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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第58話 密命の果て(その51)】 

 そこに奥から志津がやって来た。
「支度が整いました」
「これから、線香をあげるのですが、皆さんも上げて下さい。碁四郎さん経を頼みます」
血を見て高ぶって居た男たちの心を、碁四郎の唱える経が沈めていき、線香を挙げることで死んでいった者たちの無念さを感じ、男たちは優しい気持ちを取り戻していった。

 そんな気持ちの表れだろうか、昼飯後に鳥羽が
「どうですか、皆でお仕置きされた浅尾様の墓参りに行きませんか」
「それは良いかんがえですね。ついでに死んだことに成っている江田さんの墓参りも・・」
「道案内は生き返った桜田さんに頼みましょう」
「常吉兄ぃ、生き仏を拝みに行きたいですね」
「それには・・」と云い兵庫を見た。
「これは気が付かずに申し訳ありませんでした。内藤さん、約束のお礼はきりよく一両を渡してください」
「分かりました。帳場に座りますので出掛ける時寄って下さい」
 
 こうして昼を少し過ぎると、この家に寝泊まりする以外の者は皆、雨に白いものが混じり始めたみぞれの中を帰っていった。
再び帳場に戻った兵庫は、今回受けた定廻り同心笠井を斬る、奉行からの密命の聞かされていない裏事情を考えていた。
笠井には死罪に値する咎が在ったことになるのだが、切腹させるだけでは済まない訳は何なのだろう。
恐らく咎を明らかにすることが出来ない、奉行所にとっても不祥事だったのだろうとは思ったが、それが何かは分かる筈もなかった。
ただ不祥事を無かったことにしよう、闇に葬ろうとしていることは八丁堀育ちの兵庫には分かっていた。
昨晩、やって来た久坂は
「お奉行からの密命です。賊を斬れとのことです。後始末は任せて下さい」と言った。
これは暗に、納金の為に奉行所に行く者を笠井が襲うことを意味していた。
そして、笠井は久坂の支配域の中で兵庫を襲い、斬られ後始末されたのだ。
どうやら、奉行と久坂そして斬られた笠井の死を覚悟した芝居の様に思えて来た。
更に、きく屋の皆殺しは、口封じのための奉行の筋書きでは・・と思ったところで、兵庫は思考を閉じた。
 志津が茶を入れ持ってきたのだ。
「旦那様も気晴らしに参られたら如何ですか」
「折角二人きりに成れたものを、追い出す気ですか」
「それは気が付きませんでした。不思議ですね・・」
「え? 何がでしょうか」
「密命を果たせなかった御四方が晴れた様子を見せているのに、たった一日で密命を果たした旦那様は今日の空のようです」
「密命には悲しみが満ちているのでしょう。果たせば誰かが涙を流すことに成るもののようです」
「密命の果てには悲しみがあるのですか・・」
そう云うと、志津は兵庫と悲しみを分かち合うように寄り添った。

第五十八話 密命の果て 完

Posted on 2014/06/01 Sun. 04:06 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第58話 密命の果て(その50)】 

 襲撃は兵庫等が家を出、隣の乾物屋を過ぎた所で起きた。
逃げ戻った益次郎が、戸を開けるや否や「出た~」と大声を上げ入ると戸を閉めた。
その声が勝手口を出ようとしていた若侍に届き、先を行く奥村らを呼び戻した。
帳場に戻って来た奥村らが見たものは血刀を下げた兵庫と碁四郎だった。
「終わりました。役人が来るまで仏に人を寄せ付けないようにして下さい。来られたら私闘があり相討ちだったと言って下さい」
「分かった」
といい、奥村、桜田が飛び出すと、その後に続いて出た者がみた光景は、水たまりを朱に染め倒れている二人の武士の姿だった。

 事件がどこかで起こることを予知していた定廻り同心の久坂は人を頼み兵庫が家を出る所から見張っていて、兵庫の動きに合わせ、待機する自身番を駒形町、諏訪町・・と移動していくつもりだったが、駒形で事件が起き呼び出された。

