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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第63話 衣紋掛け(その34)】 

 具足売り場と成って居る道場に起きた短い混乱を収めた兵庫が、
「お客様、お騒がせして申し訳ありませんでした」
「よくも素手で捕り押さえたものだ」
「その様なことより、刀を折った品物の方を褒めて下さい」
「褒める代わりに、出来れば買って帰りたいのだが・・・」
「それが一番有難いことです。ご迷惑をお掛けしましたので来月の売り出し日を待たずに、一組一両二分二朱でお分けいたします」
その時道場に居た三人が買って帰った。

 暫くして常吉が荷を担ぎお仙を連れて戻って来て、お仙を上がらせず台所の土間に置き、常吉だけが道場に入って来た。
「先生、お仙が茶店ではなくここで働きたいと云うんですが・・・」
「働いてもらうのは構わないのですが、茶店で働く以上に払えません。それと何が出来るのですか」
「お仙さんのお袋さんの話では針仕事も賄も出来るそうです。それと茶店の借金は払い終わり、お袋さんももうお仙さんに頼る必要もなくなったそうです。親からは手当てを貰って居なかったそうです」
「茶店まで行って来たのですか」
「それは衣紋掛け野郎の屋敷が下谷に在るそうなんで送って、茶を飲んで、また連れて来ました」
「そう云うことなら台所方として雇います。形は地味にして下さい。それと寝床は・・・」
「それはここの近くで探してみます」
「それまで、押上を使いなさい。良かったですね」
「先生のお蔭です。あの衣紋掛け野郎に、私がしけたところで働いているとお仙に聞かせてくれたお蔭です。お仙は私が遊び人だと思っていたらしく、働いていると聞き、昨日ここに確かめに来たそうですね」
「はい、その様です。内藤さんから聞きました」
「何故、教えてくれないのですか」
「それは、お仙さんから内緒と言われたからですよ。もし、教えていたら常吉さんの事ですから何か行動したでしょう。それが元でお仙さんの筋書きが変わり、お仙さんはあの衣紋掛け野郎をここに誘い出すことをしなかったでしょう」
「衣紋掛け野郎がここに来たのはお仙の筋書きだったと云うんですか」
「それは、お仙さんに聞いて下さい。しかし、常吉さんに内緒と言った言葉の裏には何か常吉さんを驚かすことを考えていると思ったのです。下谷から駒形まで衣紋掛け野郎がお仙さん後を追うことが出来たのは、必死で逃げなかった証でしょう」
「へ~・・女って云う生き物は怖いですね」
「はい、こちらには分からぬ嘘をつく割に、こちらの嘘は見抜くので始末に負えませんよ」
「先生、よくよく考えてみると、衣紋掛け野郎がお仙との仲を取り持ってくれたような気になって来ました」
「衣紋掛け野郎が三枚目だったことは認めますが、常吉さんが二枚目とは思えませんね」
「ひでぇ~、先生に二枚目を否定されたらおしめぇだ」
少々怖い顔の二人が笑い出した。

 それから暫くして亀戸の鍛冶場の手伝いに出していた鳥羽が百個頼んでおいた衣紋掛けの残りと出来上がった掛け金具を持って駒形に帰って来た。
これで衣紋掛けの話は終わったと兵庫は思った。

第六十三話 衣紋掛け 完

Posted on 2014/12/26 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第63話 衣紋掛け(その33)】 

 引札を配ってから四日立った嘉永六年二月二十五日(1853-4-3)の朝、暖簾を出す朝五つまでにやらねばならぬことが在った。
それは、昨晩決まったことで通り庭に具足を吊るす竹竿を天井から上げ下ろしする仕掛けを作ることだった。
そのため常吉、乙次郎、仙吉の三人は早朝の剣術稽古に参加せずに、具足売りの裏方に徹した。
その甲斐あって、昼四つまで、道場を使わずに帳場、表部屋、通り庭での商いが出来るようになった。

 午後、昨日来た小股の切れ上がった女・お仙が飛び込んで来て、
「変な客に付きまとわれて困ってるんです。匿(かくま)って下さい」と帳場番の内藤に頼んだ。
「お仙さんだったな。上がって奥に行きなさい」
内藤が云うより早くお仙は下駄を脱ぎ捨て帳場に飛び上がり奥に姿を消したのは良かったのだが、脱ぎ捨てた緋の鼻緒の下駄が土間に投げ出された。
その下駄を、今日から下足の番を始めた観太が片付けようと拾い上げたところに、今度は派手な形(なり)をした昨日来た侍が入って来て辺りを見回した。
そして観太の手にぶるさがる下駄を見た。
「お仙は奥だな」と上がろうとする侍に、
「上がっては困ります」と止める内藤。
「客だ。金は持って居る」と胸を叩いた。
昨日来て勝手を知って居る侍は奥へと入っていった。

