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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第59話 芽吹き(その28)】 

 吊るされた真新しい看板を感慨深げに眺めている益次郎に、看板屋の庄八が、
「半金は月末にお願いします」と云い、益次郎を現実世界に引き戻した。
「はい、看板を吊るす前に今日は八文稼ぎました。月末には払えそうです」
「あっ その八文、まだ払っていなかったな」と云い兵庫は笑いを誘った。
 店の中に入ると、兵庫は波銭二枚取り出し益次郎に手渡し、庄八は背負い梯子を背負い、店を出て行き、仲明らは開けてあった長持の蓋を閉めた。
「私ら四人は、駒形に戻ります」と兵庫が云うと
「鐘巻殿」と仲明が呼び止めた。
「何でしょうか」
「この長持の中には薬の他に大福帳なども入っている。日々ここに通い薬のこと、これまでの商いの様子などを勉強するのも良いが、それよりこの長持を私の家に持ち込んだ方が都合が良い。山崎屋の者たちが戻る十五日まででよいので、運ぶのを許して貰えないでしょうか」
「確かに、その方がよいですね。運ぶのを手伝いましょう」
「また、元鳥越まで御練りですか」と常吉が云えば
「いや、あまり目立つことをしては、山倉屋に迷惑をかけかねないので、二人でひと竿担いで貰えれば、有難い。残りは後日運びますよ」と仲明が返した。

 こうして、仲明が選んだ長持三竿が担がれ、看板が吊るされて間もない継志堂を出て行った。
これを益次郎とその妻のお島が見送った。
 兵庫と仲明を先頭に神田川添いの柳原通りを歩いていると、長持を担いでいる常吉が、
「柳が芽吹き始めて居ますぜ」と柄に似合わないことを言った。
春風に揺れる柳の枝には薄緑の葉が確かに芽吹いていた。
今朝、この道を通った時には、柳の芽吹きなど気に留めることもなかった。
しかし、兵庫は新しい芽吹きを感じていた。
それは、苦労に耐え取り戻した店に新しい看板を吊るした益次郎夫妻のことであり、またやくざの足を洗い人のために役立とうとする常吉、乙次郎、仙吉の芽吹きであり、人を殺すために国を出た若侍の小次郎、要蔵、勇太郎が、今は人を生かすために医薬を学ぼうとする芽吹きだった。

第五十九話 芽吹き 完

Posted on 2014/06/29 Sun. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第59話 芽吹き(その27)】 

 持ち込まれた長持は開けられ、医者仲明が調べ始めた。
その周りを、内弟子となった三人が囲んでいた。
 一方、兵庫は帰りそうもない佐那に店と兵庫の関わり合いを説明し、用が済んだので駒形に戻らねばならないので、佐那は桶町に帰るように促した。
ここまで着いてきた以上そう簡単には帰らないと思っていたが、やはり帰ろうとはしない。
それどころか、
「皆様、私は桶町の千葉定吉の娘、佐那と申します。でも佐那子と呼んで下さい。宜しくお願い致します」
(NHK朝ドラ、花子とアン・・に影響されました)
兵庫が若いそれも美しい娘を連れて来たのは分かっているが、その娘が誰なのか詳しくは知らない者ばかり。
気になる存在だったのが、自ら名乗りを上げたのだ。
当然注目を浴びたのだが、意外にも
「今日は御取込み中のようですので、帰ります。その前に益次郎様、一番小さい蝋燭はおいくらですか」
「三匁五分は十文ですが、始めてのお客様ですから八文におまけさせてもらいます」
「ありがとう。一本下さい」
「一本ですと箱に入りませんが宜しいでしょうか」
「構いません。手拭で包んで帰りますから」
益次郎が小さい蝋燭をつまみ出し渡そうとしたが
「あっ、お金忘れちゃった。鐘巻様、八文貸してください」
「そう云う魂胆ですか。だが、返しに来られても今は相手ができませんので、道場に床が張り終る・・そうだな・・五日以降にしてください」
「分かりました」
佐那は駒形へ行く口実を得ると帰って行った。

 そして、入れ替わるように、背負い梯子に荷を括り付けた職人が入って来た。
「益次郎さん、仕上がりましたよ」
「有難う御座います。庄八さん待っていました。皆さん、看板が出来ました、見て下さい」
荷が下ろされ、覆っていた布が広げられていくと、柿渋色に塗られた木地に朱漆で継志堂と大書された軒看板が現れた。
ひっくり返すと裏も同じように仕上がっていた。
「軒看板ですね。落ち着いた仕上がりです。表に吊るしてみましょう」
 皆が表に出、益次郎が看板を吊るすのを見ていると、看板屋の庄八が
「それじゃ裏返しだよ」
「えっ?  裏表が在りましたか」
「陽の当たる南側は地色を濃く、北側の影になる方は薄くして在ります」
「成る程、光を売る蝋燭屋としては勉強になりました」
このことには兵庫も感心し、修業時代に師である相川倉之助から教えられた物の理の大切さを改めて思い出していた。

