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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第71話 安堵(その20)】 

 待たされるかと覚悟をしていたが、待つこともなく主の待つ部屋に通された。
頭を下げている兵庫に
「八木喜十郎と申す。倅・沖之助が迷惑をお掛けしたかな」
「初めて御意を得ます、鐘巻兵庫と申し押上で剣術の道場を開いております。これから申し上げますことは沖之助殿も認めたことですが知る者は限られております。また、穏便に済ませたいと考えておりますのでご配慮の程お願い致します」
「よほどの事をしでかしたようだな。覚悟したから言ってくれ」
「先日の夜、中西健五郎殿を吉原田圃にて殺害、金品を奪いました」
これには、喜十郎も歯を喰いしばり、握って居たこぶしを震わせた。
「此方に参る前に、この事件を公にせずに納めることを、中西殿の妻女に了承して戴いて居ります。ただ沖之助殿には出家をして頂くのが条件で御座います」
「信じられぬ。夫を殺害した相手を出家で許すとは・・・」
「中西家ご一家は己の咎ではなく、主の咎で国を追われた者です。その苦労を直接咎の無いお身内の方々にさせたくないとのことで御座いました。私は沖之助殿に切腹をお願いし、受け入れて頂きましたので、御妻女に話したのですが、出家でよいとのことでした」
「本当にそれで良いのか」
「中西家は働き盛りの主を失い今後の暮らしは楽では在りません。何がしかの和解金を用立てて頂ければと思って居ります」
「それは当然だが、にわかに金は用意出来ぬ」
「直ぐにとは申しません。当面の暮らしの世話は私が見ますので沖之助殿の持ち物などを売り払えば宜しいのではありませんか。先ほどお渡しいたしました印篭もかなりの値打ちものかと拝察いたしました」
「その程度の和解金で良ければ用意出来る」
「それでは、これから押上まで、沖之助殿を引き取りにお越し願いたい。出来ればお二人ほどお供を付けてお越しください」

 屋敷を出た兵庫に八木喜十郎と供侍二名は、四半刻ほどで夕やみ迫る押上の寮に入った。
喜十郎は先ず倅の沖之助に会い事の次第を確かめたうえ、別室に控えていた中西たつに親子で会い、詫びを入れ、兵庫から聞かされた和解条件を確かめた。
「倅・沖之助は出家で本当に宜しいのですか」
「私たち親子がここで苦労しているのは、そもそも仕えた主が斬られたため、その敵討ちに我が子を江戸に送り出したことに始まるのです。また新しい敵討ちなどしたくはありません。折角、二人の倅が侍を辞めることにしたのですから」と笑った。
夫を殺した相手を前に笑みを浮かべる妻がどこに居るだろうか、八木親子には理解できるものではなかった。
「先生、駒形に戻ります。主人が持参していた物からは倅たちが稼いだ三両ほどを頂きました。残りと先ほど八木様から頂戴致しました過分なものは、こちらでお預かりください。子供たちから働く気力が失せてしまうと困りますので」
「分かりました。たつ様の名で、新しい預かり証を作っておきます」
そして、八木親子と二人の供も帰って行った。

 兵庫と志津は寝床で話していた。
「色々ありましたね」と兵庫を癒すような問い掛けだった。
「はい、それにしても、たつ様が夫の仇を出家することで赦すとは、いまだに分かりません」
「奥様からお話を伺いましたが、ここ・押上を出たのは養子縁組で得た大金が元で他家の皆様に嫉妬の感情が芽生えるのを恐れたからだそうです。しかし、大金は夫を狂わせたと・・夫を斬った沖之助殿に金に狂った夫の影を見たそうです。ですから命を助けたのだと思いますよ」
兵庫は志津の話を聞かされてたつの気持ちが分かるような気がした。
子供が武士を捨て町人に成ろうとしていたが、たつは武家に未練が在った。
しかし、夫は町人の様に金に狂った。そして沖之助も金に狂った。
たつには夫も沖之助も、もはやたつの思う武士では無かった
武士でもない沖之助に武士らしい最後、切腹をさせたくは無かったので出家にしたのではないか。
たつにすれば夫の仇を、武士として死なせることなく、僧にすることで成し遂げたのだ。
だから、心底安堵と満足した様子を見せ帰っていけたのだ。
そう思った兵庫だったが、志津の話には
「そうでしたか」と応え、さらに
「話は変わりますが、稲次郎さんのカラ寿司は新発田藩への出入りが許されたそうで良い顔をしていました。それを見て私も安堵しました」
「実は、私も安堵することが在りました」
「何ですか」
「旦那様の初恋相手で危険な存在だった菊様が養生所の佐野先生とどうやらいい感じらしいのです。ほっとしました」
二人の夜は更けていった。

