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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第64話 生きる(その21)】 

 兵庫が、初めて駒形の勤めを終えた八重を伴い、押上の寮に戻って来たのは、暮れ六つを半刻ほど過ぎた頃だった。
屋内から漏れ出す音に兵庫の顔がゆるんだ。
表の戸を開け土間に足を踏み入れた兵庫と八重は、灯りを点した土間を使い、鋸・鉋・鑿などの稽古をする男たちと、それを見守る彦次郎の姿を見た。
「お帰りなさい」
「ただいま、そのまま続けて下さい。彦次郎さん、少し降って来ましたので泊まっていって下さい」
「それは、有難う御座います」

 そして仕事場となった板の間では女たちがお琴の指導で具足仕立てに取り組んでいた。
具足金具の入った重い葛籠を下ろし、板の間に上がるとお玉がやって来て兵庫の手を引いた。
行灯を囲み女たちが仕事をいている所に連れて来られた兵庫は、木造に着せた帷子に鎖を仮止めする水野の娘、久美と岸が笑いかけるのを見て、笑い返した。
「兄上様、あれ毘沙門様だって」と首の無い木像を指さした。
「あれが毘沙門様か・・・お玉、毘沙門様の顔を見たくはないか」
「見たいです」
「それではいつか、待乳山聖天に連れて行ってあげる。それまでは、この顔を見て我慢しなさい」とお玉を抱き上げ、にらめっこした。
お玉を抱き奥へ薄暗い中廊下を行く兵庫の後ろに、忍び笑いが起こって居た。
その忍び笑いを打ち消すように赤子の泣き声、それをあやす染の声が行灯の灯が点る部屋から聞こえて来た。
乳を含ませられたのか、泣き声が止んだ。
抱かれていたお玉が下りようともがくのを見て兵庫が力を抜くと、お玉は滑り降りお染の部屋まで戻り、障子を少し開け覗き込んだ。
そして招かれたのか障子を開け入って行き閉めた。
志津の待つ部屋に入ると、志津が、
「何か良いことが御座いましたか」
「皆さんが和気あいあいと仕事をしていました。私が千住で初めて在った時は三家が一家の様に纏まって居ましたが、駒形、押上と移って来て三家に分かれた感じがしていたのです。それが、また一つに・・・」
「そのようですね。助け合い江戸まで旅をして来た方々、江戸に着いたことで束の間ですが旅が終わった錯覚に陥ったのでしょう。しかし本当の旅、生きて行く旅の道が続いていることに気が付かれたのでしょう」
「単に江戸までの旅より、これから生きる旅の方がむしろ助け合いが必要ですからね」
「猫のふくはネズミを追いかけていますがまだ獲れないのでしょうね。お玉に餌を貰って居ます。山羊の親子は土手に繋がれ草を食みながら、子に乳を与えています。恵介は染殿の乳で育てられています」
「あの子は恵介と名付けられたのですか」
「はい」
兵庫が腰の物を置いて戻って来ると、
「あっ、動きました」と志津が腹を押さえた。
背後に回った兵庫が志津を抱きしめ、腹に手をあてがうと腹の中で動くまだ見ぬ子の振動が伝わって来た。

第六十四話 生きる 完

Posted on 2015/01/16 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第64話 生きる(その20)】 

