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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第57話 親子(その47)】 

 だが、慌しさは残っていた。
家中の者が集められ、隼太が明日、伊豆韮山の代官所へ勉学のため旅に出る話がされ、この機会に隼太の元服式が行われたのだ。
急ぎだから、前髪を落とすだけなのだが、衆目を集め、終わった。
そして、集まった者が去ると
「餞別です」と兵庫は包んだ金を奥村弥太郎に手渡した。
「済まぬ」
親の奥村弥太郎にとって、最も気に掛かっていたことは隼太に持たせる金だった。
「隼太殿には、つまらぬ心配するより勉強して貰いたいですからね」
こうして、あわただしさは夜まで続き、隼太の旅支度がされていった。

 奥村隼太が伊豆韮山の代官所へ向けて旅立つ二十一日、その暁七つの鐘の音が聞こえて来た。
表座敷に娘たちと寝ていたお琴が先ず起き、要所に灯りを点し竈に火を入れた。
兵庫は台所に点された灯りが障子を染めたのを見て、布団から抜け出した。
隼太の旅立ちを、日本橋まで奥村弥太郎と共に見送ることになっていたのだ。
表戸を開け見上げ、満天の星空を確かめ、戸を閉めた。
 鐘の音と階下の物音は、上で寝ていた奥村親子を次々と階下に呼び寄せた。
帳場には持参する物が詰められた柳行李が置かれていた。
旅に立つ隼太が持って行きたい物、見送る親が持たせたい物、親子の気持ちが詰められていた。

 起きてから四半刻ほど経つと、大工仕事を手伝いに来ている常吉、乙次郎、仙吉がやって来た。
中でも常吉は旅に同道するため、旅支度を整えていた。
その常吉に、
「路銀です。途中の皆の支払いはこの金で、残った金は一両を残し、隼太に渡してください」
「分かって居ます。一分も残せば帰って来られますよ」
「頼みます」

 七つ半(午前五時ごろ)、出来上がった朝飯を、旅に立つ者と日本橋まで見送る者が食べ始めた。
別れを惜しむ奥村親子の事を気遣ってか、話す者は居らず静かな朝飯だった。
そして時は流れ明け六つの鐘が打ち鳴らされた。
家の者や隼太を知る者たちは表に出て、旅立つ隼太を見送った。
兵庫と奥村弥太郎に挟まれた隼太、隼太の後に母の志乃、その後に供をすることに成った常吉が脇差を差し、そして常吉が担ぐはずの荷を日本橋まで担ぐ乙次郎、仙吉が続いていた。

 日本橋に着くと既に竹林章一郎と竹林夫妻、と荷を背負った男が着いて居た。
竹林家と奥村家の挨拶が交わされた。
後からついた奥村夫妻には子との別れを惜しむ時は無く、もう少し先まで見送ると京橋方向へと歩いて行った。
 残された兵庫、乙次郎、仙吉の三人は旅立っていく者たちが目覚めた町の人ごみに見えなくなるまで見送った。
「乙次郎さん、仙吉さん。私は八丁堀へ寄ってから帰ります」
「分かりました。そう伝えておきます」

 兵庫を八丁堀に向かわせたのは何であろうか。
八丁堀の兄の屋敷には、先妻・幸との間に出来た子を養子に出してあった。
縁は切れているのだが、昨年暮れから縁もない子供たちを育て始めたことで、兵庫に親としての心が芽生えていたのだ。
そして、先ほどは、元服させた大人となった倅・隼太のことをまだ気遣う奥村夫妻の姿を見た。
先日は、父親・新吉の幸せを願う成長したお琴を見た。
子を思う親、親を思う子。
更に、子を亡くした益次郎・お島夫妻がやって来て、親を失った己之吉との遊びの中で見せるものは芽生え始めた親子の感情だった。
兵庫の身の回りで起こっている、親子様子が兵庫の心に入り込み、実の子が居る、父母が居る八丁堀に向けさせたのかもしれない。
兵庫の足取りは軽かった。

第五十七話 親子 完

Posted on 2014/04/11 Fri. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第57話 親子(その46)】 

