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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第62話 花冷え(その59)】 

 話を終えた兵庫等が帰ろうとしていると表の暖簾が掻き分けられ、黒の羽織に着流し、雪駄ばき姿、八丁堀同心と思われる侍と、これまた岡っ引きと思われる男が入って来た。
「南町の平岡と云うものだ。主は居ますか」
「手前、益次郎がこの店を預かっております」と帳場の床に座り頭を下げた。
「済まぬが昨夜、押し入った賊が詫びの形として置いて行った物を見せて貰いたい」
この事情を知る者は兵庫等の他に押し入った賊しか居ない。
その事を単刀直入に切りだしたと云うことは、賊が奉行所に捕まったと考えるしかなかった。
「少々お待ちください。手前ども、昨夜は出払っておりまして、賊が置いて行った物はあちらの鐘巻様からの預かり物になって居ますので・・・」
「益次郎さん。見せてあげてください」
「あなたが、鐘巻殿ですか。お初にお目にかかります。久坂殿同様にお付き合い頂ければ有難いです」
「こちらこそお願い致します」
平岡は目の前に置かれた行李の中を改め、兵庫を見た。
「鐘巻殿、賊は奉行所扱いではなくなったため屋敷に戻りますが、あの形(なり)で戻すのは忍びないゆえ、衣服をお返し願えないでしょうか」
「構いませんが、その前に見て頂きたいものが御座いますのでお上がりください」
「何でございますか」と云いながら上がった平岡に、兵庫は部屋との境の障子を動かし、障子の竪框(たてかまち)で隠されていた柱の表面を露出させ、指差した。
「あ~・・・ここだったのか。我らが見逃したのは面目ないが、お蔭でとんだ大物が釣れました」
「それはお手柄でした。ところで、お持ち帰り戴いた物を着て帰りますと、屋敷の門前にいる多数の商人に気づかれ難渋致すこと必定とお伝えください」
「その事、商人の目は奉行所にも注がれています。無事に奉行所から出られるかも心配です」
再び土間に下りた平岡に
「行李ごとお持ち帰りください。代金は戴いて居りますので」
「左様ですか。それでは遠慮せずに」
岡っ引き風の男が行李に手際よく捕縄を掛け、抱え持ち店を出て行った。
それと入れ替わる様に常八が入って来て、兵庫に頭を下げた。

 常八は、継志堂が山形屋と呼ばれていた時の番頭で、山形屋に賊が入り主が斬り殺された夜以来、姿を消していた男だった。
その常八が奉行所の密偵として働いていると、定廻り同心の久坂から聞かされたのはつい最近の事だった。

「常八さん。ご苦労様でした。御上の方とはどの様な話に成って居ますか」
「御赦免いただきました」
「それは良かった。以前の店とは薬を売る作法が違いますが、ここで働いてみませんか」
「有難う御座います。それを願って参ったのです。皆さん宜しくお願い致します」
「それでは、皆さん、明朝、常八さんと一緒に駒形まで来てください」
「分かりました」

 継志堂を出ると堪えていた兵庫の腹がグ~と鳴った。
「腹は正直だ。正直者には従うのが鉄則です。急ぎましょう」
足を早めた三人が駒形の大川沿いまで戻って来ると、北風が向かい風となって顔に吹き付けた。
兵庫の脳裏には、この花冷えの寒さに晒される奥医師の家臣たちの事が思い浮かんできた。

第六十二話 花冷え 完

Posted on 2014/11/22 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第62話 花冷え(その58)】 

