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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その39)】 

 常吉と建吉は道場に入った所で、立ち止まり見回した。
「道場は建具を残して出来上がったと聞いて来たのですが、なんともすけすけですな」
「建具屋冥利に尽きるでしょう」
「裏庭に建てた平屋の道場だと聞かされていたが、彦次郎さんには、上手く乗せられてしまいました。それにしても明るい家ですな」
「この明るさを大切にしたいそうですから、建具は障子仕立てでお願いします」
「親父、この家では障子は開けて外を見るためのものじゃねぇ。昼は中に居て障子を通してくる明かりを見、夜は灯りが照らす障子を見る、障子の館だ。この仕事俺に任せてくれ」
「任せる? 十年早い。あの筋交いが入った幅三尺高さ一間の所にどんな障子を入れるつもりだ」
「あそこの筋交いは板だから、引違い障子を入れる余地が在る。だが幅が狭いので、左右の引き違いではなく、上下にした方が、掃き出し口も広く取れるので良さそうな気がするが」
「口では言えるが、今日納める物が切妻の天辺(てっぺん)に嵌(はま)るのを見てからだ」
「親父、俺は剣術が終わるまで、この家を見させて貰うよ」
「よく見て眠られないぐらい悩みなさい」

 母屋(おもや)に残った兵庫は妻の志津と、道場に居る子供たちの様子や常吉、建吉親子の様子を見ていた。
その、常吉が彦次郎と戻って来て、部屋には入らず廊下に座った。
「鐘巻様、お願いですが倅の建吉をこちらの道場で修業させて貰えませんか」
「修業?とは」
「職人の修業に終わりは御座いません。親の仕事を見ながら、やってみて覚えることは修業時代には多いのですが、修業が或るところまで進むと新しいことは少なくなり、修業が止まってしまいます。倅も今、その辺りに居ます。ところが彦次郎さんからこちら様の道場の事を伺い、何か新しいことを修業させられるのではないかと思い倅を連れ、参ったのです。案の定、道場を見て倅がこちらで仕事をしたいと云うもんですから」
「有難い話ですが、あのような道場を建てた訳は、余裕が無いからです。ですから仕事をして頂いても日当はたいして払えませんよ」
「あくまでも倅の修業が目的ですので、その辺のお心づかいは無用にして下さい」
「有難う御座います。久しぶりに雨が降った今日は、何とも良いことが続きます。朝には棒手振りが安い青物を持って来てくれ、朝飯後には子供たちに友達が四人も来てくれて、今も遊んでくれています。午後は常吉さんと建吉さんが嬉しい話を持って来てくれました。養育所にとっては恵みの雨です」
「恵みの雨・・それで分かった」
「何がですか」
「先程道場に入るのに廂間(ひあわい)に架けられた渡り廊下を通りましたが、その時、雨にぬれました。渡り廊下に屋根を付けて無いのは、降る雨はいつでも恵みの雨であって欲しいからですな」
「そう云うことにしましょう」

 恵みの雨談義をしていると、走る足音がして棟梁の新吉が勝手口に飛び込んできた。
「ひでぇ雨だ。仕事が流れちまった」
「棟梁にとっては今日の雨、恵みの雨では在りませんか」と建具屋の常吉が半ば茶化すように投げかけた。
「常吉さん来ていたのかい。大工にとって恵みの雨なぞあるもんかい」
「いや、有る」と彦次郎が打ち消した。
「なんでぇ、彦次郎さんまで」
「この雨は明日も降り続くだろう。と云うことは、大工仕事は休みだ。今晩は新吉さんには酒は勧めねぇ。お糸さん、それでいいな」
「はい、お願いしますよ」
「どうだ、恵みの雨だろう」
彦次郎に暗に子作りに励めと言われた新吉、
「彦次郎さん、娘が居るんだ。もう少し上品な話をして下さいよ」
「大工に恵みの雨は在るが、上品はねぇ」
「参ったな~」
母屋に居る者たちの間に笑い声が起こった。