 吹く風が雨を巻き上げる川沿いの道を通る者は少なく、店の者も戸を閉めきっており事件に気が付かずにいた。
そんな中、久坂が岡っ引きの勇三と手勢を連れやって来ると、侍たちの囲いが開いた。
久坂は簡単に検分すると、周りに居る侍に、
「何方か見たお方は居ませんか」
「二人は何やら話し合っていたが、互いに抜くと一瞬だった。相討ちだったよ」
「相討ちか。勇三、刀の血糊が足らねぇ、少し塗っておけ」
遺骸が戸板に乗せられ、蓆(むしろ)を被せられ運ばれていくまで時を要さず、何事もなかった町に戻っていった。

 密命を果たした兵庫が、碁四郎と刀を洗い戻ると、雨に濡れた男たちが帳場で待っていた。
「今日は雨で日が良くありません、益次郎さん奉行所に出掛けるのは明日にしましょう」
「そうさせて下さい」と震えが止まらない益次郎の返事だった。

 今日の用が無くなった益次郎が奥に消えると、
「鐘巻殿、先ほど内藤殿から聞いたのだが、潜んでいた賊二人をどの様に察知したのだ」
「そのことですか。簡単なことです。風が教えてくれたのです」
「先生、もう少し易しくお願いします」
「ここ駒形の川沿いの店は朝日の他に川風が入るのです。特に雨の日に風が吹くと店の奥まで濡らしますので、日除け暖簾が雨の日も御覧頂いたように出しています。その日除け暖簾の影に雨宿りも兼ね賊は潜んでいたのですが、強い風が吹いた時に人型らしきものが現れたのです」
「成る程、今の事は道場では教えぬことだ、勉強させて貰った」
「先生、二人とも一刀で絶命していましたが、此れにも何か在りますか」
「一刀で倒せたのは結果ですが、それは相手が日ごろの力を発揮できなかったからでしょう。その遠因の一つは風雨の中、風下から襲うことに成ったからかもしれません。雨を避けながら潜める申し分のない所ですが、川沿いの店は風下になるがゆえに日除け暖簾を風除け暖簾としても使っているのです。そのことを知る私の方に地の利が在ったのでしょう」

Posted on 2014/05/31 Sat. 04:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第58話 密命の果て(その49)】 

 朝飯を食べ終わり、大工の新吉は家に戻ったが、奉行所に出掛ける益次郎と内藤のほか護衛をすることに成っている奥村、常吉、乙次郎、仙吉が帳場に残った。
しかし、兵庫は世間話に付き合っていたが、護衛の話に成ると「山中さんが来てから」と云い語ることはなかった。
 山中碁四郎以下六人の侍がやって来たのは五つの鐘が鳴った後だった。
その碁四郎の姿が、誰しもがこれまでに見たことが無い立派な武家姿を見せられ、改めて碁四郎が旗本の弟であることをしらされた。

 帳場に集まった男たち十三名が車座になった。
「今日の護衛は、仔細は申し上げられませんが訳あって賊が出れば斬ることに成りますので、皆さんにお願いできなくなりました。ただ、相手も手練れのうえ、先手は襲う相手が持っていますので不覚をとることも在るでしょう。その時は皆さんで押し包み討ち取って下さい」
「賊なら遠慮することは無いでしょう」
「二人で相手をすると決めたので、その話は止めましょう」
言えぬ訳を聞くわけにはいかず、居並ぶものは渋々了解した。
「それでは、私も着替えてきます」と兵庫は奥に姿を消した。

