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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第74話 五月晴れ(その45)】 

 八丁堀に戻った兵庫は、不確かな話ですがと前置きして、久坂から聞いた話だけを兄と父に話して押上に戻ってきた。
そこには朝方まで在った茶店は取り払われ、旧に戻された黒板塀の中に切妻屋根になる部分が見え、その屋根の上には人が乗って居た。
近くまで行くと駒形の道場の屋根を拭いた屋根職人の久米吉が、茶店が在った所に新たに組み上げ直された、一番端の店の屋根を拭いていた。
「久米吉さん、変わった屋根ですね」
「あっ、先生。亀吉さんと建吉さんから金を掛けない屋根にしてくれと頼まれたのです。雨漏りしたら直すから構わないと云うので瓦はてっぺんの棟瓦だけです。あとは孟宗竹の半割を上向き、下向きと重ねながら並べ、固定するだけです」
「宜しくお願いします」
手を振る久米吉を見上げる兵庫、その目の更に先に広がる空、
「明日は晴れるな」と呟いた。

この日の夕食で兵庫は、鐘巻家の出仕止めが明日一日で終わることを告げただけだった。
誰もがそんな簡単な話で兵庫を呼び出すとは思わない。それに帰るのが遅かった。しかし誰もがそれ以上の事を聞こうと尋ねることはしなかった。

 嘉永六年五月十四日は朝から陽射しがまぶしい五月晴れと成った。
表通りの黒板塀が取り除かれ、二十間店が姿を見せた。
この時点で格子戸などが嵌め込まれていたのは、出入り口となる二間間口の一軒だけで、他の店の柱の隙間から母屋側が素通しで見えた。
 屋根には屋根職人の久米吉が作業し、また二十間店の東西の両端は全面土壁ということで、久しぶりにやって来た左官の庄助が改めて小舞の編み方を教えていた。壁土は裏に長屋を建てる時に作られたものが、裏庭に穴が掘られ寝かされている。
何もかも、最低限だが揃って居た。
女も、子供も何かの仕事を担い始め動き出していた。

 兵庫は部屋に戻り、筆を取り何やら書いていた。そして八丁堀、稲葉家に行くとだけ云い、着替え直した。
書いたものを懐にして、押上を出た。
その様子はあっという間に大人たちに伝わっていった。
兵庫は途中山中碁四郎を誘った。そして四つ前に稲葉家に着いた。
門外より声を掛け、出て来た小者に、名を名乗り、懐の書付を出し主に取り次ぐよう頼んだ。

 暫くして、兵庫と碁四郎は主・稲葉久蔵の前に居た。
部屋は戸締りされ蒸し暑さの中に蝋燭の火が揺れていた。
久蔵は兵庫が書いた書付を持ち、
「わしが知る巨魁をこの書付に書き加えて置いたが、それより上が居るかも知れぬ」
兵庫が聞きたいことを話した。
兵庫が渡した書付には、もし稲葉殿の他に隠れた巨魁が居るのなら、教えて欲しい。改めて有志の者が調べ直し、相違なければ天誅を加えると云うものだったのだ。
「早速の御返事有難う御座います。もしその者に伝えたいことが在りましたらお話し下さい」
「待って居るとでも言ってくれ」と書付を兵庫に戻してきた。
「分かりました。それでは御暇(いとま)致します」
「外は、どんな天気だ」
「五月晴れで御座います」
「そうか、それではあの句を詠み直しておこう」と文机の上に置かれていた書付を見た。
「お心安らかに」

 稲葉家を出た兵庫と碁四郎は無口だった。
日本橋を渡り、雑踏の中で碁四郎が
「稲葉殿は墓場に持って行こうとした奉行所与力の仕事を私たちに託すことが出来、喜んで居たような気がしました」
「そうですね、出来れば腹を切る時まで晴れて居て欲しいですね」
「十四日ですから夕刻には月も出るでしょう」