第六十話 恵みの雨 完

Posted on 2014/08/07 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その38)】 

 そろそろ昼飯となり、正三が
「私と観太は、ぶらんこと綱を片付ける。皆は濡れている床の拭き掃除、終わったら手を洗い台所の手伝いをたのむ」
これで、子供たちは一斉に動き始めた。
道場にやって来た三人も、遊びの中で己の序列を知り、分からぬ動きが在れば上の者に従うことで立ちつくようなことは起こらなかった。

 昼の道場での食事は朝と同じく、男たちだけで、子供たちが大人の膳を先ず運び、そして自分の膳を運び座に着くと、兵庫が口を開いた。
「今日は駒形の友達、男の子が三人、女の子が一人遊びに来てくれました。遊んだ後、みんなと食べる飯は旨いぞ。それでは頂きます」
「いただきます」
男とは別に、台所で食べる女たちの声も聞こえて来た。

 遊びに来た子供たちは、少々堅苦しい食事だったが、旨かったのだろう、残さず食べてしまった。
そして、やったこともないであろう後片付けも子供たちに交じりやっていた。

 その間、大人たちは次の仕事の段取りを話し始めていた。
「先生方、あの簾の上、切妻の三角に空いた所に今日障子をはめ込みますから」と宮大工を隠居した彦次郎がいった。
「今日?、障子はどこにあるのですか」
「常吉さんに頼みました」
「待ってくれ。彦次郎さん。俺はたのまれてねぇ。頼まれてもそんなことは出来ないのは分かっているでしょう」
「勘違いするな。建具屋の常吉さんだ」
「あ~、我が家の戸襖など十本を十五両で引き取った人ですね」と思い出した兵庫が言った。
「そうです。あちらの常吉さんはこちらの常吉さんより悪党でね、こちらで仕入れた戸襖をお大尽に倍以上で売ったのを自慢するもんだから、ここの建具は手間賃なしでやれと言ったら引き受けてくれたんですよ。その善人に生まれ変わった常吉さんが午後来ますんで」
「そう云うことですか。しかし、あの常吉さんはあの高い所での仕事は無理でしょう」
「無理でしょうな、職人を連れて来るのではありませんか」

 子供たちには食後の一服は無いのだろう、後片付けが終わると、一服していた大人たちの近くに座り、大人たちの話が終わるのを待っていた。
これには奥村も苦笑い、
「鐘巻さん、客人用の道具を使わせてもらいますよ」
「どうぞ。大工の皆さん、剣術の見物は母屋で茶でも飲みながらしましょう」

 母屋の座敷に場所を変え、子供たちが防具の着脱を繰り返すのを見ていると、表に客が来た様子。
「建具屋の常吉さんですよ。私が行ってきます」と彦次郎が立ち上がり部屋を出て行った。
荷を運び入れている声がして、暫くすると彦次郎が見覚えのある顔、建具屋の常吉ともう一人若い男を連れてやって来た。
常吉は若い男と台所に座り
「鐘巻様、先日は有難う御座いました。これは倅の建吉です」
「建吉です。宜しくお願いします」
「話は彦次郎さんから、伺いました。無理なさらずにお願いします」
「私どもも彦次郎さんから面白い道場が出来たと聞き、倅を連れて来たのです。先ずは建てられた道場を拝見させていただきます」
「どうぞ」
彦次郎と亀吉に付き添われ、常吉と倅の建吉が道場へ足を踏み入れていった。

Posted on 2014/08/06 Wed. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その37)】 

 道場に、遊戯のぶらんこや昇り綱の準備が出来ると、新参の久米吉と八郎が、いち早くぶらんこと昇り綱を握った。
「久米吉さん!」と正三がやや強く呼ぶと久米吉の他、八郎まで一瞬動きを止めた
「お玉と、お鶴ちゃんが座ったら、少し背中を押して下さい。八郎さんは小さい大助が上るので、揺れないように綱の下を押さえて下さい」
正三の言葉が耳に、目には、ブランコや昇り綱で遊ぼうと、小さい者を先頭に並んでいる子供たちの姿だった。
「分かった」と久米吉と八郎が少し照れ気味に返事をした。
基本的に、弱肉強食の世の中で暮らして居る子供だが、先程、兵庫から聞かされた決め事に“強い者は弱い者の世話をすること”を思い出すことになった。

