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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第67話 春霞(その20)】 

「これからお見せする工夫は、魏源の海国図志に記されている“夷の長技を師とし以て夷を制す”を剣術に取り入れたものです。分かりやすくするために同じ長さの竹刀を持ち打ち合いますが、私と菅原殿のどちらの竹刀が長くなるかをご覧ください。男谷先生はご存じかと思いますが、菅原殿と私の剣術の技量はほぼ同じです」
男谷は頷く様子を見せた。

 同じ長さの竹刀を持った兵庫と菅原が向かい合い一礼すると竹刀を構えた。
互いに正眼に構え間合いを詰め合った。菅原はこれまで何度も兵庫と稽古をしており、兵庫の間合いを知って居る。
その間合いまで、あと一尺ほどまで詰め会った時、兵庫が突っかけた。
兵庫は菅原の籠手を打つと飛び退いた。
「ばかな・・・」と打たれた菅原がつぶやいた。
一瞬ことであり、打たれた菅原本人も何故打たれたか、分からないのだが、誰よりも兵庫の竹刀が伸びたことだけは分かっていた。
「今の技は、小笠原源信斎先生の編み出した“八寸の延金”で御座います。御子孫の望月格之進殿より授けて頂きました長技で御座います。
「八寸の延金か。そのような剣技が在ることは聞いてはいたが・・・」
「それではさらに長い長技の工夫をお見せします。菅原さん、面を付けて下さい」
兵庫に言われるままに菅原が面を着けていると、走る足音がして高倉が飛び込んで来て、身構えた。
「高倉さん、失礼ですよ」
「済みません。内藤先生の話を最後まで聞かずに飛び出してしまいました」
「これから、その内藤先生から授けられました技を披露しますので見て下さい」
「分かりました」

 面を着け正眼に構えた菅原から離れて立った兵庫は上段に構え歩み寄った。
ゆうに二間は離れていて菅原にはまだまだと思う心の隙が在った。
菅原の目が兵庫から逸れた、その一瞬をとらえ兵庫の竹刀が振り下ろされ、菅原の喉元目掛けて飛んだ。
竹刀の先を喉元に受けてから払う様子を見せた菅原の前に飛び込んだ兵庫の手には抜かれた脇差が光っていた。
「参りました」
「只今のが、目釘外しです」
「そのようなものが役に立つのか」
「二度ほど・・最後に私が最も多用した臆病な技が印地打ちです。たかが石ころと馬鹿にしないで下さい。修業中以来使ってきましたが石があげた手柄は多かったです。昨年暮れには千両稼ぐのに役立ちました」
「兵さん。千両では無い。二千両だった」
「そうでした。それでは・・」
と云い、兵庫は懐に手を入れ石を取り出して見せた。
「私は、無腰で歩くことが多いので、妻が石入れを付けてくれて居ます。勿論半纏にもです。狙いを言わずに投げると当たっても信用してくれない人が居ますので狙いは、あそこの縁台に置かれた面にします」
と言った瞬間、兵庫の手が振られ、面金に石が当たる音がして、面が縁台から転げ落ちた。
「ご覧いただいたように、地天流は刀に、薙刀、槍そして鉄砲の役を持たせたものですが、根本の刀を使う鍛錬が何よりも先で御座います」
そして、正午の鐘が鳴った。
「菅原さん、高倉さん。花見に行って下さい。碁四郎さん、今日の御役は終わりましたので万丸の顔を見に帰って下さい」

 道場に残ったのは兵庫の他に客の六人と子犬と遊ぶ子供が二人
「先生方、御覧下さい。地天流の道場は子供たちの為にも、その名の通り屋根なし、床無しの道場が分相応です」
「道場とは本来その様にあるべきもの。中々良いものを見せて頂いた。失礼する」
「お玉、お客様がお帰りです。お見送りしなさい」
「はい、兄上様。お鶴、おんもだよ」
外に出ると客の六人は帰って行った。
「兄上様。石を投げてはいけませんよ」
「はい、もうしません」
聞こえたのか、六人の顔にやっと笑顔が浮かんだ。
押上から見る向島の花見の場所辺りは、のどかな春霞の中に在った。