 奥では、色っぽいお仙が「つねきちさ~んどこにいるの」と男たちの中に逃げ込んできた。
「あの衝立障子の奥です」と兵庫が教えると、お仙が着く前に異変に気付いた常吉が出て来た。
「お仙さん、どうした」と尋ねたが、同時にお仙の肩越しに衣紋掛け野郎と呼んだ恋敵の侍が入って来たのが見えた。
「あいつか」
お仙は振り返り、衣紋掛け野郎を見ると常吉の背後に隠れたが、無骨な道場にお仙が纏っていた色柄は目立つ。
侍はお仙を見つけると同時に立ちはだかる常吉を見、逆上したようだった。
歩み寄ると
「お仙は俺の女だ。どけ」
「断る」
侍と常吉はにらみ合ったが、常吉の方ががたいが良い。
敵わぬと思ったのか乱心した侍は柄に手を掛け抜き打ったが、間合いが遠く避けられ、振りかぶり常吉の頭上に振り下ろした。
硬い金属音がして、刀の物打ちあたりから先が折れて飛んだ。
侍が動けたのはこれまでで、兵庫と甚八郎により組み伏せられていた。
刀を奪い、抜き取った鞘に納めた兵庫が、
「常吉さん、大丈夫か」
「先生、売り物に傷つけてしまいました」と刀を受けた籠手を見せた。
侍の細身の刀が籠手の筏金に当たり折れたのだ。

 兵庫は甚八郎と組み伏せた侍を引き起こし、
「分かりましたか。器量の無い見栄えだけの侍の振るった刀が、貴方がしけた仕事をしていると言った男が着けた、これまたあなたが役に立たないと言った籠手に負けたのです。お蔭で地天屋の品物の確かさをここに居られるお客に見て貰うことが出来ました。お名前は伺いません。ここでは貴方は衣紋掛けと名が付けられて居ますのでね。また、訴えも出しませんのでお引き取り願います。ただし、二度と侍風を吹かし狼藉を働けば、家名を汚す覚悟をして下さい。甚八郎、お見送りを」と云い奪った刀を甚八郎に手渡した。
「はい、先生」
兵庫は折れ飛んだ切っ先三寸を拾い、見ていたが懐紙に包んで、正三を呼んだ。
「内藤さんに、見たことを話、渡しなさい」
「はい、先生」
「常吉さん、お仙さんとの話は外で聞いてあげなさい」
「分かりました」
こうして具足を並べてある道場を乱した者と物が消えていった。

Posted on 2014/12/25 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第63話 衣紋掛け(その32)】 

 七つの鐘を合図に押上を出た子供たちが、奥村と駒形に駆け戻って来た。
しかし、以前の様に駆けこむようなことはせず、静かに入って来て通り庭を抜け台所へと消えていった。
客が多くなったことで、家の中で静かにし続けられない子供たちは外に追い出される格好になった。だが、外で遊ぶこと自体は子供たちの願うところで、家に戻れば商いの邪魔に成らないように静かにする、子供たちにとっては当たり前のことになっていた。