第七十一話 安堵 完

Posted on 2015/05/11 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第71話 安堵(その19)】 

 志津が姿を消すのを待って
「それでは、その刀をどの様にして手に入れましたか、斬られて死んだ者の差料なのですが・・・」
八木は返答に窮していた。
「屋敷に早く戻ろうと吉原田圃を抜ける道を選んだ。酔って居てつまずいたのがその刀だ」
「菅原殿、高倉殿。死んだ中西殿は背後より刺し貫かれたと奉行所の者が言っております。念のため八木殿の袖口に血痕が在るか否か確かめて下さい」
八木が己の袖口を確かめる素振りを見せた。それは取りも直さず己の犯行を認めるものだった。これも兵庫は八木に目を塞がれた時に八木の頭からつま先まで見ることで、刀の柄に左腕を乗せている袖口に僅かだが血痕を認めていたのだ。
そして
「先生、血の跡が在ります」
「八木殿。もう言い逃れは致しませんね」
「致さぬが、お主、中西殿とは知り合いなのか」
「はい、十日ほど前までここに住んで居ました」
「拙者をどうする」
「その前に、目の前に置かれている切り餅一つと財布。如何程使われましたか」
「あれから出かけて居らぬので使っては居らぬ」
「信じましょう。ところで貴殿をどうするかですが、それは中西殿の御身内が決めることに成ります。考えられることは敵討ちか御上に任せるかですが、御上に口を挟まれては八木殿のお身内が難儀致すことになりましょう。ここは八木殿に御覚悟を決めて頂くことで中西家と和解の道を模索したいのですが、如何でしょうか」
「腹を斬れば良いのか」
「それと和解金を」
「できればそれでまとめて貰えぬか」
「分かりました。それでは此れより八木殿のお屋敷に参り、相談して参りますので屋敷の所在と主の名をお教え願います」
 八木は甚八郎が差し出す紙と筆を取り、屋敷の所在と主の名と己の名を書き、戻した。
私は此れから駒形から、八木殿の住まい下谷塗塀小路の屋敷に行って参ります。御三方は留守をお願いします。
「八木殿、何か親御殿が判る持ち物はお持ちでしょうか」
「父から貰った印篭を持って行って下さい」と、腰の印篭を外し兵庫に手渡した。

 押上を出た兵庫は駒形で中西健五郎の妻・たつに健五郎を斬った賊を捕えたことを告げ、出来れば賊の親族には咎が及ばないように穏便に済ませたいと打診した。
これは健五郎の通夜でたつが見せた安堵の様子から、夫を殺した賊に対して強い恨みを抱いてはいないと思ったからだ。
「分かっております。私たちの苦労を賊のお身内や御家来にまでさせるのは本意では御座いませんので、鐘巻様にお任せいたします」
「ご同意いただき有難う御座います。私は賊の親に会い、賊の切腹と出せる程度の和解金をお願いしに行って参りますので、たつ殿は乙次郎と押上に入り、志津の部屋でお待ちください」
「分かりました。なお賊の切腹は親御殿に気の毒です。出家させて下さい」
「出家・・・その様にさせて貰います」
中西たつの同意を得た兵庫は、乙次郎に押上まで、たつの護衛を頼み、下谷塗塀小路の旗本・八木喜十郎の屋敷の門を叩いた。
出て来た門番に
「拙者、鐘巻兵庫と申し押上に道場を開く者ですが、御当家ご子息沖之助殿の事に着き、ご相談致したく参りました。これが沖之助殿の印篭で御座います。御取次ぎの程お願い致します」
沖之助がこの家にとってどの様な存在かは門番の困った様子を見なくても分かる。