第六十七話 春霞 完

Posted on 2015/03/11 Wed. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第67話 春霞(その19)】 

「言葉じりを捉えて済みませんが、戦に剣術が役に立たないと仰られましたが、鐘巻殿の地天流とはどの様な剣法かをお聞かせいただきたい」と言葉は丁寧だが若い桃井が問いただしてきた。
「一に逃げろで、出来るだけ戦わない道を選びます。二つに相手の刃の外で戦うことを心がけています」
「それは昨年見せて貰ったあれか?」と男谷が尋ねた。
「確かあの時のお相手は屈強な榊原殿でした。あの時の技は先ほど皆様をご案内してきました、内藤虎之助殿に伝授戴いた目釘外しで御座います」
「目釘外し・・その技、見たいものです」と桃井が
「他にも在るか」と斎藤まで興味を示してきた。
「御座います。茶が入ったようです。飲んでから道場にてご覧に入れます」

 お鶴とお玉の手を引く志津を先頭にお琴、千夏、小夜が盆に茶を乗せ部屋に入って来た。
座った志津が、
「わざわざお運び頂き有難う御座います。何も出せませんが、ごゆるりとお過ごし下さい」
客六人と兵庫、碁四郎に茶を出すと、女たちは引き下がって行った。
そして、姿を消した廊下から
「母上様、お鶴とお外で遊びたい」
「家の外は駄目ですよ。今日は大人の目が在りませんからね。お庭の道場の近くで蘭丸と遊びなさい。蘭丸も寂しがっていますからね」
「はい、母上様。お鶴、行こう」
「うん」
「うんじゃないでしょう。はい、ですよ」
「はい、お玉お姉さま」
それを聞いていた男谷が、
「鐘巻殿には、あのように大きなお子が居られると知りませんでした。しかしあのように美しい奥方を貰えば無理からぬこと」
「左様」
客の六人が男谷に同意する様子を見せた。
それを聞いて、碁四郎が飲んでいた茶を噴き出した。
「碁四郎、行儀が悪いぞ。代わりに話してくれ。私が言うと好き者の言い訳に聞こえそうだからな」
「分かりました。実は鐘巻さんの子は今、奥さんの腹に宿っている子だけです。今の子は先ほどお話した浮浪の子と、分けあって預かっている子たちで、奥様を母と呼ぶ子は他にも十人以上居るのです」
「あれが浮浪の子か。大したものだ」
「浮浪ゆえに、そこから抜け出す機会を与えれば、侍の子以上になります」
「そんなものかな」
「それでは、とても侍剣法とは言えぬ、地天流をお見せしますので、御足労ですが道場へ」

 裏庭の道場へ行くと、そこには子供と遊ぶ菅原文次郎と見知らぬ顔の武士が居た。
「これは男谷先生。ここで会うとは思っても居ませんでした」
「それは、わしもだ」
「鐘巻先生、山中先生。ここに居ますのは吾が朋輩で怪しいものでは在りません」
「佐野 平助と申し、無外流を少々」
「無外流。秋山小太郎先生がいずこにお住まいか知りませんか」
「大先生にはお目にかかったことは御座いませんが、昨年鐘淵の家を引き払い、田沼様とのご縁で鉄砲洲のお屋敷に入られたと伺いましたが、それ以上のことは分かりません」
「それで十分。御無事だと分かればそれで良いのです」
「鐘巻先生、未だ昼前ですが、花見の酒で佐野に付き合って貰いましたので、これから行ってきますので、後は宜しくお願いします」
と菅原は、兵庫の返事を待たずに、男谷と席を共にすることの居心地が悪さからか、その場を去る様子を見せた。
「菅原さん、酒は十分残って居ます。これから地天流が取り入れた工夫をお見せするので相手をして頂けませんか」
「構いませんが、私は地天流を知りませんので、先生が望むようには応じられませんが」
「それで構いません。使うのは竹刀にしますが真剣勝負のつもりで相手をして頂ければ結構です」
「怖いですね」
「それは菅原さんを相手にする私も同じですよ」
「そう云って頂けると嬉しいです」