 押上の寮に入った新発田からやって来た者たちに明らかな変化が生じ始めた。
朝食後、男たちの釣具屋をやってみようかと話し合ったこと、それに引き続き女たちの思いを志津に伝えたことで、将来の己たちが生きて行くために役立つことは、日中でもやって良いことを確かめられ、どちらかと言えば受け身で仕事をしていた者たちが、積極的に動き始めたのだ。
その動きに拍車をかけるような話が、駒形からやって来た建具師の建吉からもたらされたのだ。
表の北十間川に面した側に、自立を支援するために間口二十間の店を建てる話だった。
大工の亀吉と彦次郎、新発田からやって来た男たちが北十間の通りに出て、寮を取り巻く黒板塀を見た。
「大川沿い、それも両国橋の橋詰でさえ、よしず掛けが相場だと云うのに、よりによって辺鄙な北十間沿いに大枚掛けて店を建てるとは、先生は皆様方を信頼なさっての事ですよ」
と元宮大工の彦次郎が年寄の稲次郎につぶやいた。
「縁もゆかりも無いわしらに、これまでしてくれるとは、泣けてくる・・・」
「先生にとっては袖振り合うも他生の縁程度で十分なんですよ」
「わしらが出来ることは、汗を流すことしかない。邪魔かも知れぬが手伝わせて貰いたい」
「二十間長屋の方の棟梁は建具屋の建吉さんだ、しかし、建吉さんは大工ではないから家は建てられねぇ。だから大工の亀吉に声をかけた訳だが、亀吉には先生から頼まれた仕事が在る。皆さんが出来ることは、大工に成るつもりで庭に建てる家の手伝いをすることですよ。そうすりゃ、早く終わり、二十間長屋を建てる時には腕も上がり、半端な大工仕事なら出来るようになります。みすみすその機会を失わぬようにして欲しいです」
「お尋ねしたい。この老人でも大工仕事が出来ますか」
「力仕事は兎も角、大工仕事には色々御座います。上手下手は大工の誰もが通る道。ノコ、カンナ、ノミを試したら如何ですか。お付き合いしますよ」
「それは有難い。さっそく、亀吉殿に大工仕事をさせて貰うよう頼みます」
稲次郎はその言葉通り、亀吉の所に行った。
「亀吉殿、私を弟子にして頂きたい。足手まといに成るかも知れぬが頼みます」
と頭を下げた。
「御老人、一番弟子に御名乗り頂き有難う御座います」
こうして男たち全員が棟梁亀吉の弟子に加わった。

 その様なことが押上で起きているとは露知らず、駒形の兵庫は売り物を前に首を捻り考えていた。
「先生、何をお考えですか」と甚八郎が尋ねた。
「これらが弾の飛び交う戦に役に立たぬことを分かって居て、売るのが後ろめたくなりました。それでも売らねばならぬので気休めが欲しいのです」
二人の話を傍らで聞いていた乙次郎が、
「気休めなら、面白い手がありますよ」
「それ、教えて下さい」
「外れ富くじを買ってくれた客に渡し、守り袋に入れて貰うというのは如何ですか」
「守り袋に外れ富くじ、外れ、外れか・・・弾が外れると云うことか」
「はい、気休めですが」
「それは名案ですが、外れ富くじが手に入りますか」
「あんな小さな紙でも貧乏人は捨てずにためておいて、紙屋に売りますので、金を出せば集まりますよ」
「それ千枚頼めますか。取りあえず明日までに百枚」
「それは大変だ。一枚四文で構いませんか」
「良いですよ」
こうして言い出しっぺの乙次郎が外れ富くじを集めに出掛けた。
そして夕飯前には百枚以上の外れ富くじを仕入れた乙次郎が戻って来た。
月仕舞いの商いは閑散として、見に来る者は居たが、外れ富くじを渡す客は居なかった。

Posted on 2015/01/15 Thu. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第64話 生きる(その19)】 

 これから生きて行くための話を女たちでし、何となくだが、やってみたいことをまとめた山内田鶴は志津の部屋にやって来て、廊下の外から
「田鶴で御座います。ご相談があり参りました」
一人で鉢巻に鉢金を取り付けていた志津は手を休めた。
「何のお話でしょうか、どうぞ、お入りください」

 田鶴は部屋に入り、向かい合い座ると話し始めた。
「奥様、男たちには、あのように家を建てる手伝いの仕事が在りますが、女たちはこれと言ってお役に立って居りません。先ほど話し合い、内職として茶店を男たちが営む釣具屋の隣に開くこと考えています。しかし鐘巻様のお話では内職は早朝かもしくは夜、これでは鐘巻様に勧められた釣具屋も開けません。日中の客を相手にする店は開けないのでしょうか」
「それは主人の言葉足らずですね。主人の言う内職とは、草鞋作りなどの日銭稼ぎのことです。皆様が、ここを出てから生きて行くために営む店に結びつくものでしたら、それは内職では在りません。どうぞ日中でもやって下さい。養育所として大工仕事を皆様に手伝って頂いているのは、火事の多い江戸では独立した時の職にすれば実入りが良いからです。建てた家は残るものですから、その資材は養育所で用意することにしますが、皆様が営もうとしている茶店の道具類は用意できたとしても売る物の仕入れ費用などは養育所ではとても払えないでしょうね」
「これ以上のご負担を求める気は御座いませんが、もう一つお願いが在ります」
「何でしょうか」
「どの様な仕事でも将来役に立つと思いますので、日中、手の空いて居る時は女たちに奥様がやって居られた針仕事の手伝いや、駒形の子供たちの汚れ物の洗濯、何でもよいので手伝わせて下さい」
「有難い申し出で御座います。駒形の事は主人が戻りましたら伝えておきます。押上の事では食事のお手伝いを今以上にお願い出来れば、その分、駒形から頼まれています具足に手が回せます。それでも足りないほど駒形の客が増えるようでしたらお願い致します。それと、茶店を開くと成ると、その前に売り物の勉強も必要でしょう。例えば団子作りで使う米や道具は使って結構ですからね。無い物はお琴に相談して下さい」
「分かりました。お忙しい所、話に乗って頂き有難う御座いました」

