませんが、多少痛めても構いませんから逃がすのだけは食い止めて下さい」

 外はまだ暗く曇天のため東の空に明けていく様子も見られなかった。
時刻を鐘の音と、外の明るさでしか知ることが出来ないとき、暗い朝を迎えた場合、大方は目覚めも遅くなるものだった。
案の定、六つの鐘が鳴っても友三らは姿を見せなかった。
そして、暫くして予期せぬことが起こった。
六人が葛籠(つづら)のようなものを背負い浅草御門の方からやってきたのだ。
柳橋方向から来ると勘助が思い三人を配置したのは、前日、賊の一人が船を予約して柳橋方向へ行ったことを碁四郎から聞いていたためだった。

 六人は店の端で柳橋方向を見ていた銀太の前を通り、店に入った。
船の中で知らせが来るのを待っていた兵庫と碁四郎がほぼ同時に
「友三だ!」
「しまった。奴ら、上の橋を渡って来やがった。勇三さん始まったら呼子を吹いてくれ」
「分かった」
「それでは行きましょう」
船の中に控えていた、勘助と碁四郎、勇三と兵庫の四人が船を下り、浮橋の前に立ち六人が暖簾から顔を出すのを待った。

店の中では番頭の幸吉と友三がもめていた。
「まだ五両も取るのか。半金として納めたのが三両なら残りの半金は三両だろう。理屈に合わぬことを言うな」
「半金とは申しましたが、河内屋さんの御食事とお酒を頼むための代金だったのです。しかし当方に舌足らずがあったことは認めますので一両おまけして四両お願いいたします」
番頭の幸吉は暖簾の外に、賊が出て来るのを待つ四人の足元を見て話を切り上げた。
「しかたがない。急いでいるので払う。確かな船頭さんを頼みますよ」
「分かっています。銀太さん、捨吉さん。お願いしますよ」
「へい」
外から返事に、残りの半金を払った賊の六人は暖簾を分け外に出ていった。

Posted on 2014/02/21 Fri. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第56話 面影(その44)】 

 勘助が勇三と船宿浮橋にやって来たのは、五つ(八時頃)の鐘が鳴った後だった。
待っていた兵庫が、
「ご苦労様でした。久坂殿は如何でしたか」
「“わしの言うことを信じられなかったようだな”と申しておられました。それとお仲間の定廻り笠井様にも伝えておくとの事でした」
「久坂殿も“信じられなかったようだな”と・・・。それで明日のことは何か言っておりましたか」
「奉行所には行かずに直接、目星を付けられた安房屋、栄屋、山形屋に出向き何事もなければ奉行所に行き、事件が起きて居れば検分後、こちらに来られると申されて居りました」
「分かりました。明朝、友三等が来た時の、こちらの段取りは頃合いを見て賊徒に打撃を与えることにしていますので、騒ぎが起きましたら縄を掛けて手柄にしてください」
「それは有難いのでが、先生方やお集まりの方々には、あっしら二人の後詰をお願いしたいのです。何が何でも御用を預かる者が最初に疑わしき者たちに声を掛けろと久坂の旦那が・・・」
「そうでした。罪を犯したか否か、明らかになっていない者を叩いてはこちらが罪を犯すところでした。それでは私が勇三さんの後ろに、山中さんが勘助さんの後ろに立ち、相手が御用の言葉に従わない時に、手を貸すことにします。それで宜しいですか」
「それで御願いします。まず間違いなく逃げようとしますんで、皆さんで殺さぬ程度に可愛がって下さい」
男たちに笑い声が起こった。
そこに帳場から番頭の幸助がやって来た。
「勘助さんに勇三さん。お話が聞こえたので、お願いに来ました」
「何ですか」
「実は、まだ半金しか頂いていないので、できれば残りを頂いてから御用の話をして頂けないでしょうか」
「分かりました。河内屋の弁当を食わせてもらえると聞いています。思いっきりふんだくって下さい」
「また、笑いが起こった」
 この後、男たちは持参した夜食を分け合ったのち、使う得物確かめ、寝入ったのは夜もだいぶ更けた頃だった。