Posted on 2015/05/10 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第71話 安堵(その18)】 

 お仙と常吉とは当然の事だが、互いに何をするかの話が出来ていたのだろう、手荷物を持ったお仙が出て来た。
「先生、済みませんね。八木沖之助に会っちゃいまして物騒なので・・」
「衣紋掛けさんの名は八木沖之助さんですか。住まいはどの辺りですか」
「下谷と伺っておりますが、もう少し南の方のようです」
 二人が裏店(うらだな)から表の通りに出て数歩歩いたところで
「やっぱり出てきましたよ」と兵庫の後ろからお仙が云い、背後に隠れる様子を見せた。
「何とも派手な御方ですね」
ほとんどの男が無地か小紋か縞柄を着ている中で、八木は大柄な描き模様で暖簾より派手なのだ。
八木は兵庫たちが近づくのを待って居て、兵庫の前を塞ぎ
「あんたとは確か、具足屋で・・・」
兵庫は応えず、八木の頭から足元まで見た。そして
「何かご用でしょうか」
「お仙はおれの女だ。渡して貰おうか」
「結構ですが、押上まで御足労お願いします。そこまで連れて行くのが私の役目なので」
「押上か。それではついでに亀戸廻りでもするか」
兵庫はお仙と八木の間に立ちながら、八木の傍らを抜けきると、今度はお仙を前にして歩いた。
そして八木から少し離れると
「先生、どうして押上に行くことを教えたのですか」
「教えなくても着いて来れば分かることですよ。それと、少し傷めつけたいのですが人通りが少ない方が八木さんも恥を晒さずに済むでしょう」
「本当に痛めつけるのですか」
「はい、ですから寮内に入ったら師範代の三人を呼んでください。私は逃げられないように見張って居ますので」
「分かりました」
 こんな話がされているとは知らずに八木はついて来た。
押上の寮の茶店近くまで来て、
「茶店の出入り口から入って下さい。八木を誘い込みます」
そして、お仙は茶店に入り、寮への出入り口を抜け、姿を消した。
「ここか」と八木が尋ねた。
「そうです。入りましょう」と云い兵庫もお仙の後を追うように寮内に入った。
そして、八木も続いて入って来た。
鈍い音に続きうめき声が上がり八木が倒れた。
兵庫の鉄拳が八木の顎を見舞ったのだ。

 お仙の知らせで、菅原、高倉、根津がやって来た。
「この衣紋掛け野郎を中西殿が住まわれていた部屋に連れて行き、逃げ出さぬようにして下さい」
「伸びていますよ。何かしたのですか」
「刀の鍔を見ろ」
「あっ、龍の浮彫」
兵庫は八木が兵庫の前を塞いだ時、探すことを頼んだ龍鍔の侍が目の前に立って居るのに気がつき、捕えようと押上まで案内してきたのだ。
「先生、こいつが中西殿を?」
「分かりませんが、刀は間違いなく中西さんの物です。問いただした後、中西家と相談して処分を決めます」

 目覚めさせられた衣紋掛け野郎こと八木沖之助は訳も分からずに居たが、
「女を付け回しただけで、この様な縄目に遭わせるとは無礼であろう」
「確かに、縄は解きますが、逃げようなどとは考えないで下さい」
縄が解かれた分、八木を囲む菅原、高倉が刀を引き付けた。根津甚八郎は書き役として筆を取った。
「それではお尋ねしますので包み隠さずお答えください。そうすれば、これ以上の恥をかくことなく済ませます」
「なんだ」
「過日の夜、浅草田んぼで人を殺めたことを御認め頂けますか」
八木はここに至って置かれている訳を悟ったが、
「その様なことはしては居らぬ。浅草たんぼ、あの辺りには行っては居らぬ」
兵庫は柏手を打った。
すると、千夏が縁側に姿を見せ
「御用で御座いましょうか」
「志津を呼んで下さい」
千夏が引き下がると
「八木殿、嘘を言えば言うほど、お身内に迷惑が及びますので、そのつもりで応えて下さい」
そして志津がやって来て廊下に座した。
「八木殿、志津は吾妻ですが、中(吉原のこと)に居たことが在ります。その縁で中のこと、出来事を調べるのにさほどの苦労は要りません。もう一度応えて下さい」
八木は志津の美しさと仕草に、兵庫を疑ることをあきらめた。
「確かに、吉原には行ったが、人は殺めては居らぬ」
「志津、ご苦労でした」