Posted on 2014/06/28 Sat. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第59話 芽吹き(その26)】 

 兵庫等は竹林の案内で奉行所の一角にある納戸に案内された。
係りの者と竹林が帳簿を見ながら話をし、指定された長持が運ばれて来た。
「先棒を中西さん、後棒は常吉さんで担(かつ)いでください」
と兵庫が指示した。
次の長持が運ばれてくると
「乙次郎さん、後棒頼みます」といい兵庫は先棒を持ち上げ、その先棒を一つ目の長持を既に担いでいる常吉の空いている左肩に乗せた。
「これで長持二棹を三人で担げました。あとは仙吉さん、水野殿、山内殿の順でお願いします」
こうして五つの長持が六人で担がれたのだ。
「私は担げないのですか」と佐那が不満そうに言った。
「佐那は交代要員です」
 兵庫は列の先頭に立ち
「私が右手を下ろしたら歩き始めて下さい」
こうして、黒漆に金蒔絵の文箱を左手に乗せた兵庫を先頭に六人で担がれた五棹の長持が静々と奉行所を出て行った。
その様子を竹林が笑いながら見送った。
「わき見をせずに歩幅を合せ、ムカデの様に乱れずに歩き続けて下さい」
兵庫としては、一旦平衡を崩すと長持を落とすようなことに成りかねないと思い、言ったのだ。

 だが目新しいこと、奇抜なことに拍手喝采するのが江戸の町民で、一行が数寄屋橋御門を出て町人町を歩き始めると直ぐに人目が集まり始めた。
注目を浴びていることは脇見をせずに歩いていても分かり、これが自然と六人の歩調を合わせたのだ。
そして珍しいものに興味を示す子供が着いてくるようになり、殿(しんがり)の佐那と並び歩いた。そのため、佐那は桶町で帰りそびれてしまった。

 堀端の道伝いに日本橋に差し掛かった長い一行は、賑わう大路へ大きな弧を描きながら出て行った。
普通なら通行人から文句の一つも出て不思議の無い行為なのだが、長持を担ぐ者たちの真剣な様子に道を譲り見守ったのだ。
難所の日本橋も渡りきると、室町の通りは更に忙しく行き交う人で混雑していた。
その中を、非日常の歩みで進む一行はやはり異なもので、道を遮る者は出なかった。
それどころか印半纏を見て地天屋の声も掛かり御練りの様相を見せた。

 この奇異な行為が人の目を引き付けているのを見て、兵庫は歩きながら考えていた。
これは使える。何に使おうか。
兵庫が己が携わっている養育所、具足販売、剣術道場に役立てるためには、どの様な奇異な行為を行えばよいのか、人がやらないことを考えていた。
そして、一つ兵庫にも出来ることを思いつき、微笑んだ。

 普通より倍の時を掛け、一行は継志堂となる須田町の店に着いて止まった。
「佐那殿。誰と変わりたい」
「先頭です」と云い後ろから前にやって来た。
「中西さん、ご苦労さんでした」
先棒を譲ってもらった佐那は、兵庫が上げた右手を下ろすと歩き始めた。
そして、先の八つ小路を回って戻ってくると、益次郎と仲明が待っていた。
兵庫は佐那から先棒を受け取り、それを益次郎に渡した。
「手隙の中西さんも手を貸し中に入れて下さい」
手の空いた者が両肩の塞がった者から片棒を受け取り、つながって居た長持が離れて中へ運び込まれていった。

Posted on 2014/06/27 Fri. 04:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第59話 芽吹き(その25)】 

 兵庫の行く手を塞いだのは、やはり桶町の北辰一刀流千葉定吉の娘、佐那だったが、その形(なり)が変わって居た。
稽古着の上に地天の印半纏を羽織り、男物の高下駄を履いていたのだ。
「先生どちらへ行かれるのですか。連れてってください」
地天の印半纏は佐那が駒形に通っていた時に与えたものだが、着てきたところを見ると、仕舞わずに普段使いをしていたようだ。
「佐那、遊びで在りません。帰りなさい」
「仲間外れは嫌です」
地天の印半纏を着て来たのは仲間の証のつもりなのだろう。
興味を持ったことに対し、容易には引き下がらない佐那の性格を知って居る兵庫は
「これから南町奉行所に行き、長持五棹に入った薬を引き取るのです。ご覧の様に六人では肩が足らないので長持を担(かつ)いでくれるのなら着(つ)いて来ても構いません」
「担ぎます」
「それでは一番後ろを歩いて下さい」

 八人になった一行は、数寄屋橋御門を通り、南町奉行所までやって来た。
兵庫自身は何度も奉行所の門をくぐっており、門番に咎められることは無いのだが、見知らぬ者を多く連れて来た時は手続きを踏まなければならない。
「駒形の鐘巻兵庫と申しますが、本日は御役宅の竹林様に呼ばれて参りました。後ろの者は荷物運びの者たちで御座います」
「お供は確か十人と伺っておりましたが、後ほど参られるのですか」
「いいえ、都合がつかず七人となりました」
「分かりました。お通り下さい」