 三人は真っ直ぐ駒形には戻らず、須田町の継志堂に入った。
「先生、皆さんは今、昼飯を食べています」と帳場番をしていた藤吉が奥を見ながら言った。
「呼ばなくて結構ですがちょっと上がらせて貰い探し物をします」
「どうぞお上がりください。ところで何を探すのですか」
「節穴です。訳は皆が揃ったところで」
上がった兵庫は、乙次郎と仙吉に、
「昨夜の賊は、私が入った時、座敷に居ましたので座敷を探しましょう。先ず柱の穴を見つけてください」
三人がそれぞれ部屋の別々の柱へ行き穴を探し始めた。
そして、帳場と部屋の境の障子が突き当たる柱を見ていた仙吉が
「先生、見つけました」
「もう見つかったのですか」と兵庫と乙次郎が見に行くと、柱の下部に穴が開いていた。
その穴は普段開(あ)け閉(た)てしない障子の竪框(たてがまち)に隠されていた。そこは部屋の隅でもあるため調度が置かれていて見つけづらい場所だった。
 三人が節(ふし)を納めるために開けられた節穴を眺めていると、昼飯を終えた者が台所からやって来た。
「先生、何をなされているのですか」
「皆、集まって下さい。昨日、賊が入り盗んだ物を教えます。それは、この柱の下に掘られた穴にはめ込まれていた節です。その節を奪うために浪人五人を雇ったのですからか、賊にとっては価値のある物だったはずです。しかし私たちには価値が在りません。その節と、私たちには価値のある賊の持ち物と交換出来ました。このことは外で吹聴しないようにして下さい。ところで交換した物はどこにありますか」
「藤吉さん、押し入れから出して下さい」
藤吉が出してきた行李を開けると紙が乗せられていた。
その紙を取り、
「目録です」と藤吉が兵庫に手渡した。
兵庫はそれを黙読した
金子(きんす) 小判:二十七両、一分銀:七枚、一朱銀:十八枚、〆て二十九両三分二朱
呉服 羽織、袴、袷、襦袢、帯
印篭 二 
煙草入れ 一
脇差 一フリ

「行李の中に入っている金子は二十九両三分二朱です。この金は事件で掛かった費用、例えば花見の費用、養育所の者をこの事件に使った費用などに支払い、残金は子供たちの花見に使い、それでも残ったら継志堂に貸した金の最初の返済に引き当てることにします」
「品物はどうするのですか」
「脇差はかなりの物です。御上の裁きが決まるまで他の物と一緒に暫く保管して下さい」
と云い、兵庫は行李の中の金を手ぬぐいに包み懐に入れた。
荷が再び押し入れに仕舞われたところで、兵庫が益次郎に
「明日駒形の地天屋では、具足の引札千枚を本所、浅草、下谷の御家人旗本の屋敷に配ります。その手伝いを継志堂の御二方にも手伝いをお願いしたいのですが」
「私で良ければ」と田作が名乗り出ると
「私も」「私も」「私も」「私も」と元山形屋の者たち全員が名乗り出た。
「それでは、新しいお客様を見つける手助けにも成ることを期待して、一人増やして三人にお願いします。田作さん、三次さん、武三さん、明日明け六つまでに朝飯を食わずに駒形に来てください。子供たちと押上の寮まで朝駆けして貰います」
「分かりました」と三人が応えると
「私も一度行って見ておきたいです」と藤吉が言えば大吉も
「私も」と意欲を見せた。
「先生、皆に駒形の様子を見せ、子供たちに顔を覚えさせてやって下さい。後々、お役に立てると思います」
「それでは藤吉さんに大吉さんも子供たちを見に来てください。子供たちも喜ぶでしょう」

Posted on 2014/11/21 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第62話 花冷え(その57)】 

 桜田の妻・早苗を伴った兵庫が裏二番町の山中家の門を叩いたのは昼少し前だった。
「今からは長谷部左近殿のご養子、健三殿の奥方です」
「はい、承知しております」
門を叩くと、何度か顔を合わせた門番が出て来た。
「これは鐘巻様・・・」と云い連れの女を見た。
「長谷部健三殿の奥方をお連れしたとお伝えください」
「分かりました。お着きになりましたらご案内するよう言われております。先ずはお入りください」

 侍長屋の一角、長谷部左近が住む戸口に案内された兵庫は外から
「長谷部健三殿、鐘巻兵庫です。奥様をお連れ致しました」
板の間を踏み均す音、土間に下りたのか下駄の音がして戸が開けられた。
長谷部は兵庫を見、更に妻を見た。
「どうぞお入りください」
「有難う御座います。しかし私には、まだけりを付けねばならないことが残って居ますのでここで失礼します。国のことなどは鳥羽殿よりお聞きください」
「相変わらずお忙しいお方だ。色々とお世話頂き有難う御座いました。感謝しております」
そして、主の長谷部左近も出て来た。
「鐘巻殿、色々話を聞きたかったのだが、御用と在れば致し方ない」
門まで送られ、兵庫は乙次郎、仙吉と共に屋敷を後にした。