 十九日、兵庫にとっては何事もなく過ぎたのだが、南町奉行池田播磨守の主だった家来衆の他、部屋住みを抱える家来が奉行役宅に集まり談義が行われていた。
誰を、蘭学などを学ばせるために韮山代官江川太郎左衛門の元に送るかだったが、手を上げる者が居なかったのだ。
この話を播磨の守から受けてしまった竹林は針の筵に座る羽目に陥った。
 一方、奥村隼太と伴として行く常吉の方は旅支度を整えていた。
 
 二十日の午後、例によって、兵庫が草鞋を作りながら帳場の番をしていると、出格子に掛けられた看板を見る影が障子に映った。
店の引き戸が開けられ、笠を被った武家と若い侍が入って来た。
「いらっしゃいませ」
珍しく客が来たと思った兵庫が声を掛け、手仕事を止めた。
笠を取った武家は、なんと竹林だった。
「竹林殿。早いですね」
「思ったより早く決まってしまった」
「それは良かった。お上がりください」

 奥座敷に客二人の他、兵庫、奥村親子、大工仕事を手伝っていた山中碁四郎と常吉そして内藤虎之助が集まった。
「予定より早かったのですが、竹林殿より、こちらの奥村隼太殿と伊豆韮山に行かれるお方を紹介して戴きます」
と切り出し、話を竹林に託した。
「此度、奥村隼太殿が勉学の為、韮山代官所江川太郎左衛門殿のご教授を受けることを知り、主人池田播磨守より家中からも一人出向かせろとの仰せ、談義の結果、ここに控える者は倅の章一郎を出向かせる運びとなりました。宜しくお願いいたす」
「竹林章一郎です。奥村殿宜しく頼みます。私は十六歳になります」
「こちらこそ宜しくお願い致します。私は十四歳です」
自己紹介を聞いた兵庫、碁四郎、そして奥村の三人が顔を見合わせた。
そして、兵庫が
「失礼な聞き方で申し訳ありませんが、章一郎殿はご嫡子でしょうか」
「はい、韮山の代官所に入るまでは」と云い、屈託のない笑みを見せた。
倅に蘭学を学ばせることで後々主家池田家に迷惑が掛からないように、嫡子の章一郎を蘭学を学んだことを理由に廃嫡にしておき、咎められた時の言い訳にしようとする腹積もりだと、皆が思った。
「竹林殿、お察し致します」
「皆さん。無理やり引かされた籤だが、よくよく考えると外れとは限って居ない。また倅も、面白そうだから行かせて欲しいという。気が変わらぬ内にと思い、今日やって来たのだ」
「気が変わらぬ内とは、もしかして章一郎殿ではなく奥方様ですか」
「そうです。奥村殿、勝手を申して済まぬが出立を明朝に出来ませんか」
「隼太。支度は出来ているな」
「はい」
「よし、隼太、今日、お前を元服させるぞ」
「父上、有難う御座います」
「それで、竹林殿。明日、出立の段取りはどの様に考えておられますか」
「奥村殿。少々早いですが、六つの鐘が鳴ったら、駒形を出て頂けませんか。日本橋の高札前で会いましょう」
「分かりました」


 竹林と奥村は明日、持参するものを互いに確かめ合っていた。
それも直ぐに終わり、竹林親子はあわただしく引き上げていった。

Posted on 2014/04/10 Thu. 04:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第57話 親子(その45)】 

 奉行所内、奉行の役宅を出た兵庫、
「碁四郎さん。竹林殿、困って居たな」
「恐らく、此度の用を任せる人が居ないのでしょう」
「居ても、出したくないのが本音でしょう。安穏な暮らしに浸っていますからね」
「あの~~・・三、四日待っても音沙汰が無い時はどうなるのでしょうか」
隼太が心配して尋ねてきた。
「その時は、播磨守様から頂いた願い状を持って、お伊勢参りに出掛けたことにして、道に迷って代官所に入れば良いのです」
「倅の事で世話を掛けて済まぬ」
「何もしていませんよ。子供たちを銭湯に連れて行くのと大して変わりません」
「兵さん。これからどうする。新発田藩の下屋敷を見張りますか」
「二兎は追わずに、隼太殿のことを先にしましょう」
「三、四日、何もできないでしょう」
「それでは碁四郎さん、悪いが南割下水の韮山代官所に行って、旅の道順を確かめて貰えませんか。伊勢参りの途中、寄ることに成るかも知れませんので」
「分かった。兵さんは?」
「草鞋を作りながら、奥村殿に差し向けられた追手と早く接触する手段を考えてみます」