Posted on 2015/03/10 Tue. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第67話 春霞(その18)】 

 志津を乗せた駕籠が向島から本所へと近づいて来た時、後方から「鐘巻さん」の声が聞こえて来た。
「兵さん。内藤さんの声だ」
担ぎ棒を息杖で支え、駕籠から肩を外した兵庫と碁四郎が振り返ると、内藤の後ろに、斎藤、桃井、男谷の道場主など六人の武家、更にお鶴を抱いたお琴、お玉の手を引く千夏、小夜が遅れまいと小走りで続いていた。
「戻って来るのが早いですね」と兵庫
「無外流の秋山老人には会えなかったようですね」
「それはそれとして、何の用でしょうかね。こちらは無腰ですよ」と半纏の懐に入れてある石を確かめた。
「私には、遺恨は在りませんので、それと子供がついて来て居ますからその様な心配は・・」
とぼけた話をしていると近づいた内藤が
「押上の道場を見たいそうです。山中さんもどうぞ押上で剣術談義でもして下さい、駒形の留守番役は弱いですが私がします」
「有難う御座います」

 剣術家を連れ押上に戻って来た兵庫が、
「先の黒板塀の家がそうです」
「かなり広いではないか」
「土地は五百坪ですが、母屋には三十人程が寄り合い所帯で住み、狭いので家を建てている所です」
そして近づくと、気合いが聞こえ竹刀を打ち合わせる音も聞こえて来たが、それは一組が稽古しているもので、道場としては寂しいものだった。
「先生方の道場とは違い、あのように閑古鳥が鳴いています」
「そうとも言えぬ。あの気合と竹刀の音は、かなりの腕前の者のようだ。数が多いだけでは道場の名は高まらぬものだからな」
「そのようなものですか」

 表木戸を開け中に駕籠を入れ、志津を下ろした兵庫、六人を外の見える広間に通した。
「着替えますので、お上がりになりお待ちください」
 暫くして、兵庫と碁四郎は武家姿になり広間に入った。
「出払って居ましたので湯が沸くまで、いま暫く」
「気遣いは無用でお願いしたい」
「大したことは出来ません。ところで鐘淵の方は如何でしたか」
「やはり、大水で流されていて、居られなかった。近くの百姓に尋ねたがどこに移られたか分からなかった」
「そうでしたか。心配ですね。奉行所に知り合いが居ますので探して貰います。たしか秋山小太郎殿、七十歳ほどの御方でしたね」
「左様。宜しく頼む」と年長の斎藤弥九郎だった。
「それでは道場へ」
「ここに参ったのは道場を見るだけではなく尋ねたいことが在ったからです」と一番若い桃井春蔵がわざわざ来た訳を漏らした。
「どの様なことでしょうか、分かることでしたら、良いのですが」
「先ずは、この部屋に入るまでに気になったことですが、かなりの鎖帷子が積まれたり掛けられたりしているのを見ましたが、何のために」
「当方では、身寄りが無く浮浪している子供たちを集め、勉学させて居ます。その為には金が要るのです。具足商いはそれとは別に始めたものですが、昨年、異国船渡来の話が耳に入りましたので、今年来ると読み、賭けには成りますが商う品物を蓄えている所です」
「なるほど、ご存じでは在りましょうが、具足が役に立ちますか」
「異国との戦となれば大砲、鉄砲となり、役には立たないでしょう。しかし、それは皆様方の剣術も同じことでは在りませんか。それでも、侍としては戦う気構えを見せなければ不心得者と言われます。先日、安売りをしましたら、結構売れました。体裁を保たねばならぬ侍が商人に貪られぬように安い物を出来るだけ多く作っているのです。侍の為、子供たちの為です」
「安売りの話は聞いている。確か一両二分二朱で揃えられたと聞いて居る」と男谷が言った。
「それは、安いな」
「皆様、いま貯えている物の売り値は更に一両上乗せして売り出しますが、他の具足商が値を上げればこちらもその半分程度、値上げします。戦となれば、戦火で孤児が出ますからね」

