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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第六話 折れた虎徹(その4)】 

 兵庫はその日の夕方、二升ずつ二回餅を搗き、次の日は三臼搗いて一斗の餅を搗き終えた。
伸し餅7升、海苔・胡麻を加えたかき餅二升、お供え分が一升であった。
一休みした兵庫は台所に行き、その板の間に敷かれた筵の上に並べられた餅を指で押した。
それを見たおうめが
「兵庫様。向こうの隅から搗いた順に並べて在りますよ」
「分かりました。包丁と俎板(まないた)、それに濡れ布巾を」
おうめが直ぐに言われた物を用意すると、兵庫は昨日搗いた餅から切り始めた。
三男の兵庫に長年任されたのが、暮れの餅つきと餅切りだったのである。
単純な作業であったが、何もしないで居るよりは良いのであるが、その作業もその日が暮れる前に終わってしまった。

兵庫にとって退屈な日が続く中で、嘉永二年が暮れ、嘉永三年が明けた。
元日の祝い膳は当主夫妻、兄夫妻に兵庫も加わり、年に数度しか使われない膳・器を使い行われた。
一家の主多門がよき年の始まることと、鐘巻家の末永く栄えることを祈念した。
父の話が終わると
「一番若いのは兵庫ね」
鐘巻家で一番若いのは、兵庫が生まれてから一度たりとも変わったことは無いのだが、母の口癖になっていた。
嬉しそうに屠蘇器を乗せた盆を持ってきて兵庫の前に置き座った。
朱塗りの三つ重ねの一番上の小さな杯を取り左手を添えると、母の持つ銚子が三度小さく動き、その度に屠蘇が少しずつ注がれた。
兵庫はそれを三度に分けて飲むのだが、何の薬草が浸されたのか、これまでに何度も飲んできた屠蘇であったが好きになれない味であった。
しかし飲まなければその年が始まらないので型どおり飲み干し、その杯を兄へ回した。
小杯が兄・兄嫁・父・母と回り終わると、次の中杯は兄から始まり兵庫で終り、大杯は父から始まり兄嫁まで回り、長く感じられた鐘巻家の屠蘇三献が終わった。
 この後、真新しい柳箸を手に取ってからも一事が万事で肴、お節、雑煮となんとも、まだるっこい調子で食べたのであった。
祝い膳が終わると
「兵庫、わしの代わりに恵方参りの供をしてやってくれ」
「はい、父上。今年の方角はどちらになりますか」
「嘉永三年は庚(こう)戌(じゅつ)ゆえ、方角は庚(かのえ)だ」
「申(さる)酉(とり)の間になりますが、そちらは御城です。母上は近くの稲荷でよろしいですか」
「いえ、少し南になるけど愛宕神社、そう今朝は晴れているし見晴らしも良いので愛宕神社にします」
「旦那様、私も愛宕神社にお参りしたいのですが」
滅多にものを言わない兄嫁の玉枝が兵馬に言ったのだ。
「兄上、御用があるのでしたら私がお供しますが」
「そうか、今日は父上とお奉行にご挨拶に参るので頼む」
「それでは、支度が出来ましたら呼んで下さい」
兵庫は女二人の喜ぶ顔を背に受けながら部屋に戻った。

Posted on 2011/07/04 Mon. 04:13 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学