 兵庫に稲葉が腹を切ったことが伝えられたのは、翌十五日の昼過ぎ轟によってだった。
「先生、残された辞世が良く分からないとの評判でした」
「どの様な?」
「目覚めれば死出の旅路は五月晴れ・・とのことで、“目覚めれば”の解釈でした。まさか本当に寝ていて目覚めたとは思えない。だとすれば何から目覚めたのだろうかと。確かに昨日は五月晴れでしたが、辞世はその時の心情を詠むもの、とても心が五月晴れでは無かったはずだと最後にお会いに成られたお奉行さまの言葉だそうです」
「お奉行が会ったのは何時でしょうか」
「十三日の夕刻と伺って居ります」
「そうでしたら、その後、誰かが訪れ、心を癒したのでしょう」
兵庫は稲葉が書き直すと云い、文机の上の辞世の書付を見たのを思い出していた。
「その後、誰かがですか。確か出入りは出来ないはずですが」
兵庫は笑って見せた。
轟にはそれだけで十分だった。
轟も笑い返し、八丁堀の新しい主の元へ戻っていった。

第七十四話 五月晴れ 完

この「五月晴れ」の話は(その19)で影の声で下記のコメント
> 奥医師の江雲のからんだ阿片抜荷の件がすっきりすることになるかな・・・
> 筆頭与力の稲葉が一枚噛んでたような気配がします。
が入りました。
この(その19)の時点で私は上記コメントのことは全く考えて居ませんでした。

ネタ不足の中、「五月晴れ」の次の話が思いつかずに、話を伸ばしている間に影の声を採用することにしました。
今後、阿片抜荷の巨魁を誰にするか・・・まだ決めて居ません

Posted on 2015/08/17 Mon. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第74話 五月晴れ(その44)】 

 八つ(午後二時)過ぎ勘助が八丁堀からやって来た。
「先生、旦那様が来て頂きたいそうです」
「何か在りましたか」
「内分の話で、分かりませんが、お屋敷内に変わった動きは在りませんでした」
「分かりました、直ぐ出かけますので戻って下さい」

 兵庫が八丁堀の組屋敷に入ったのは四半刻ほど経った後だった。
主の部屋に鐘巻家の者が集まったところで、兵馬が口を開いた。
「昼過ぎに奉行所から沙汰が伝えられました。それによれば出仕止めが明日夕刻で解かれることになったそうです。それまでは奉行所の者に会うことは控えるようにとのことです。これが全てです。兵庫、わざわざ“奉行所の者に会うな”の一言が気になる。わしらは外に出られぬ。頼む」
「分かりました、目立たない浅草で何が起きているのか調べてみます」
「頼む」

 八丁堀を出た兵庫は浅草に急いだ。そして自身番に立ち寄りながら定廻り同心久坂の足取りを追うことにした。だが、何事も起きて居なければ既に引き上げの時刻。兵庫は久坂の辿る道を逆回りに歩いた。
それが良かった。兵庫が神田川に架かる和泉橋を渡り、下谷方面から来る久坂を待とうと西の佐久間町方面に曲がると、相生町の自身番に寄ったのだろう路地から出て来る久坂と出会わせた。
「どうやら八丁堀からの帰りのようだな」と久坂が見抜いた。
「はい、お尋ねしたいことが在り探していたのです」
「何だ」
「兄の出仕止めは明日一杯で終わると知らせが在ったそうですが、それ以上のことは話さず帰ってしまったそうです
「鐘巻さん。話さず帰ったのではない。知らされて居ないのだ。立ち話も何だから、山中さんの所で茶でも飲みながら・・」