 翌十二日、七つ半(五時)頃、広間で寝入っていた男たちは、仲居の女たちに起こされた。
そして女たちが開け放った戸からは冷たい外気が吹き込み部屋に滞っていた空気を押し出していった。
その寒さに兵庫は枕元に置かれていた昨晩脱いだ物を着こんでいった。
「あれ?先生、今日は船頭に成る筈では・・・」
「昨晩、筋書きが変わって後詰(ごづめ)役ですから、私は非番の同心になります。船頭姿は寒いですから、皆も着て来た者を着て下っ引きになったらどうですか」
「先生。駕籠かきの次が船頭で、その次が下っぴきですか」
「嫌なら、それらよりだいぶ下になりますがやくざ者に戻っても構いませんよ」
「参った」

Posted on 2014/02/20 Thu. 04:02 [edit]

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【鐘巻兵庫 第56話 面影(その43)】 

 これには碁四郎が腹を立てた。
「その金でどの様な傷薬か買えるかは知りませんが、今夜にでもお使いください。兵さん帰ろう」と表に出て行ってしまった。
それに皆が続き最後に兵庫が出、自ら戸を閉めた。
「碁四郎さん。怒るな。もしかすると私等は命拾いしたのかもしれませんよ。四人は大したことが無いが、加わる二人のことは分かっていませんからね」
「そう思うことにします」
「勘助さん。この書付を久坂さんに届けてください。見聞きしたことは何を話しても構いません」
「分かりました。それであっしはまだ河内屋の弁当が食えますかね」
「今晩は皆、閑古鳥が鳴いている浮橋の客に成りますので、用を済ませたら来てください。それと出来ればお仲間の勇三さんにも声を掛けておいて下さい。もちろん弁当は用意しておきますから」
「分かりました」

 平右衛門町の船宿、浮橋に戻った男たちに加え船頭の銀太と船宿の暖簾分けをされた捨吉、番頭の幸吉が広間に集まり明朝の談義が始まった。
「賊の人数は今のところ六人、その内四人は大したことないが、残りの二人はどの様な者か分からないので、仕掛ける前に少し様子を見たいですね」
「旦那それでしたら、奴らが直ぐに船に乗れないように船着場に猪牙をつないでおけばいいでしょう。」
「そうして下さい。暫く中に入れて湯茶でも出して時を稼いでもらいましょう」
「どこでやっつけるんですか」
「外の船着場辺りで叩くことにして、役割ですが、皆さん船頭に化け、船着場に来た者を船と陸から挟み撃ちにします。船には碁四郎さんと船頭衆、陸は逃げ方向の下流を私、上流を乙次郎さんと仙吉さん、浮橋の中から常吉さんで如何でしょうか」
「得物は?」
「血は見たくないのですが、碁四郎さん用意できそうなものは」
「木刀が五本、杖が二本、棹(さお)ならいくらでも」
「陸組は手慣れた木刀を借り、持ち場のどこかに隠しておいて下さい。何も持っていないと寂しい人は棹も借りて下さい」
「仕掛けの合図は」
「上手く行くか分かりませんが、私が棹を持ったら容易して下さい。そして一番強そうな者の頭を叩きます。分かりやすいでしょう。刃物を抜いた相手には二人、三人で向って下さい」

 そこに酒が運ばれて来て飲み始めると、山形屋の多左衛門の話が出、声が高くなった。
「あの野郎、置かれている立場が分からないのか、分かっていたとしたら大した度胸だが、度胸だけで盗人を退散させるとは思っていないだろう。何をするつもりですかね先生」
「私は何もできないと思っているので、皆さんと明日の支度をしているのですよ」
「そうだとしたら、山形屋殺られちゃいますよ」
「その可能性は在りますが、山形屋は疑り深い人のように思えました。賊が入ることも疑っているのだと思います。度胸が在るのなら最初から断ればよいのに受けたのは、むしろ弱いのかもしれません。もし賊が入ったのなら抵抗などせずに命乞いする方に私は掛けます。それと友三ら四人も人を殺すような悪党には見えませんでした。怪我ぐらいで済むことを願いましょう」

Posted on 2014/02/19 Wed. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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