Posted on 2015/03/09 Mon. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第67話 春霞(その17)】 

 やって来たのは兵庫の師であった鏡新明智流の四代桃井春蔵の他に、神道無念流の斎藤弥九郎そして兵庫とは遺恨が消え去らない直新陰流の男谷精一郎で各一人ずつ門弟らしき者を伴って居た。
「桃井先生、斎藤先生、男谷先生、御無沙汰をしております。御健勝のようで何よりでございます」
「兵庫、随分と砕けた形(なり)で花見か」
「桃井先生。妻がこの様に身重で花見に連れて来るにも駕籠代が払えません。それで朋輩の山中碁四郎に頼み、駕籠かきをやりました。御大名の駕籠でさえ二本差しは担ぎませんので、この形です」
「山中碁四郎殿。そなたほどの腕が立つ者まで、駕籠かきなどやらずに仕官したらどうだ。世話をしても良いぞ」
「斎藤先生有難う御座います。ただ私には侍稼業が向いて居ません。船宿の駄目主が分相応で御座います」
「鐘巻殿、いつぞやは失礼致した。駒形の道場は盛況か」
「男谷先生、こちらこそ失礼いたしました。駒形の庭には、有志の方々のお力添えで、道場を建てて頂き、もっぱら河原で遊ぶ子供たちが使って居ます。その後、人も増え手狭になったため押上に家を借り、その庭を大人たちの道場にしております。北十間川沿いに在りますので、お立ち寄りください」

 注文の酒肴が運ばれてきて、兵庫も碁四郎も慣れない酒を酌み交わした。
「先生方、今日は単なる花見とは思えませんが・・・」
「今日は、昔話をしていたら無外流の話に成り、鐘淵の秋山先生の隠居所を訪ねる途中なのだ。ここで良い土産(みやげ)を見つけたので買って行こうと思っている」
「そうでしたか、しかし・・・」
「しかし、何だ」
「鐘淵は昨年、大水に見舞われていますので、石垣の上の家でないとおそらく流されていると思いますよ」
「それは困ったな。秋山小太郎先生にはお子が居らず、養子も取らず一人で、先先代の小兵衛様、先代の大治郎様の名残のある隠居所で暮らして居られたので、何も知らせが無かった。のんびりしては居られなくなった。皆さん行きますか」
斎藤弥九郎に促され、席が温まらぬ内に六人は去って行った。

 三人の高名な道場主の訪れは緊張をもたらしたが、その後は長閑(のどか)な花見に代わって行った。
それは仕置きされた北島縫の夫が辞世の句に詠みこんだ夜桜見物の場に兵庫が、供養の場を用意したのだ。
北島一家が、全体での花見が一段落した所で、席を供養の場を代え、そこに兵庫夫妻と山中碁四郎を招き、茶を点てたのだ。
そして、その礼として、志津が筝を弾き、亡くなった北島盛之助、鎌太郎の霊を鎮めたのだ。
このことが在ることは、共に押上の寮内で暮らす新発田から来た三家の者に、武家のさだめとして夫と子が死に追いやられたことが内分として知らされており、無用な波が立たぬように配慮されていた。
だが事情を知らない者にとって、それは雅に映り、少しばかり乱れ始め声高に話していた男たちを、花見の風雅に引き戻した。
 兵庫、志津、碁四郎が北島家の離れ島から、花見の本体に戻ると、本体からは北島家の離れ島へ茶を飲みに行く者が出始め、志津に代わってお琴、お道、千夏、小夜そして幼いお玉までが筝を弾き、女たちの花見が見られた。
兵庫と志津そして碁四郎は手分けして、招いた吉衛門家、鉄五郎、職人、継志堂、三家の島、長屋の者、門弟の島に足を運び、それぞれ話を交わし、己の席に戻った。
兵庫が立ち上がると、皆の目が集まった。
「皆さんの楽しそうな声が聞こえたのでしょうか。今、駒形と押上の方から私を呼ぶ声が聞こえてきました。私は戻りたくはないのですが早く戻らないと、明日以降皆様の身体から腫れが引かなくなりますので、戻ることにします。皆様はこのまま引き続き楽しんでください。なお、この場所に設営しました島および残った酒肴の始末については、新門から剣術修業に来ているこちらの弟子にお願いしましたので、女・子供を無事戻してから夜桜見物に来てください。今日の門限は四つにします」
志津を乗せた駕籠を担ぐ兵庫と碁四郎の後ろを姿を見送る者たちには、朝方、同じ光景を見せられた時とは別に柔和な笑みが浮かんでいた。