 田鶴が帰って暫くすると、朝の片づけと昼の段取りを済ませたお琴と千夏、小夜、お玉が手伝ってくれた水野の娘、久美と岸を連れて志津の部屋にやって来た。
「奥様、仕事を見たいと云うので・・・」
「それでは、鎖帷子の帷子作りを、罫書き、裁断、縫合わせまで、午後は出来た帷子を毘沙門さんに着せ、鎖を乗せ仮止めするところを見せて上げなさい」
「お琴様、毘沙門さんとは何ですか」
「それは、・・・」とお琴は応えるのを渋った。
「私の旦那様の代わりに作った木像ですよ。もっとも怖い顔は付いて居ませんけどね」
「面白い、先生はご存じなのですか」
「知りませんので、ず~~っと、知らないままにしてあげて下さいね」
「分かりました。でも誰かに言っちゃいそうです」
「誰かの中に、旦那様を入れなければ構いませんよ」
「それなら、守れます」
志津の部屋から笑い声の漏れ出し、具足の仕立て作業が始まり、いつしか新発田から来た娘もその手伝いに加わって居た。

Posted on 2015/01/14 Wed. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第64話 生きる(その18)】 

 心次郎の話を聞いた父の中西健五郎が
「馬鹿者、鐘巻殿からの話は出来るだけ早く伝えるように」
「はい、申し訳ありませんでした」
「鐘巻殿は我々の事を思い言って下さる。その話お受けしなさい」
「はい、父上」
心次郎は侍気質の強い父に話せば、棒手振りの仕事など即座に断ると思い、切りだせなかったようだった。
それが話を受けることになり、己の道を一歩踏み出せたことに安堵したのか笑みがこぼれた。
頑固な中西健五郎の心が、軟化したことは付き合いの長い者には分かった。
その内の一人、新発田からやって来た者のなかで最長老の山内稲次郎が、
「そう云えば、わしも鐘巻殿から言われていたことをやることにする。しかし、一人では出来ぬ。手助けが必要なのだ。多いほど良いのだが・・」と辺りを見回した。
「ご隠居、手伝います。何をやれと言われたのですか」と頑固を返上した健五郎だった。
「ここの前が川だから釣具屋でもと言ったのを覚えて居ないのか」
「在りました。糸と釣針以外の道具は自分たちで作ったらどうだと言って居ましたね。確かに我らは藁、竹でいろんなものを作り使って来た。売り物となれば良い物を造らねばならぬが、出来ない話ではない。やってみましょう」
「分かった。そろそろ仕事だ。終わったらまた話し合おう」

 三家の男たちが大工仕事の手伝いに出て行くと女たち六人が残された。
昨日は男たちが立ち上がれば、女たちも立ち上がり残っている仕事をしたのだが、もう大した仕事が無いのだ。
男たちには建設の仕事が与えられていたのだが、女たちには具体的な仕事は与えられていなかった。男たちを手伝うことも考えられたが、まだ力仕事で足手まといだったのだ。
「田鶴様、女も男と同じ俸給を戴いて居りますのに、何もしない訳にはいきません。何をすれば良いのでしょうか。今は針、糸さえないのです」
先程まで男たちの話は中西家の当主と山内家の隠居の間で行われたが、女たちの話はそれを引き継ぐかのように中西家の妻と山内家の隠居の妻が音頭をとった。
「皆様、これから奥様と相談し何か仕事を頂けるか行って参りますが、鐘巻様が私らをここに招き入れたのは、養育所の仕事を手伝わせるためではなく、私たちが生きて行くための力を持たせるためです。皆様、その力とは他人様からお金を頂くことが出来る力です。男たちは釣具屋で生きる道を始める気配です。男たちの世話をしながら女たちの生きて行く道は・・・」
「田鶴様、皆様・・男たちの脇に茶店でも営んだら如何でしょうか」
「今でも団子、汁粉、茶漬け、蕎麦ぐらいなら出せそうですね」
「ゆくゆくは料理屋を・・」
女たちから次々と声が上がった。
「分かりました。これから奥様と相談してきますが、商いの真似事に掛かる費用は頂いている一分の中から出すことに成りますからね」
「鐘巻様が女・子供にまで一律に一分を下さられた訳が何となく分かって来ました」
「それでは皆さん、相談に行って参りますので男たちの手伝いをするなり、何かをして下さい。」