Posted on 2015/05/09 Sat. 04:01 [edit]

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janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第71話 安堵(その17)】 

 翌十八日、兵庫は中西健五郎の葬式を済ませると、中西親子を駒形に連れ戻り、押上の寮に戻ることを勧めた。
「鐘巻様、有難いお話ですが、とても恥ずかしくて戻れません」
「お気持ちは分かりますが・・・それでは押上ではなく、裏長屋が一軒空いていますので、そこに肝太郎ご夫妻、この家の二階も一部屋開いていますので奥様と心次郎殿が住まわれ、少しでも出費を減らされては如何でしょうか」
「鐘巻様、なぜそれまで私たち親子のことを気遣って頂けるのですか」
「それは、子供たちの為ですよ。子供たちを養うには先ず金が要ります。賄(まかない)物の仕入れでは肝太郎殿、具足の販売では心次郎殿のお手伝いをこれまで通りお願いしたいのと、子供たちを世の為に役立つように育てるには、教育する人が要るのです。助けて下さい」
「鐘巻様には敵いません。志津様が押しかけて来た訳がわかります。お言葉に甘えます」
「私は此れから行かねばならぬ所が在りますので、裏長屋の事と二階のことはお雪さんを呼びますので聞いて下さい」
「分かりました」

 お雪に中西一家のことを頼んだ兵庫は、駒形の自身番に入った。
居合わせた岡っ引きの勇三に、
「辻斬りの事で頼みたいことがあります」
「何ですか」
「刀が奪われたので、その刀が刀屋や質屋に持ち込まれないか調べて欲しいのです」
「構いませんが、その刀の事をご存じなのですか」
「ちらっと見ただけですが、鍔に龍の浮彫がありました。目玉は金色でした」
「分かりましたが、敵討ちでもするおつもりですかい」
「敵討ちをさせる気は在りませんが、放って置くわけにはいかないのでさがしだしたいのです。ですから、これから新門にも龍鍔の刀を差している侍が居たら教えて貰えるように頼みに行きます」
「あっしも心がけておきます」
「お願いします」

 自身番を出た兵庫は馬道の新門を訪ね、居合わせた若い者に事情を話し、もし鍔に龍の浮彫を施した刀をさしている侍を見かけたら、知らせて欲しいと頼み押上に戻った。
 少し遅くなった昼飯を食い一服していると、朝稽古に暫く姿を見せなかった常吉がやって来て、庭先から縁側に座る兵庫の所にやって来た。
「先生。衣紋掛け野郎にねぐらを見つけられ、またお仙に付きまとったそうで、ねぐらを変えねぇといけねぇんですが、先生、お仙を迎えに行って貰えませんか」
「なぜ常吉さんが行かないのですか」
「行きますが、衣紋掛け野郎の目がお仙に引き付けられている間に、坂本裏町から家財道具を新しい寝床に移そうと考えているんです」
「なるほど。迎えに行きますが、何処へ連れて行けばよいのですか」
「申し訳ありませんが暫く押上で預かって頂けませんか」
「今からで構いませんか」
「お願いします」

 兵庫は、衣紋掛け野郎が駒形の道場で、堪えしょうもなく刀を抜き常吉に襲い掛かったのを見ているため、用心の為鎖を着込んだ。
常吉と下谷坂本裏町の裏店に入る木戸が見えるとこまで来て、
「先生、あっしはこの辺りで様子を見ていますので、お仙をお願いします」
「分かった。衣紋掛けさんは来ますかね」
「それは分かりませんが、来れば派手ですから直ぐに分かります」