 来た道を引き返していくと、来る時は背を押されていた風を前から受けるようになった。
「先生、寒くなりましたね」と単衣で暮らして居る乙次郎が本音を漏らした。
「今朝から風が北寄りに代わり、陽も陰って居ますから尚更です」
そして奥医師の門が見える所まで戻って来ると、人と物の出入りを監視する番士が立っていて、掛け売りの支払いを求めてやって来た商人が屋敷内に入るのを拒んでいた。
「先生、取り付け騒ぎが始まって居ます」
「そのようですね。目付の方からこちらにも何か聞きに来るかもしれません。急ぎましょう」
そして耳をすませば神田川の流れの音が聞こえる、その川縁に建つ太田姫稲荷まで戻って来た
「先生、稲荷の桜が北風に震えていますぜ」
「咲いたばかりなのでしょう。散らずに堪えて居ます。桜はこの寒さが花冷えでまた暖かい日が戻ることを知って居ますから耐えられますが、奥医師や屋敷の者たちには気の毒ですが花冷えでは終わらないでしょうね」
「盗みの為に人を殺すことも止む無しなどと云う野郎が、どうして奥医師になったんですかね」
「恐らく大金のかかる望みを持ったからでしょう」
「見栄っ張りなんですね」
「皆さんも見栄っ張りでしょう?」
「先生、わしらの見栄はこの寒いのに単衣で寒くねぇと云う見えですから金が掛からねぇが、奴らは錦の綿入を見せびらかす金の掛かる見栄で、粋じゃねぇ」
「なるほど、でもそれは金が無いからで、もし金が在ったらどうしますか」
「そりゃ・・この木綿の単衣を絹にしますよ」
「それでは奥医師と大して変りがないのではありませんか」
「違いますよ、見た目は同じでも、見栄を張るために悪事まではしませんからね」
「それは良い心がけです。感心しました」
「あんな奥医師と比べておだてられても嬉しくはありませんよ」
兵庫と乙次郎は顔を見合わせると笑った。

Posted on 2014/11/20 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第62話 花冷え(その56)】 

 兵庫は早苗の歩みに合わせるように歩き、早苗の夫・桜田の荷が残る下谷坂本裏町の裏店(うらだな)に立ち寄った。
「この部屋は、後々鳥羽殿が使う予定になって居ます」
早苗は頷き、荷を開け一通り見、夫の桜田が身に着けた物を長持の中に納めた。
「鳥羽様、残していく物で使える物が御座いましたらお使いください」
「有難う御座います。助かります」

 裏店を出た兵庫の足は、南下して神田川に架かる昌平橋を渡った。
そして導かれるように川沿いを西へ暫く歩くと、太田姫稲荷の境内に数本植えられた早咲き桜が曇り空の中に咲いているのが見えた。
突き当りを曲がり奥医師早川江雲の屋敷が見える所まで来た。
「鳥羽さん。前方、番士が立つ屋敷が昨日継志堂に押し入った奥医師の屋敷ですよ。どうやら御上の手が入ったようですね」
兵庫等は奥医師の屋敷の前を抜けて行った。
「奥医師は継志堂に何を盗みに入ったのでしょうね。私たちの当初の役目は常八に従い裏から押し入り、一階に寝ている主夫妻に騒がれないようにした後、二階に寝ている使用人が下りて来たり、二階から外に逃げ出さないようにすることだったようです。しかし、常八の調べでは夜に侍が三人は居ると云うことで実行時期を遅らせ浪人を集めはじめ、私が加わり五人となり押し入ることを決断したようです。この時手に余れば斬ることも止むを得ないということでした。それ程の事までして奥医師は何を探していたのか。私が見た限りでは人を殺してでも得ようとする価値ある物を誰も持って居ませんでした」
「そうですね。皆さんには言っていませんが、奥医師が探していたのは節(ふし)でした」
「えっ、あの節ですか。何のために」
「確かなことは分かりませんが、私も山中さんも取引の割符ではないかと思っています。薬屋や医師が扱うもので高価な物と言えば薬の抜け荷・・思い出すのが阿片です」
「そうと分かっていて、先生は何故、節を奥医師から奪わなかったのですか」
「賭けですよ」
「賭けですか」
「この事件では奉行所が陰で動いているのは知って居るでしょう。もし節が抜け荷の割符だった場合、節を奪っては悪事が働けなくなると思ったからです。しかし、昨日の今日、何も悪事が働けない内に表門に衛士が立つと云うことは、奉行所から目付へ確かな証が届けられたと思います。昨晩奥医師を和泉橋で解放した後、暫くして怒号を聞きませんでしたか」
「そう言えば聞きましたが、常吉さんが喧嘩だと云うので・・・」
「実は帰り道、定廻りの久坂さんに合い、盗まれた物は節だと伝えたら、奥医師らを追いかけて行きました。聞いた怒号は奉行所の捕縛から逃れようとするものだったのでしょうが、鳥羽さんの着物を着ていては奥医師だと言っても駄目だったでしょう。推測ですが、奉行所が節に合った節穴を持つ割符の相方を手に入れていたとすれば、節を持って居る奥医師が抜け荷に関わって居たことが明白になります。これが目付に届けられ、奥医師の屋敷の門前に番士が立ったとの推測です」
「私が着ていたよたれ着がお役に立てたと云うお話ですか」
「あくまでも推測、久坂さんが来たら伺いましょう」