 山中碁四郎の船宿、浮橋に入った久坂は内緒話だと云い上がり込んだ。
「久坂さんもったいぶって居ますが何ですか」
「実はわしも分かってはいないのだが、とんでもない名前が出て来たのだ」
「誰ですか」
「早川江雲だよ」
「あの奥医師の?」
久坂は頷き、
「お主が岩蔵と一緒に追い出した木八と吉助のうち、木八が捕えられたのだ。岩蔵が稲葉殿を襲った訳を問いただしたら、早川江雲がお仕置きされると知ると、岩蔵を鐘巻家へ体よく追い出したからだそうだ。更にその訳を聞くと、岩蔵はもともと早川家の小者だったが稲葉殿が岩蔵の武勇を知って譲って貰ったそうだ。それが手のひらを反すように追い出した。岩蔵は自尊心を傷つけられ、暴れるようになった。稲葉殿に迷惑を掛けるのが狙いだったが、鐘巻家はそれを強く咎めず、稲葉家へ苦情を言うことも無く我慢した。それをあんたが岩蔵を痛めつけ追い出した。岩蔵はあのような負け方をしたことがなく鐘巻さんに惚れたそうだ。そして鐘巻家に迷惑を掛けて来た詫びをしようと考えた。そして稲葉殿を襲った。ということだ」
「岩蔵には気の毒なことをしてしまった。それは仕方がないとして、問題は早川江雲と結びついた稲葉殿ですね」
「此のことが目付筋に知れるとお奉行は苦しい立場に置かれるからな」
 早川江雲は薬種問屋の山形屋と組んで阿片の抜け荷をしていた。それが露見し斬首されたが、その陰で兵庫と山中碁四郎は奉行所の密命で定廻り同心の笠井を斬っていた。
奉行所の中で抜け荷に加担した者を、白日の下で裁かず、闇に葬る道を選んだ奉行だった。
「また、お奉行は稲葉殿と取引をしているのでしょうね」
「死人に口なしの代わりにな」
稲葉殿に、切腹で家の存続を許すと奉行が約束すれば、稲葉殿は喜んで抜け荷に加担した事実を墓場に運ぶだろう。それが武家の生き方であり死に方でもあったからだ
 兵庫は、ため息をついた。
「鐘巻さん、みな、漏れ聞いたことをつなげただけだから、そのつもりでな」
「分かって居ます。有難う御座いました」
久坂は奉行所へ戻っていった。
「兵さん、阿片の抜け荷、尾を引きますね」
「恐らく、今度ももみ消し、どこかで巨魁が笑っているのでしょうね」
「その巨魁が分かったら、兵さんならどうしますか」
「碁四郎さん、私は悪党と刺し違える気はありませんよ」
「それなら、付き合ってもいいです」
「暗殺するだけの証拠を集めるには、私たちだけでは無理ですが・・・」
と云い、兵庫はその適任者を頭の中で探し
「久坂さんと、高倉、いや、下島健四郎さんではどうでしょうか」
「良いですね。巨魁は屋敷内でしょうから、潜ませる中間も必要ですが、・・何人も適任者がいますね」
「この話は後ほど、先ずはもみ消しの話を兄上に伝えてきます」

Posted on 2015/08/16 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第74話 五月晴れ(その43)】 

 五月十三日、雲は残っていたが東の空は茜に染まる朝を迎えた。
久しぶりの朝稽古、流石に八丁堀からは来なかったが、見合話が纏まった高倉と菅原はやって来た。
 稽古が始まりこれまでの鬱憤を晴らすかのように打ち合った。
そして、駒形から子供たちが来ると大人たちは、子供たちに鬱憤を晴らさせるかのように、打たれる側に回った。その稽古が終わり、子供たちが志津の元へ挨拶に行くと、道場には大人が残された。
そこで兵庫が口を開いた
「今日は稽古日和ですがが、昨日始めた二十間店の建設を今日中に終わらせる予定です。と云うことで、道場は外部の者が稽古に来ない限り閉じます。幸い今日は晴れに向って居ます。十三夜と夜も働けそうなので、楽しんでください」
大人たちの稽古は朝飯の板木が打たれるまで休むことなく続けられた。