その後、子供たちは色々な遊びを始めた。
誰かが逆立ちをすれば、それを真似るのだが、裾が乱れて「ちんちんが見えた」と笑われたり、誰かが昇り綱のどこまで届くかと跳躍すれば、それを競い何でも遊びになった。
相撲などもやり疲れた子供たちが床に腰を下ろすと、久米吉が正三に
「剣術をならいてぇ」
「おれも」「おれも」と他の二人も名乗り出た。
「先生に聞いてくる」
正三から今日やって来た三人が剣術を習いたいと聞いた奥村は、隣に座る兵庫を見た。
「奥村先生、道具の予備が在るので、防具の着け方と竹刀の振り方に留めて下さい。打ち合い稽古は親の許可を取ってからにしましょう」
「正三、午後に教えてやるが、打ち合い稽古は怪我の恐れが在るので、親の許可が必要だと云いなさい」

 正三から話を聞かされた三人は、笑顔を見せ、また遊び始めた。
一方、簾を作って居た大人は用意した割竹を使い果たし、幅三間、長さはわずか三尺ほどの簾を二枚作り上げていた。
この簾を物干し竿に結び付け、竿を芯にして巻き付けた。
「さあ~、掛けるか」
簾を掛ける場所は南の切妻部であるが、この切妻側は日当たりが良いため、物干し竿を掛けるための腕木が三尺段差で上中下段と用意されている。
頬被りした常吉、乙次郎、仙吉の三人が外に出ると、中に居た兵庫と桜田がのり巻き状になった簾を外に居る仙吉に渡した。
仙吉は丸められた簾の中ほどを抱えて居ると常吉と乙次郎が手にした三又の先に簾を巻き付けた物干し竿を乗せ、持ち上げると簾が解け広がっていき、更に持ち上げられ一本目は中段の腕木に掛けられた。
そして、二本目は上段に掛けられ、その簾の裾が最初に掛けた物干し竿を隠し、一体となって見えた。
素朴なだけに何とも言えない品の良い雨除け簾が掛かった。

 簾が二枚掛けられても、すき間だらけの修業道場に変わりはなく、雨の吹込みが無くなった訳ではない。
「午後、剣術の稽古が終わったら、子供たちにも簾作りを手伝って貰うからな」
と、大人がすることを見ていた子供たちに兵庫が云うと、何でもやってみたい子供たちの返事は「はい」だった。

Posted on 2014/08/05 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その36)】 

 やって来たのは先日、駒形堂であった二人にもう一人加わった三人だった。
「先生、紹介するので皆を集めて下さい」
とお琴が言うまでもなく、集まって来た。
「皆、この子たちは皆、駒形の子だよ。この子はここの裏店の伝助さん。この子とこの子は表通りの向こう側に住む久米吉さんと八郎さんだよ。仲よくしてね」と三人の頭を押してお辞儀をさせると、道場の子も皆がお辞儀して返した。
「先生、ここに来ることは親に断ってあるそうです」
「分かった。有難う」
お琴が台所へもどっていくと、兵庫が一歩進み出た。
「伝助、久米吉、八郎。来てくれてありがとう。ここには沢山子供たちが居るので、簡単な決め事が在りますから聞いてください。一つ、怪我をさせる様な喧嘩はせぬこと。喧嘩をしたら、仲直りすること。二つ、目上の者の言うことを聞き、目上の者は目下の者をかばうこと。三つ、強い者は弱い者の世話をすること。四つ、間違って迷惑を掛けたら素直に謝ること。五つ、子供たちだけで川で遊ばないこと。六つ、食事の前には手を洗うこと。七つ、遊んだら後片付けをすること。八つ、・・・」
「八つ、在ったっけ?」と子供たちが、顔を見合わせざわついた」
「八つは、友達が来たので今日からの決め事です」
子供たちは同意したのか、頷いた。
「八つ、外に行く時は必ず親や大人に行先を言うこと。伝助、久米吉、八郎。もう一度親に断って来なさい」
「ここに行くと云ったら、止められてしまうかもしれないから、嫌だ」
「そうか、それでは我が家の傘を貸します。止められたら傘を返しに行くと云いなさい。これなら戻って来られるだろう」
「わかった」
子供たが一旦戻ろうと向けた背に
「昼飯はここで食べると言ってきなさい」