Posted on 2014/11/19 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第62話 花冷え(その55)】 

 六人が駒形までやって来ると、川端で筋を伸ばしている兵庫に迎えられた。
「皆、忙しくなるぞ」
「未だ、やり残したことがありましたか」
「本業の方です。具足販売の引札が刷り上って来ました。これを本所、浅草の御家人、旗本に配る仕事です」
「確か千枚でしたね」と常吉が確かめた。
「はい、必ず主に届くように、手渡す者に頼んで貰いたいので時が掛かります。出来れば明日中に配って貰いたいので継志堂にも頼むつもりです」
「あとは、物作りですね」と源次郎
「たのみますよ。皆、稽古支度をして下さい。常吉さん、子供たちを押上から戻しますので支度が出来たら、大八を借りて押上に行って下さい」
「分かりました」と常吉、乙次郎、仙吉が家に飛び込んでいった。

 遅れて家に入った甚八郎と源次郎が台所で朝飯を押上で食べることを告げると、
「先程、山中様から伺って居ます」
「えっ、もうきたのですか」
「はい、火に掛ける前でしたので助かりました。今日は逆回りで、此処に寄り、押上に頼み、両国橋を渡り帰るそうです」
「さすが船宿の主、飯の炊き時を心得ています。昼に冷めた飯を食わずに済みました。」
「剣術も飯も敵わない。稽古あるのみだ」
「鳥羽さん、道具は在ります。道場へ行きましょう」
と源次郎と甚八郎がやりあった。

 押上までの朝駆けで、兵庫は鳥羽に、
「今日、桜田さんの奥さんを番町へ連れて行きます昼前に駒形までお願いします。」
「そうでした。その為に江戸までお連れしたのです。路銀を出して頂いたお返しを済ませないと約束が果たせません」

 押上の寮に着いた後の朝稽古は何時もの様に行われ、その後、先日まで駒形で行われていたのと同様な、大人数での朝の食事が始まり、それも終わった
「男の子は片付けが終わったら、駒形に戻る支度をしなさい」
「兄上様。もう戻ってもいいのですか」と大助が心配そうに尋ねた。
「もう心配しないで下さい。道場の皆が力を合わせて追い払いました。建具屋の建吉さんが皆に障子張りを手伝って欲しいと待っています」
 暫くして兵庫と奥村を先頭に、布団、着替え、稽古道具などを満載した三台の大八車を引くやくざ風な男、その後押しをする年長の子供、最後尾には幼い子供たちと見守る武士の一行が押上から駒形へと歩き始めた。
見た目少々、異成る一行なのだが、その先頭を歩く兵庫の事を知る者は多く、好意的で、吾妻橋を渡り浅草に入ると声を掛ける者も少なくなかった。
そして、声を掛けられることが子供たちにとって、何よりも嬉しいことだった。
昨年までは浮浪の身で、のけ者扱いにされていたこどもたちを町が受け入れ始めていると感じられ、自然と顔をほころばせ駒形に戻って来た。
 大人たちに手伝って貰い、荷を二階に上げた子供たちは、数日留守にした道場へと行き、養育所の平常が戻った。

 そして四つ過ぎに桜田の妻・早苗が鳥羽に付き添われ、急遽遣わされた乙次郎と仙吉に長持を担がせ駒形にやって来た。
若い奥方で器量も良く、髪を整え志津から譲られた簪を挿し、着物を羽織った姿は人目を引いた。
しかし早苗は駒形には、世話になった人たちに礼を述べる程度の時間しか留まらず、武士らしく着替え直した鳥羽と兵庫に付き添われ、長持を担ぐ乙次郎と仙吉を従え駒形を出て行った。
早苗は押上から来た時には持って居なかった包みが抱えていた。
着いた先で父となる長谷部左近と夫の桜田健三に食べて貰うために作った握り飯だった。

Posted on 2014/11/18 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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