 朝飯が終わったところで、兵庫が
「昨日より、表二十間店を茶店の組上げを始めました。二十間とは今ある茶店の間口二間を含めての事です。茶店は皆さんの力で商いが成り立って居ます。この茶店を残し二十間店を十八間店とするか、茶店を解体し二十間店するか、悩ましいのです。今すぐでなくて良いので茶店を独立したままにするか、店に含めやり直すか決めて下さい」
と投げかけた。
「先生。今の茶店の役割は終えました。店を最初に開いた山内稲次郎様はここで手ごたえを感じ駒形へ移られたと聞きます。その後お武家の奥様、娘様が商いとは何かを学びました。今後、茶店は二十間店の一員として他の店と共存共栄させた方が良いと思います」
と茶店経験の長いお仙が云った。
「お仙さん。ご意見有難う御座います。他のご意見は在りますか」
「先生、お仙さんの考え方が全てです。皆、他の事を試してみたいのです。私は何も出来ないので仕入れて売る雑貨屋かな?」
「皆さん、二十間店は十に分割しますから、十軒の店が出来ます。その内の一軒は私が使いますが残りの九軒はお貸しします」
「先生の一軒は何に使われるのですか」
「想像して下さい。この寮の敷地間口は凡そ二十間です。そこに二十間店が出来たらこの母屋に入る場所が無くなります。ですから一軒をこの母屋に入るための門であり玄関代わりに使うのです。建吉さんの思い付きです」
皆が感心し、和んだ。

 この後の話し合いで、今の茶店は取り壊すことが決められ、男たちは揃って茶店へと向かい大工の指示で取り壊していった。壊すと言っても木材は再利用するのが原則だから廃材と成るのは少ない。その建築にとっての廃材さえも材質によっては木彫用にと回すため仕分けされた。
そもそも、これから建てようとする二十間店にしても、茶店に使われた材木にしても殆どが再利用材だった

そして助っ人が乙次郎と仙吉に連れられ、やって来た。継志堂から三次と田作の二人、寮から独立した山内康介、棒手振りで暮らしを立てている中西肝太郎と、皆、兵庫に恩を感じて居る者たちだった。
駒形から六人の他、山中碁四郎、高倉、菅原、辰五郎の四人、寮内からは兵庫、常吉、大工修業の水野親子、大工衆の亀吉、建吉、彦次郎の総勢十七人が働いた。
突貫で足場など組まれておらず、高い所の仕事は脚立か梁などの上に乗り、跨る格好で行われたが、要所要所に高所作業者が捕まることの出来る竹棹を立てた他に、補佐人が棹を持って近くに立った。
柱、梁に人が群がり、刻んだ雌雄をはめ込み槌打っていく作業が続けられた。
楽をしようなどと思う者は居ない。仕事は捗(はかど)った。

 彦次郎が兵庫の所にやって来た
「この調子なら、お月見をせずに済みそうですな。大したもんだ」
「それは、確かな刻みがされていたからですよ」
「粟吉さんは、物覚えが良い、算術にも長けているうえ、細工仕事も確かですから、良い大工に成りますよ」
「そうですか。此処が終わったら、修業先をお願いします」
「そのつもりです」

Posted on 2015/08/15 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学

【鐘巻兵庫 第74話 五月晴れ(その42)】 

 送別の式が終わると女たちは昼飯の仕度、その前に己を着飾ったものから普段着に着替えるために消えて行った。

 そして時が経った昼飯後、鐘巻家へ仕えることになった者たちを皆で見送った。それには引っ越しを手伝う、常吉、乙次郎、仙吉が大八車を引き従った。
暫くして見合いの為にやって来た者たちも帰って行き、駒形から来た子供たちも戻って行き、寮内は静かになっていった。

 部屋の縁側に腰を掛け、下駄をはいた足を踏石に乗せた兵庫は、はっきりしない空を見ていた。
その空は、八丁堀の鐘巻家を思い起こさせた。ただ空模様と同じように兵庫にはどうすることも出来ないことだった。
そこに、庭を歩いていた佐吉がやって来た
「兵庫様、西の空がだいぶ明るく成って来て居ます。明日はきっと良い御天気に成りますよ」
「よいお天気ですか。それでは、明日、表の二十間店(にじゅうけんたな)を組み上げることにしましょう」
そう云い兵庫は指を折り数え始めた。
店を建てるのに力を貸せる男たちの数だったが、折れた指の数は十人に満たないものだった。
甚八郎、近藤、常吉、乙次郎、仙吉、辰五郎、継志堂から二人、そして自分自身の九人が気兼ねなく使える者だった。
「仕方ない、今からやるか」
と云うと、兵庫は庭に下り、建設作業場に成って居る表に廻った。