 門をくぐり奥の役宅の玄関で竹林を呼び出すと直ぐに出て来た。
「総額百三十七両になったぞ」
「薬の目方を測ったのですか」
「薬の残高帳簿が在り、幾つか実際に確かめて大した違いないので信用した」
「分かりましたが、その帳簿の中のご禁制の薬物の目方は引いていただけたでしょうね」
「その手の薬物は、別の帳簿に記されていた」
「目方の方は良いとしてまさか四千文で一両の交換ではないでしょうね」
「それほどあくどくはないが・・六千文で一両の交換にした」
「と云うことは、三十七両ですから・・薬の目方は二十二貫二百ですか」
薬は匁辺り十文で買い取る約束だったのだ。
「そんなところだ」と、竹林は懐紙に挟んであった紙切れを兵庫に手渡した。
受け取った紙にはそれぞれの長持に納められている薬の目方と総量二十二貫二百三十八匁と書かれていた。
「この三十七両分はどちらに在りますか」
「その前に百両の文箱を持って来るから、金を見せて貰いたい。お主は金とは縁の無い男としか見えぬのだ」
「それは当たって居ます。この金は預かって来たものです」と内藤から受け取った巾着を懐から取り出した。
「お主、小判を巾着に入れるのか、それも使い古した稽古着か何かで作った粗末な巾着に」
「次に来るときは菓子折りの箱に入れてきます」
と返事をしながら、兵庫は二十五両ずつ帯封したものを式台の上に六つ並べた。
「百五十両用意したのか。そのまま置いておいてくれ。文箱を持って来る」

 奥に引っ込んだ竹林が、先日見た文箱を抱え戻って来て、兵庫に手渡した。
兵庫が紐をほどき開け、中身を確かめふたを閉め、紐を結び、
「確かに受け取りました」
竹林は床に袱紗を広げ、先ず百両を乗せ兵庫を見た
「釣りは要りません。お役に立てて下さい」
「有難く頂いておきます」と云い残りも乗せ包むと懐に入れた。

Posted on 2014/06/26 Thu. 04:02 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第59話 芽吹き(その24)】 

 朝駆けや朝稽古から帰って来た者に大工衆が加わった朝飯が終わり、今日の仕事分担が始まった。
「今日は、奉行所から長持五棹分の薬の引き取りが在ります。これには私と保安方の三人、他に仲明先生の所で内弟子修業を始めた水野、中西、山内の御三方の七人で引き取り、須田町の継志堂に運び込みます。その後の事は仲明先生に任せ、私等は駒形に戻り大工仕事を手伝うことにします。奥村先生は客の来ない帳場番をお願いします。それと四半刻後には山中さんに桜田さんが来るでしょうから、裏の仕事に使って下さい」
「今日明日は、大工も瓦を上げ屋根拭きの手伝いをし、早く仕上げて貰います。物が落ちる恐れが在りますんで、子供たちを庭に出さないようにお願いします」
「そうですね。内藤さんいつもより厳しくお願いします」
「分かりました。二階から屋根屋の仕事を見させますよ」

 兵庫は武家としての身支度を整え、懐には百五十両の小判を納め、連れの常吉、乙次郎、仙吉の三人は腹掛け、股引きの上に地天の印半纏を羽織り駒形を出た。
途中、元鳥越の山倉屋の屋敷で同じ半纏姿の三人を加えた七人となった。
「行列に成りますので途中、わき見をせずに歩いてください」
「分かりました」

 駒形から離れるに従い、少しずつ七人と行き交う人の視線が集まり始めた。
駒形では知らぬ者が居ない地天の印半纏だが離れると初めて見る者が増える。
武家の後ろに見慣れぬ印半纏を着た六人が整然と従う様子は奇異なうえ、見送ると半纏の後ろ姿が派手なのだ。
それは緑で縁取った柿色の大判形の中に勘亭流で書かれた地天の黒文字、それに絡むように、右肩から左腰に龍が大川の流れのように下っている様子が何とも良いのだ。
ちなみに前は左右の胸に風神と雷神が描かれている。
これは修行した板橋の雲風流道場を表していた。
襟には‘駒形’そして‘墨西館’と書かれていた。

 平然と歩く兵庫、人目を気にする六人だったが、室町の大通りを歩き日本橋を渡る頃には気にならなくなっていた。
堀端を歩いていると、
「鐘巻先生」と女の声が掛かった。
兵庫には声の主が千葉佐那と分かっていて無視し進んだが、従う六人は声のした方を見た。
竹刀の音が聞こえて来る道場の武者窓から外を見ている美貌の娘を見た。
だが、兵庫が止まる様子を見せずに進むため従うざるを得なかった。
 七人が比丘尼橋を渡りもう少しで数寄屋橋御門と云う所まで来た時、走る下駄の音がして「待って」と女の声が追って来た。
兵庫が足を緩めると、脇を下駄の音が駆け抜け兵庫の前に女が立った。

Posted on 2014/06/25 Wed. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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