 この日、駒形に戻ると志津が
「旦那様、志乃様が参りまして、これ以上迷惑は掛けられないので家を出たいと申されておりました。子供たちが増えるのを見て、居づらくなられたようです」
「確かに、出て行きたくなる気持ちは分かりますが、裏長屋空いていますかね」
志津は台所で夕餉の支度をしているお琴を見た。
「お琴、裏店に空き家は在りますか」
「いいえ、皆、塞がって居ます。駒形で空き家を探すのは難しいですよ」
「それではお琴、空き家を一つ作る手伝いをしてもらえませんか」
「手伝いなら、何でも」
「旦那様、一軒空きそうですよ」
「志津、どういう事ですか」
「お琴、こっちに来なさい」
兵庫と志津の話にお琴が加わった。
「お琴、お前が家を出て、この家に住みなさい」
「宜しいのですか」
「その方が、新吉さんとお糸さんが一緒になりやすいでしょう」
お琴が笑い頷いた。
「なるほど、独り者の新吉さんと、同じく独り者のお糸さんが同じ家に住めば、お糸さんの家が空きますね。これは奇策ですね。それでは、お糸と帳場番を代わりますので、あとは頼みます」

 この大工の新吉とお糸が一緒になる話は、すんなりと決まってしまった。
二人にとって、年頃の娘、お琴が新吉の傍にいることが互いに近づくことの障害になって居たのだ。
このことはお琴も知って居て、お琴が一人暮らしをすることを何度か父の新吉に言ったのだが、一人娘の一人暮らしが出来るほど江戸の町は安全では無く、親子二人暮らしが続いていたのだ。

 この話は志津から志乃へそして奥村弥太郎にも伝わった。
ただ、引っ越しの日取りは新吉とお糸の仮祝言を終えた後ということになったのだが、お琴は暇を見てはせっせと自分の荷物を裏店から兵庫の家の表座敷に運び込んだ。
それを見た、子供たちが
「お琴お姉ちゃん、引っ越すの」と尋ね、お琴が頷いた。
そして、裏店から引っ越し先の表座敷まで蟻の行列のような引っ越しが行われ、その晩からお琴は鐘巻家の住人となった。

Posted on 2014/04/09 Wed. 04:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第57話 親子(その44)】 

 金四郎こと帰雲は一旦奥に入り播磨守への添え状を書くと、出て来た。
「隼太」と呼び、手招いた。
戸惑いを見せる隼太に兵庫が小声で、
「行きなさい」と促した。
恐る恐る歩み寄る前髪姿の隼太に帰雲は
「よいか、へこたれてはならぬぞ」
「はい」
添え状を受け取った隼太が戻った。
「色々と話を聞きたいが、本日は、これから句会に出向かねばならぬ。また来てくれ」
帰雲はそういうと立ち上がり、四人は頭を下げ見送った。

 遠山家の屋敷を出たところで、兵庫
「奥村殿、溝口屋敷に戻って、鳥羽某を待つより今日は池田播磨守様に会い、隼太殿のことをお願いしませんか」
「そうして貰えればありがたい」

 四半刻後、四人は南町奉行所内、奉行役宅で池田播磨守が来るのを待っていた。
既に遠山金四郎から貰った添え状は、昨日会った竹林を通し播磨守に届けられていた。
そして、竹林が戻って来て、
「殿からのお尋ねですが、江川様は今、伊豆韮山の代官所に詰めておられます。夏の時期に成れば本所、南割下水の代官所役宅に詰めることになるそうですが、伊豆に参られますか、それとも夏まで待ちますか」
「出来れば、直ぐにでも伊豆に参りたいのですが」隼太の応えだった。
「分かりました。今しばらくお待ちください」
 言葉通り暫く待つと、池田播磨守と竹林が部屋に入って来た。
「奥村隼太、いま幕閣内は揺れている。今後どの様なことになるか、わしには分からぬが、いずれにしても国に備えは必要。夷の長技に頼ることを毛嫌いする者も多い故、気をつけることだ。これは江川太郎左衛門殿への私からの願い状だ。持って行きなさい」
「お心づかい、感謝いたします。学問、実践に励みお国にお返しいたします」
「その意気だ。韮山までの道中案内と手形などは用意させるが、供はどうする」
「当方に出入りしている者で先日褒美を頂きました一人、常吉を代官所まで供させます」
兵庫が即座に応え、支度が整っていることを見せた。
「竹林、当家からも至急、志のある部屋住み者を一人選び出し、隼太と共に江川殿に託す」
「殿、今は成りませぬ」
表だって蘭学を学ばせるのは、少数派に足を踏み込むことに成り、ひとたび咎められると勝ち目がないのだ。
家来である竹林が主人の思い付きを止めたのは当然の行為だった