 表の作業場は、作業場と云うよりは建設材の物置の様相を示していた。
表の土間に入った兵庫は、
「皆さん、佐吉爺様が明日は良い天気に成りそうだとのご託宣です。ご案内の様に助っ人が減りましたので、店造りを今からでもやりませんか」
「そうして頂ければ、助かります」
「それでは、近くの者だけにでも声を掛けてきます」

 兵庫は寮内で具足の仕事をしていた、根津、近藤、常吉に声を掛け、普門院脇の鍛冶屋の辰五郎に声を掛け戻って来た。
作業場には古材を刻み直し、補修し渋墨が塗られた土台材がつまれている。それを元宮大工、彦次郎の指示で助っ人が運、運ばれた先では亀吉の指示で水野賢太郎、粟吉親子と助っ人の協力で組み立てが始められ、嵌め込む槌の音を立てていた。
「先生、今日は塀の外の茶店はそのままにして、塀の内側に土台枠を組み上げるのと、明日組む、柱梁などを建てる家の近くに運んで頂きます」
「分かりました。ここ数日の雨で力を出さずに過ごして来ましたので、暮れるまで余って居る力を出し汗を流すことにします」
兵庫は常吉と組み、母屋から現場までの資材運びを担い、甚八郎と近藤、そして後からやって来る辰五郎は、現場作業の助っ人の役を担った。
兵庫は常吉と組み、母屋内に置かれている資材を彦次郎の指示で運び出し、建吉の指示する所に置いていった。
直ぐに今日使う資材は運び終わり、明日組み上げる資材を指定された場所に運び出していった。それにつれて作業部屋の床が広がっていった。
「大したもんだ」と彦次郎が感心したのか、呆れたのか云った。
「常吉さんと私は駕籠かきもやった仲ですから、運ぶのは慣れて居ますよ。ただ山中さんには敵いません」
「山中先生とは互角以上だと思っていたのですが敵わないのですか」
「はい、碁四郎さんは隅田川に浮いて何日か経った仏を抱き上げたと聞いています。私には出来ません」
「その話聞きましたよ。山中の旦那が最初に抱いた女が仏だったそうで、後に奥様に成られたお静さまから許して貰ったとか・・」
(湯上り侍無頼控え(三話)坊主の碁・・参照)
 冗談話が出るゆとりで運び出しが終ると、人を二組に分け、一組は亀吉に付き、もう一組は彦次郎に付いた。
店の組上げ、亀吉は西側から、彦次郎は東側から行った。

 この二十間店は、途中に寮への出入り口が在るため、もし武家屋敷ならそこは長屋門にするところなのだが、町人の寮だから門は許されない。
兵庫は、門は権威の証、長屋などの木戸は泥棒避け程度にしか考えて居ない。
そこで、兵庫は門も木戸も作らない工夫を、二十間店の構想を任せた建具屋の建吉に頼んだ。
その答えは、切れ目なしの店を建てることだった。そしてその一軒の店の引き戸を開けると土間部屋に成って居て、土間部屋を抜けると寮内に入れるのだ。
考えようによっては、屋根付きの門と言えなくもないが、権威を逆手に取った江戸職人の洒落の産物だった。
店の全容を言えば間口二十間、奥行き二間の平屋建てで、部屋の仕切りは二間ごとに可能で床を張るか否かは商いが決まった後、または人が済むか否かで決めるため、当面は二十間ぶち抜きのまさに長屋である。
 ただ、これは塀の外の茶店も建て直すことが前提であるが、茶店には女たちの魂が入って居るため、茶店をどうするかは女たちの話を聞いた後に成る。何よりも建て始めた長屋の様子を見せることで、女たちの夢を広げさせ、新しい商いに挑ませる必要があった。
 この日、彦次郎の思惑より捗(はかど)り、大工衆と助っ人が、黒板塀の途切れた表出入り口に集まり、屋根なしだが土間部屋を単独だが造り上げ、出入り口に用意してあった格子引き戸をはめ込み、その日の仕事を終えた。

Posted on 2015/08/14 Fri. 04:01 [edit]