 兵庫が、常吉の家に行き、外から
「お仙さん。鐘巻です。迎えに来ました」
「はい。支度は出来ています」と中から声がして、下駄を履く音がして戸が開いた。

Posted on 2015/05/08 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第71話 安堵(その16)】 

 兵庫は建具屋の建吉と話し、その後、継志堂の裏に回ると裏長屋に住んで居る山内稲次郎が煙草を吹かしていた。
 兵庫がやって来るのを見た稲次郎は煙管の火を地に落とし、兵庫を迎えた。
「御隠居、今日は休みですか」
「わしは隠居を廃業して稼いでおる。今日は上屋敷までカラ寿司を届けるのだ。殿様に気に入って貰えてな、鳥羽さんのお蔭だ」
「それは良かったですね」
「暮らしはぎりぎりだが、なんとかなり始めた。カラ寿司の他に売る物を試している所です」
「頑張って下さい」
兵庫は、山内家が苦しいながらも、力を合わせている姿、稲次郎の顔に影が無いことを見て安堵した。

 裏から、継志堂の中に入った兵庫は帳場に働く者を集めた。
「先程、養育所を見に来られた小石川養生所の佐野平四郎先生に好印象を持って頂きました。養生所との取引は従前以上になる気がしましたので、注文に応えて下さい」
「はい、此れで信用も取り戻せますので、失った取引先回りは暫く私たちだけでやってみます」
「宜しくお願いします。私は押上に戻ります」

 そして、十五日、十六日と何事もなく過ぎ、十七日の昼少し前、駒形の養育所に定廻り同心の久坂啓介が岡っ引きの勇三とやって来た。
「久坂様、お久しぶりです。なにか・・・」
「その何かだが、この書付を見てくれ。ここで出したもののようだが、持って居たものが昨晩浅草田んぼで斬られていたのだ。」
久坂から受け取った書付は、継志館養育所の内藤虎之助が発行したもので、見出しには中西健五郎様預り金控え証と書かれていた。
そして、そこには、過去の入金、預り金残高の記載が列記され、その最後に
嘉永六年四月十四日 残高・・無し 中西と内藤の爪印が押されていた。

内藤は継志堂の控えを取り出し、照らし合わせ、久坂に見せた。
「中西健五郎殿と取り交わしたものに間違いありません」
「それでは、誰かを浅草田町の自身番にいかせ仏の検分を頼む」
「分かりました。少々お待ちください」
この久坂と内藤の話は、近くで働いていた健五郎の倅・心次郎にも聞こえていたが、内藤は奥に居る乙次郎と仙吉を呼んだ。
二人に事情を話し、
「乙次郎さんは心次郎さんと自身番へ行き確かめて、知らせて下さい、仙吉さんは鐘巻さんに知らせて下さい。私は引き取りの支度をしておきます」

 遺体は中西健五郎と確認され、その日の夕刻に引き取られ駒形の道場に安置された。
通夜には、押上からも大人子供がやって来て、しめやかに行われ終わった。
道場に残った中西家の者を前にして兵庫が、
「これは奉行所の者から聞いた話ですが、両刀も金などの所持品は無かったそうです。物取りの仕業にも見えますが、傷は背から腹に抜けるもので刀によることから侍の仕業と見ています。下手人の手がかりは無いそうです」
「鐘巻様、主人は何も持って居なかったのですか」
「そう聞いています。どれ程持って出かけられたのですか」
「全てです。百両の他に肝太郎と心次郎が蓄えていたものまで奪い出て行ったのです」
「ご子息の金まで・・・」
「きっと、百両も使い果たしたからでしょうが、もう奪われることは在りません。肝太郎に心次郎、もう一度出直しをしましょう」
「母上・・」

 兵庫は健五郎の遺体を見る妻・たつの顔に幼い子が眠るのを見る母の慈しみさえ感じた。
恐らく健五郎には、これまでに人には言えぬ苦労をさせられて来たのだろう。
また健次郎の死が我が子の肝太郎と心次郎を成長させたように思えた。
それがたつの顔に安堵の様子が浮かばさせ、それを見た兵庫は道場を出た。

Posted on 2015/05/07 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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