 暫くして紋付き羽織に袴、やはり普段は見せない姿の兵庫が、妻・志津と現れた。
「山中様。申し訳ございません」
「いいえ、この同田貫を頂いた時から覚悟はしていました。それと、兵さんは負ける戦はしない人ですから気は楽です」
「運が良かったのでしょう。お気を付けて下さい」
「碁四郎さんそろそろ行くか。雨の中、待たせるのも気の毒です」
「いつでもいいですよ」
笠に渋皮の合羽の兵庫と碁四郎、傘を手にした益次郎と内藤が戸口に並んだ。
「私たち以外は裏から長屋を抜け通りに出て下さい。志津、後を頼みます」
「お早いお戻りを」
戸が開けられ、兵庫、山中碁四郎、内藤、益次郎と出て行き戸が閉められた。
兵庫は潜んでいる賊が飛び出して来た時、多少でも余裕を取るため物陰から離れた道の中央へ出、川下の諏訪町に向って歩き始めた。
雨は大降りでは無かったが川沿いの道は風の通り道でもあるのか、北風が強く南へ行く者たちの背を押した。
その時強い風が吹いた。
「見たか?」
「はい、二人でしょうか」
兵庫と碁四郎は鯉口を切った。
同時に真横の商家の日除け暖簾の影から抜き身を下げた武士二人が飛び出してきた。
「逃げろ」兵庫が言い、腰を沈めれば、碁四郎は少々長い同田貫を抜き賊の一人に向け突き出した。
兵庫は見たことのある顔の武士が突き出す刀を居合で払うと、向きを直した所を左肩から右腰に掛け切り下ろした。
八双に構え碁四郎を襲った武士は、碁四郎の突き出した刀に一瞬身じろぎ、足を減じたところを碁四郎が飛び込み腹を突き通し、背骨を斬り背後に抜けた。
どちらも即死だった。
「後は八丁堀に任せましょう」

Posted on 2014/05/30 Fri. 04:30 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第58話 密命の果て(その48)】 

 二十八日はやはり雨だった。
その雨の音か、それとも定廻り同心の笠井を斬れという奉行の密命が眠りの邪魔をするのか兵庫の目覚めは早かった。
ただ雨の日の朝は遅いのだ。
朝駆け、外での稽古、大工仕事などは休むため、兵庫も飯の炊ける音が台所から聞こえてくるまで寝て居てもよいのだが、その飯を炊くお道が台所で働き始めた音を聞くと布団を抜け出していた。
起きたからと云って仕事が在るわけではない。
表の雨戸を開け外を見たが、部屋の燭台の火に照らされた兵庫の影が外に出来るほどまだ暗かった。
川上から吹いてくる北風が冷たく、兵庫は腰高障子を閉めた。
今日、奉行所へ出かける内藤虎之助が使う傘、己が使う笠や渋塗りの合羽の用意を終えると、草鞋つくりの道具と縄を持って帳場に上がった。
半足の半分ほど草鞋の形が出来て来た時、階段を静かに下りて来る足音がして、正三が稽古着姿で下りて来た。
「兄上、お早うございます」
「お早う。稽古か、身体が温まったら相手をしてあげます」
「有難う御座います」

 表から裏につながる土間、通り庭の幅は約一間で竹刀を縦に振る分には支障が無い。
また片側は羽目だが反対側は板の間のため、その上を竹刀が通ることは出来る。
兵庫は防具を着けると、蝋燭一本の灯りの薄暗い中で稽古が始まった。
ただ防具を亀戸に置いてある正三は防具を着けてはいない。兵庫は人形の様に立ち、時折り構えを変え打たせた。
正三の気合いと打音が、二階で寝ていた子供たちを目覚めさせたようで、下りてくると厠に急ぎ、戻ると帳場に座り稽古を見ていた。
「兄上、私もやりたいです」と観太が
「そのことは考えています。裏に道場が間もなく出来ますから待ちなさい」
「はい」
正三の事を少しばかり羨ましく思っていた子供たちは納得したのか、暫く見ていたが二階へ戻っていった。
そして、明け六つの鐘が鳴った。

 暫くすると、棒手振りを再開した益次郎がやっちゃ場で仕入れた菜物を担いで勝手口にやって来た。
「益次郎さん、今日は青物だね」お道の声だった。
「ああ、やっちゃ場にも顔を見せておかないと安い仕入れが出来なくなるからね」
「お前さん、着替えは二階に持って行かせましたからね」と朝飯の手伝いをしているお島の声も帳場側の土間で稽古をしていた兵庫にも聞こえて来た
益次郎が以前の様にその時出来る仕事に身を入れ始めたことが嬉しかった。
 兵庫と正三の稽古は奥村がやってきても終わらず、休み休みではあったが続けられ、常吉、乙次郎、仙吉の三人が朝飯を食いにやって来たところで終わった。