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【鐘巻兵庫 第74話 五月晴れ(その41)】 

 見合いの一件が終わると、その関係者は上座を、八丁堀鐘巻家に仕えることに成った者、五人とこれまで鐘巻家に仕えて来た佐吉に譲った。
「先ず、私の隣に居られる佐吉爺様は私が生まれる前から鐘巻の家に仕えて頂いた方です。私の不始末の尻拭いをしてくれた方です。佐吉爺様がもうそろそろと云うので、私は代わりを探し威勢の良い勘助さんに頼みました。断られないように嫁付にし、受けて頂いたのです。ところが、勘助さんだけでは済まない事態が起きて居ました。御供衆の中に他家から下げ渡された訳ありの悪党が居て、他の御供衆が居つかなく成ったのです。そこで、先日その悪党とそれに加担して居た者合わせて三人に喧嘩を売り、懲らしめ追い出しました。このため加担した二人の代わりも探さねばならなくなったのですが、それは乙次郎さんと仙吉さんに探して頂きました。勘助さんの隣の恵三さんとその隣の万次郎さんです」
「先生、随分と柄が悪そうですが」と常吉が言った。
「常吉さんに言われては気の毒ですよ」と兵庫の応答に
「全くだ」と合いの手が入り笑いが起こった。
「八丁堀与力は結構伊達男なのです、ですからその御供衆も粋に振る舞わなければなりません。先ず御頭(おつむ)ですが、三日と空けずに髪結いがきて、今のむさ苦しい頭は剃られてしまいますから、今よりは品良くなりますよ」
「見て居ろ、品良く成って女を振り向かせてやるからな」と万次郎が云うと、笑いが起こった。
「紹介の最後は侍衆です。御供には当然侍も入らねばなりませんが、これも分けあって欠員二名。頼りになる侍と云うことで、轟殿と田村殿にお願いし、快諾を得ました」
と云い兵庫は立ちあがり、後方に置かれていた乱れ箱を持ってきて足元に置いた。
そして立ったまま、
「これより、道場と養育所からお礼を差し上げます。先ず侍衆にですが、紋服と思いましたが八丁堀で用意してくれると聞きましたので、長脇差に致しました。脇差は九寸五分でも良いのですが、先日の近藤殿の御働きは腰に長脇差を携えて居たことと無縁ではないでしょう」
「先生、不覚にも刀を強力の者にへし折られた折、もし腰に九寸五分ではとても筋金入りの棒を受け切れず地に伏すことに成ったでしょう」
「長脇差は凡そ武芸に志す者の心得と致すべきことの一つと存じます」
 兵庫は乱れ箱の中から一振りの長脇差を取り上げた。
「この脇差は板橋の修業時代、居合を良くする者からの一撃を、咄嗟に脇差を抜き受けたのです。その時首の薄皮を斬られ、受けた脇差を傷めました。賊は兄弟子に斬られたのですが、賊は私が大刀ではなく脇差で受けたことを褒め、己の腰の脇差を使ってくれとくれた物です。(第4話かどわかし) これを轟殿に、はなむけとして差し上げます」
「大切なものを有難う御座います」

 兵庫はもう一振りを取り上げた。
「この長脇差はさる藩の忠臣の形見です。武家勤めの不条理を一身に受け腹を切られたのです。私は忠勤を励む立場から遠のく道を歩いていますので宝の持ち腐れ。この粟田口近江守忠綱一尺八寸五分を、田村殿お使いください」
「有難う御座います。忠勤に励ませて頂きます」

 次に兵庫は懐から五両取り出した。
「勘助さん、万次郎さん、恵三さん。兄の事宜しくお願いします。少ないですが此処に五両在ります。皆さんに一両、既に八丁堀に居る二人にも各一両です。勘助さんに渡しますので分けて下さい」
「有難う御座います」

 兵庫は乱れ箱を持ち上げた。
「これは勘助さんがお梅さんとの婚礼の折りに着て頂くために、寮内の女たちが一針入れては結び仕上げた、固結びの婚礼服です。受け取って下さい」
「ここに来て間もない私に、有難う御座います」
先程まで笑みを絶やさなかった勘助が、涙声に成った。

Posted on 2015/08/13 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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