 客足の切れた帳場に、具足商いに関わる兵庫、内藤、甚八郎、常吉、乙次郎、仙吉の六人が集まり話し合っていた。
引札を配ってから来客が増え、それへの対応がされてきたが、養育所への影響も出始め商いのやり方の見直しが迫られて来た。
「商いの暖簾出しは朝五つ、仕舞うのは夕六つにし、道場の使用は客足の込む昼四つから夕七つにし、それ以外の時刻の商いは土間、帳場、表部屋にしましょう」
「先生、土間にも鎖帷子を吊るさなければなりませんね」
「竹棹を二本下ろせそうですから、当面は道場から持って来て下さい」
「表の部屋を衝立障子で仕切れば、試着部屋が二つ出来ます」
「いいですね。それお願いします」
「先生、着付けの手伝いですが源次郎が来られそうも在りません、富三郎に頼むのも気の毒です。鳥羽さん、高倉さん、菅原さんは使えませんね」
「鳥羽さんはれっきとした藩士、高倉さんも菅原さんも引札を配った本所の者で、顔見知りが来るかもしれませんので、目につく所で商いの手伝いはさせられません。人を雇うのでは養育所のことを理解できない方が来る恐れが有ります。養育所の為に成らないことは避けないといけません。越後新発田からやって来る方なら・・・」
「先生。私らでは駄目なのですか」
「御三方は駄目ではないのですが、客の中には駄目な方も居ますので、真っ直ぐすぎる皆さんと折り合いがつかないことが心配なのです」
「簡単に云うと喧嘩っ早いと云うことですか」
「そうです。客との喧嘩はご法度です。相手が武家ですから皆さんの立場が弱いのです」
「乙次郎、我慢できないと思うか」
「兄ぃには無理でしょう」
「結構叩かれても我慢できているんですが駄目ですか」
「常吉さん、我慢できていると思うのは勘違いですよ」
「勘違いですか」
「はい、剣術は叩かれても叩き返すことが許されているから耐えられるのです。商売では叩き返すことは出来ません」
「確かに、私には出来そうも在りません。先生が出来るのになぜ出来ないんですかね」
「それは、常吉さんだけを頼りにする人が居ないからかも知れませんね」
「成る程、先生には奥様が、甚八郎さんにはお琴さんか・・・」
と常吉は云い、お仙の事が頭に浮かんできていたが、同時に今朝方やって来た派手な形の侍の事も浮かんできて、腹立たしくなった。
「先生、私には客商売、特に侍相手は無理なようです」
「今はね・・・」兵庫は少しばかり含みのある返事をした。

 配膳が済んだのか奥から声が掛かった。
帳場に内藤と甚八郎を残し、兵庫等は道場に向った。
兵庫は集まった者たちに、先ほど帳場で話し合ったことを伝え、協力を求めると、奥村から提案が出された。
「午後、子供たちを押上に連れて行くのは良いのだが、先々養育所を出て世間で働かねばならぬ。今年十歳を迎えた者はその時間だけでも店の手伝いをさせたらどうだ。押上に行った千夏や小夜の二人は料理、針仕事なども始めているのだからな」
「今年、十歳以上の者は確か正三と観太だが、やってみるか」
「はい、やらせて下さい」
「よし、決った。内藤さんに話しておきます」

Posted on 2014/12/24 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第63話 衣紋掛け(その31)】 

 客は入った障子張りの部屋を見廻してから吊るされている鎖帷子や積まれている籠手や脛当てを見ていた。
その客を保安方の三人が漆塗りをしながら見ていた。
さらにその三人の内常吉を兵庫は高倉と話しながら見ていた。
「亭主は居るか」
「はい、私で御座います」
「見せて貰ったが、役に立つとは思えぬが」
「戦においては鎧武者でも首を取られますので過信は禁物。しかし大怪我を薄手にし、薄手を無傷にします。いずれにしても身を守る肝心は具足ではなく、着ける者の器量と存じます」
客は鼻先で笑い、店の様子を見、隅で作業をしている男たちを見た。
「そこに居るのはお仙にちょっかい出している者ではないか、その様にしけたことをしていては見向きもされぬぞ」
この挑発に常吉が乗ろうとするのを、乙次郎と仙吉が抑えた。
「お客様、しけた仕事をしている者の名は常吉と申します。どうぞここで見たことをお仙殿に教えてあげて下さい」
「ああ、頼まれなくても、そうするよ」
客が出て行き、その後を追おうとする高倉を兵庫は止めた。
「いいのか」
「常吉さんが、言えないことをあの衣紋掛けに代わりに言ってもらうのです。お仙殿が虚になびくか、実を取るか確かめられるかもしれません」
「そう云うことなら痛めつけるのは止めるよ」
「余ったその力を使いに、亀戸の普門院の東にある鍛冶屋へ行って、針金作りを手伝って貰えませんか。そこには菅原さんも居ます」
「分かった」
「途中、押上の寮によって、昼、夜の飯を頼んで下さい」
高倉は飛び出していった。
 そして午後、鳥羽が仕上がった掛け金を一つ持ってやって来た。
早速、三本目の棹竹を下ろし、それに掛け金の上端を掛け、掛け金の下端に衣紋掛けを掛け手を離すと、衣紋掛けが竹棹と同じ向きを向いた。
「これはいかん」
東西方向に吊るされた竹棹に対し衣紋掛けは南北方向に吊るしたいのだ。
「他に直すところは在りますか」
「下だけ曲げる向きを直せば良いでしょう」
「それで百個作らせます」
鳥羽はとんぼ返りし、戻っていった。