Posted on 2015/03/08 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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【鐘巻兵庫 第67話 春霞(その16)】 

 八重は兵庫の席まで夫婦を連れて来ると、
「こちらのお客様と同席をお願いできますか」
「どうぞ」
甚八郎とお琴が自分の座布団を差し出した。
「どうも有難う御座います。それにしてもこの店は盛況ですな」
「ここに居るのは私も含め皆桜ですよ。お二人が最初のお客様です」と兵庫が応えた。
「上も下も桜ですか。確かに私の目の前には桜も色を失うお美しいお方が居られますな」
「お上手ですね」と初老の男と志津の応答が生まれた。
そして八重が注文の品物を乗せた折敷をもってきた。
「お客様、御注文の品で御座います。徳利は一本ですが二合入って居ます。お召し上がりください」
「有難う」
八重は戻って行った。
「ほ~、これがから寿司ですか」
「越後新発田の名物だそうです」
「そう云えば、越後訛りでした。それでは頂きますか」
二人はから寿司を味わう様子でゆっくりと食べ、頷き
「これはお土産に買って帰りましょう。ところで皆様は桜が咲いて居ない時は何をしておられるのですか」
「この一角に座る者は駒形と押上に身寄りの無い子、育てるのが困難な親の子を預かる養育所を開いております。他の島の大人たちは別の事で集まった方々ですが、子供たちの面倒を見て貰って居ます」
「あちらのお子様たちがそうですか」
「はい、多くは暮れから正月に掛けて引き取った子供たちです」
「皆、しっかりしていて、その様な子供とは思えませんな」
「好きで浮浪の暮らしをしていた訳では在りませんでしたから、人として扱えば皆素直な気持ちを取り戻してくれました」
「中々、良い話ですな」
「御二方は、どちらから花見に」
「これは申し遅れました。手前どもは、浅草は菊屋橋先の東国寺さんの門前で仏具の商いをしています奈良屋九兵衛と家内のつねで御座います。桜を見に来たのですが、日頃、子供たちの声が聞こえぬ所に居ますので、ここに来て子供たちの声を聞き、姿を見て足を止めたのでございます」
「から寿司ではなく、子供たちに足を止められたのですか」
「これは、口を滑らせてしまいました」
「子供たちは座るのに飽きたようです。河原に下ろしますので宜しければ遊んであげてください」
「そうします。残りものですが宜しければ・・」
「子供たちの方が喜びますよ。ただ酒だけが戴いておきます」
「子供たち、そこを片付けて河原で遊びなさい。仙吉さんお願いします」
「はい」

 こうして空いている島が出来ると、稲次郎の屋台の客が増え、空いた場所にすわり始め、あとから来た者と旧知の仲の様に歓談した。
そして、稲次郎の屋台に六人の武家がやって来た。
「兵さん顔見知りが居るでしょう」
「はい、知って居る道場主が三人居ますね」
「どうしますか」
「座るようでしたらここに来て頂きましょう」
そして稲次郎がどこに座らせようかとこちらを見た。
「こちらへ」と碁四郎が声を上げた。
それで武家六人がこっちを見、互いに知り合う者同士が会釈を交わした。
お琴が席を外し、出迎えに、甚八郎と内藤も席を外し兵庫の隣、門弟たちの島に身を移した。

Posted on 2015/03/07 Sat. 04:01 [edit]

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