Posted on 2014/05/29 Thu. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第58話 密命の果て(その47)】 

 久坂と勇三、そして内藤がきく屋で殺された者の中に、駒形まで後を付けて来た者が居るのか確かめに出て行った。
それを黙って見送った侍衆だったが、
「護衛を止めるのか?」と奥村が確かめるように尋ねてきた。
「いいえ、止めません。久坂殿も申されておりましたが、気になるのです」
「何が?」
「それは・・人様を傷つける予測なので申し上げられません」
「余計なことを尋ね、申し訳なかった。それでは、我らは仕事に戻ることにする」
「お願いします」

 兵庫は番をする者が居なくなった帳場に上がったが、いつもする草鞋作りを始められなかった。
兵庫の頭の中を在ってはならない危惧が膨らみ始めていたのだ。
それは、きく屋の皆殺し事件に奉行所の者が関与しているのではないかということだった。
きく屋の名を初めて聞かされたのは、数日前山形屋の入札から戻って来た内藤からだった。
入札を勝ち取った益次郎と同道した内藤の後を、同じく入札に参加したきく屋の供が、駒形まで付けて来たと云う話だった。
内藤にはその供が胡乱に見え、兵庫に伝えたのだ。
このことは、兵庫から定廻り同心の久坂に伝えられ、久坂はきく屋が支配違いの内神田に在るため、兵庫からの情報は内神田を支配に置く定廻りの笠井に伝えられたはずだった。
笠井は、山形屋の事件の時も事前に久坂から情報を得ていたにもかかわらず、手配りを一切しなかったのだ。
そして、今度はきく屋の者が皆殺しになった。
偶然のことかもしれないが、笠井に対し不信が芽生えはじめていた。

 内藤が帰って来たのは昼を少し過ぎた頃だった。
「どうでしたか」
「付けて来た男は殺されていました。四人が殺されていましたが、かなりの腕前の侍に斬られているとの、久坂殿の見立てでした」
「殺された四人は離れて居ましたか」
「いいえ、一部屋の中です。賊は一人では無いだろうと云うことと、顔見知りではないかと久坂殿が・・」
「分かりました。ご苦労様でした。内藤さんの昼は畑の物だそうです」
「気を使ってくれましたか。礼を言わねば・・・」

 内藤が台所に行くと、今度は裏から棟梁の新吉や大工衆、手伝いの者がやって来た
「先生、久しぶりにお湿りです。明日も雨降りでしょう」
「本当に久しぶりですね。皆さん明日は骨休みしてください」
此れといった仕事が無くなった侍衆は、手当ての一朱を受け取ると船宿浮橋に帰って行った。
そして、時が経ち夕飯を食った者たちが帰ると、一人になった兵庫はまた定廻り同心笠井のことが頭をよぎり始めた。
笠井は兄が父の跡を継ぎ与力となるまで父の配下だった。
もしきく屋の皆殺し事件に笠井が関与しているとしたら、何が笠井の身に起こったのだろうか・・考えてはみたが分かる筈もなかった。

そして皆が帰った後、久坂が一人でやってきた。
普段なら冗談の一つも言うのだが久坂から出た言葉は
「お奉行からの密命です。賊を斬れとのことです。後始末は任せて下さい」
「お引き受け致します。帰りに山中さんの所によって、明日は羽織袴で来て欲しいと伝えて下さい」
「その方が賊も喜ぶだろう」と云い帰って行った。
聞きたいことは山ほどあった。
だが聞けば同情することも聞かされ、太刀筋が鈍る恐れもある。
斬る相手の事は知らぬ方が良いと思い込ませ、兵庫は訳を聞くことをしなかった。

Posted on 2014/05/28 Wed. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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