 午前の商い、客は途切れることなくやって来て、しかも試着を望む者も多く、
道場は空く暇がなく昼の食事は台所で交代に食べるほどだった。
毎売りを望む者には三月一日からの売り出し値に一朱上乗せることを伝え、それでも客になった者が三人いた。
午後に成っても客足はあり、子供たちを二階から下ろし遊ばせることが出来ないでいたため、兵庫は奥村に頼み夕七つまで押上で遊ばせるよう頼んだ。

 武家の門限は凡そ七つから六つである。
そのせいか客足が減り始めた七つ過ぎ客への応接を帳場と帳場脇の表座敷にすることにして、道場の障子衝立で囲われた部屋の片づけが行われ始めた。
そこに暖簾をくぐって入って来た女がいた。
「いらっしゃいませ」
「済みません、お仙と申しますが、こちらで常吉さんが働いていますか」
「はい、奥で。手が空いたでしょうから呼びましょうか」
「いいえ、居るのが分かればいいのです。常吉さんには内緒にして下さい」
「分かりました」
お仙は常吉がここで働いていることを確かめると外に出、改めて外に掛けられている看板を見て帰って行った。
このことは、奥の片付けが終わり、帳場にやって来た兵庫には伝えられたが、常吉には内緒にされたままだった。

Posted on 2014/12/23 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第63話 衣紋掛け(その30)】 

 兵庫が駒形の養育所に着くと、いつもより早く膳が並べ始められていた。
客が早くから来るようになり、帳場と表の客室だけでは応じきれなくなると判断した内藤が、少しでも早く道場を来客の応接に使えるようにするためだった。
 そしてその朝飯は五つの鐘が鳴る前には済、道場から片付けられた。
「本日から、具足商いに携わる者は地天の半纏を着て下さい」
用意された半纏が配られた。

 暫くして、保安方の三人が床梁に吊るされていた長さ二間ほどの竹棹が下ろし始めた。
この竹棹は、兵庫が衣紋掛け作りを菅原に頼んだ日に、保安方の三人に頼んでおいたものだった。
男たちは押上から運んできた衣紋掛けの半分、凡そ三十ほどを直接竹竿に吊るした。
そしてその衣紋掛けに葛籠(つづら)に納めてある鎖帷子を掛けていった。
掛け終ると、中ほどの一着を外し、掛け直すなど、実際に起こりそうなことを試していた。
そして、その様子を見ていた兵庫の所にやって来た。
「先生、やはり掛け金具は必要です」
「その様ですね。今日針金が出来ると聞いていますので、明日から作り始めると思います」
「未だ衣紋掛けが残って居ますので、別の棹に掛けておきます」

 道場は将来の二階建ても考え、棟梁の新吉が、二階の床が張れるように床梁が数本通されている。
その内の二本の床梁に各二本、計四本の竹棹が吊るされているのだ。
用意された衣紋掛けが吊るされ、さらに鎖帷子が掛け終った五つ少し過ぎた頃、客がやって来た。
その客を見て、帳場番の内藤虎之助が
「高倉様、お客様ですか、御用でしょうか」
「内藤さん、道場から破門されたので鐘巻さんとの仲を取り持って頂けませんか」
「破門の訳をお聞かせ願いますか」
「団野先生から男谷先生に代わり、団野道場の者だけが新たに起請文を書かされることになり、お断りしただけの事です」
「そんなことで追い出されたのですか」
「道場内に団野派が残るのが嫌なのでしょう」
「嘘は嫌ですよ」
「嘘だと思ったら、師範代を止めさせられた菅原さんに聞いて下さい」
「菅原さんも団野道場でしたか」
「それなら納得できます」
内藤が柏手を打つと、お糸が顔を見せた。
「お糸さん、破門された高倉健四郎殿が先生と縁を結びたいとお見えになって居ます。と伝えて下さい」
「はい」
兵庫は直ぐにやって来て、
「上がって下さい」と云い、奥に戻っていった。

 暫く経って、又、客が入って来て辺りを見回した。
この客、派手な絵柄の着流しに落とし差し姿だった。
「いらっしゃいませ。具足の用でしたら奥ですが、ご覧に成りますか」
「見せて貰いたい」
「それでは、此処からお上がり下さい。ご案内いたします」
「店先に売り物を置かぬとは変わった店だな」
「それは、奥に主が居ますのでお聞きください」
客を道場入口まで案内し、
「見るのは勝手で御座います。お尋ねは半纏を羽織った者にお願いします」

Posted on 2014/12/22 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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