 暫くして、三人は母親ともう一人女の子を連れ戻ってきた。
志津に部屋に上がるようにと誘われたが恐縮して上がることはせずに、子どもに聞かされたことを一々確かめ、納得したのか、仕事があると子供を置き、雨の中傘もささずに帰って行った。
やって来た三人の男の子は圧倒的多数の子供たちの目に晒され、道場の中を見回すだけで硬かったが、連れて来られた女の子と部屋で遊んでいたお玉は仔猫のフクを仲立ちにして女の子と遊んでいた。
「つるちゃん。ぶらんこしよう」と手を取り道場に誘った。
道場に入ったお玉は、
「常吉先生。ぶらんこを掛けて下さい」
「お~、女の子も来たのか。待ってなさい」
常吉は先ず梯子を持って来て道場中ほどの頭上に架かる床梁に掛けていると、正三がぶらんこを持ってきた。
「正三、気が利くな。梯子を押さえているからお前が掛けて見ろ」
どんな仕事でも任されるのは子どもにとって嬉しいことだ。
正三はぶらんこの両綱を掴み、梯子を上り、梁に取り付けられている金具に掛け、下りて来た。
そこには観太が、
「俺たちはこれで遊ぼう」と綱を持って待っていた。
「これからは、梁への綱掛はお前たち二人に任せる。毎回、掛け金と綱を調べるのだぞ」
「はい、常吉先生」

Posted on 2014/08/04 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その35)】 

 壁の無い道場に朝の白みが差し始めて、浅草寺の捨て鐘が打ち鳴らされ、続いて明け六つの鐘が雨の浅草の空に響き始めた。
木刀の素振りを止めた兵庫、出来上がったばかりの棚から己の剣術道具を下ろし、付け始めると、待っていたかのように他の四人もならった。
 道場に竹刀を打ち合わせる音と気合いが飛び交い始めた。
最初の立ち合い稽古にあぶれた仙吉は、雨が吹き込み濡れた床の雑巾がけを済ませると、一方的に常吉に打ち込みを入れながら、道場のおよそ半分を隈なく動く兵庫を見ていた。
この時兵庫は常吉を攻めながら道場に何か隠されていないか調べていたのだ。
何かを知ることは、知らぬ者と戦う時に地の利と成るからだった。

 相手を乙次郎、仙吉と変え、また立ち合い場所を桜田と変えながら兵庫は道場の地の利を探していると、雨の中傘を差した奥村が裏店からやって来た。
三組が打ち合う稽古になり、行儀よく稽古をするようになった兵庫だったが、更に子供たちが来たところで稽古を止めた。
「奥村先生、桜田さん。あとは宜しくお願いします」
「任せてくれ」

 防具を外した兵庫が部屋に戻ると、お玉が置かれた半纏の袖口から顔を出す仔猫のフクと遊んでいた。
「志津、道場は一分濡れているので、道場での朝飯は男だけにして下さい」
「分かりました。雨の恵みは青物ばかりでなく道場にもお裾分けでしたか」
「そうですが、青物が手に入ったのですか」
「はい、棒手振りさんの話ですと、雨が降ったので高値買いする人が減ったとかで値が下がり始めたので仕入れてきたそうですよ」
「有難い雨ですが、子供たちが外に出られなくなってしまいました。子供たちにとって雨は恵みには成らなかったようですね」
「旱(ひでり)では食べられる野草を学びました。雨でも何かを学べると思いますよ」
「そうだと良いのですが」

 朝飯が終わり、子供たちは食器などの洗い物、大人たちは雨除け、日除けの簾を作っていると、ひとり道場の中ほどで仔猫と遊んでいたお玉が、
「お友達が来た」と叫んだ。
兵庫が裏木戸を見ると先日、駒形堂で会った子供がこちらを見ていた。
「お玉、友達が雨に濡れているよ。呼んであげなさい」
お玉は雨が吹き込む南から濡れ縁に出て、「みんな、おいで」と手招いた。
入りそびれていた子供たちが来るのを見た兵庫は、手を休め、立ち上がった。
「皆、良く来たな。台所で足を拭いて上がりなさい」
子供たちは素直に従い、台所で上がり、お琴に案内され渡り廊下を通り道場に入って来た。

Posted on 2014/08/03 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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