Posted on 2015/01/13 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第64話 生きる(その17)】 

 押上から戻って来た子供たちは手足を洗うと、配膳を始めた。
二十名の配膳は直ぐに終わり、賄方の三人が自分の膳を持ち道場に入って来て座った。
皆が揃うと自然と兵庫の発声に注目が集まった。
「気づいていると思いますが、保安方の常吉さんと賄方のお仙さんには、ここの養育所を離れ、お二人の暮らしを始めて貰うことにしました。お二人にはここで働いただけのお金しか渡していません。それで三食食べ、家賃を払い、暮らしに必要な物をそろえていくのは大変です。しかし、常吉さんとお仙さんなら頑張り抜き暮らしを立てるでしょう。その二人の生き方を見て学んで欲しいのです。ここに居るもので十歳を過ぎた者は遠からず奉公に出ることになります。常吉さんの苦労と、その後の暮らしを見ることで、奉公先での苦労が報われることを確信して欲しいのです」
「皆、常吉さんは今朝、ここに来て明日のおかずの注文を取って行きました。何でも屋だと言って居ました」とお糸が続けた。
「それとお仙さんの代わりに先日紹介した山内八重さんに賄方をお願いしました」
「八重で御座います。宜しくお願い致します」
「何をやるにしても、丈夫な体が無ければ、続けられないぞ。先ずは食うことだ」と奥村が云い
「それでは、頂ます」と兵庫が締めると
「頂きます」と子供たちが唱和した

 食事が終わると兵庫は具足販売に関わる、内藤虎之助、根津甚八郎、乙次郎、仙吉を集めた。
「明日三月からは此れまでとは違った攻めの販売が始まりますが、常吉さんは独立し、大村源次郎さんは吉衛門家に入り柳島村と押上村の肝煎りとなる勉強を始めています。このお二人の手助けは在りません。ここに居る五人で頑張ることになりますが、正三と観太には我々の稚拙な販売を見せ、後の反省にも加え勉強させます」
「先生、頼んでおいた五十組の衣紋掛けと掛け金具を鳥羽さんが午後届けてくれるそうです」
「分かりました。それでは暖簾を出しますので、半纏を着て下さい」

 兵庫が暖簾を掛けていると建吉が出て来た。
「先生、押上に行き、二十間長屋の件、亀吉さんと相談してきます」
「お願いします」
兵庫は帳場番を内藤に任せ、仕入れた具足金具の錆止めの為、道場の隅に甚八郎、乙次郎、仙吉の四人で陣取った。

 丁度その頃押上では、食事後の片付けの手伝いに出した水野家の娘、久美と岸の二人を除く十二人が食後の一服をしていた。
最長老の山内稲次郎が新発田からやって来た者たちに、思うことを話し始めた。
「皆、聞いてくれ。わしらのここでの暮らしは国に居た時よりも良い。それに異論はないであろう。ただ、これは夢で、夢に耽って居ては覚めた時、国以下の暮らしに落ち込むことになる。何としてもそうならぬようにせねばならぬ」
「御老人、その事は分かって居るゆえ、慣れぬ大工仕事に汗を流している」
「大工仕事はやらねばならぬが、その大工仕事で得られた知識と技能を使い、わしらだけで家を建てられるとは思えぬ。半人前以下の大工では暮らしは立てられぬ。それでも、わしら大人は未だ良い。各家から一人出した倅が継志堂でここに居る一家五人合わせたより高い賃金を貰っているからな。だが、他の倅や娘はどうなる。弟の世話になるようでは鐘巻殿がわしらの為に使った金はムダ金に成ってしまう。自活出来る見通しだけでもたててやらねば申し訳ない」
「その事ですが・・」と云い、中西心次郎が様子をみた
「何だ、心次郎、申せ」
「昨日、鐘巻様のお供で、藁、竹の他、此れから建てる家の壁土を仕入れに参りました折り、鐘巻様より私に棒手振りをやる意志が在るのなら、棒手振りで日に銭一貫文の利益を上げていた鍛冶屋の辰五郎殿に教授を頼んでやると言われました。ただし、ここで暮らす間は利益の如何に寄らず日に二百文を養育所に納める約束です。相談して決めるとお答えしておいたのですが」

Posted on 2015/01/12 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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