「市井の者に後れを取る分けにはいかぬ。当分の間、当家から籍を抜けぬか」
「そこまで、お考えの事でしたら何とか致します」
「あとは頼む」
この一言を残し、播磨守は部屋を出て行った。
残された竹林、暫く沈思していたが、重い口を開いた。
「支度を整えたうえ、使いを出しますゆえ、三、四日お待ちください」
「分かりました。お待ちしております」

Posted on 2014/04/08 Tue. 04:39 [edit]

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【鐘巻兵庫 第57話 親子(その43)】 

 待っていると、顔馴染の篠塚左門が出て来た。
篠塚は遠山金四郎が南町奉行だったころ、隠密同心をしていた者で、何度か兵庫と奉行所の事件簿に載らない仕事をした仲だった。
「篠塚さん、御無沙汰しています」
「全くだ。暇でしょうがねぇ。学問の師を探しているのはこの子か」
「紹介します。こちらは私の剣術の師としてお迎えした奥村弥太郎殿とご子息の隼太殿です」
「越後新発田藩浪人で御座います。以後お見知り置きください」
「篠塚左門と申します。鐘巻さんの師とは、流儀をお聞かせ願いますか」
「火と水と書きまして、火水流で御座います」
「失礼ながら初めて聞く流儀ですが道統は長いので御座いますか」
「拙者が三代目ですが、四代はなさそうです」
「そのようですな。それでは庭の方へ」

 兵庫、碁四郎、奥村親子の四人が南面の廊下下に控えていると、障子が開けられ金四郎が剃髪した頭をなでながら廊下に出て来て、腰元が置いた座布団に座った。
「参りましたのは、越後新発田藩浪人の奥村弥太郎殿とご子息の隼太殿で御座います」
と篠塚が顔見知りでない二人の名を告げた。
「みんな、そうかしこまらず、顔を見せてくれ。わしは、経も読めないただの坊主に過ぎない。」
「帰雲様の仰せです」と篠塚が楽にするように促した。
四人が金四郎こと帰雲に顔を見せると、
「隼太と申す子か。学問の師を探していると聞いたが何の学問をしたいのだ」
「申し上げます。先日、鐘巻様のお屋敷にて魏源(ぎげん)の海国図志に“夷の長技を師とし以て夷を制す”と在りました。長技の師を探しているのです」
「ほ~、これは頼もしい。だが、師は蘭学に長けた者中に居る故、覚悟が必要だぞ。その覚悟があれば口を聞いてやる」
「帰雲様。長けた術を、それも役立つ術を学べることは、多くの人々を生かすことになります。生きた学問を学べるのでしたら、覚悟のし甲斐が御座います」
「隼太の覚悟は分かったが、奥村殿、止めるのなら今だぞ」
「蘭学が学ぶ者にとって諸刃の剣になることは、拙者も倅も知って居ます。我が家に伝わる剣法火水流の極意は人にとって欠かせない、火と水にさえ危うさが潜んでいることを教えるものです。この教えは蘭学を学ぶ倅に役立つものと思っています。やらせて下さい」
「分かった。伊豆韮山の代官を代々務める江川太郎左衛門殿が居る。蘭学に通じ、また知己も多い。今年は異国船が来るゆえ、海防の為にも江川殿の出番も多くなるであろう。実際に長技を見る機会も多くなると思うが、これで良いか」
「はい。是非、お願いします」
「分かった。だが、隠居のわしの紹介より、わしの後任の池田播磨守殿の紹介の方が良いゆえ、播磨殿への口添えを書くので、持って行きなさい。兵庫、面倒見てくれ」
「分かりました。播磨守様には昨日、ご褒美を山中殿ととともに戴いたばかりです。その温もりの冷めぬ内にお伺いしたいと思います」

Posted on 2014/04/07 Mon. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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