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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第七話 兵庫三番勝負(その1)】 

 ここ板橋宿、平尾にある雲風流養理館相川道場に、竹刀の打ち合う音が響いていた。
食客の佐々木平助、岡部八郎、鐘巻兵庫の三人が負け代わりの掛かり稽古をして汗を流していると、道場主の相川倉之助がやって来て、稽古に加わった。
激しい打ち合いが四半刻ほど続き、疲れを見せ始めていた倉之助が音を上げた。
それを待って居たかのように稽古を終わらせた三人と倉之助が道場の床に車座に座り話を始めた。
佐々木、岡部から宿場の様子を聞き、頷いていた倉之助が、話の外に置かれていた兵庫を見て
「何か、言いたそうだな」と誘った。
「先生、兵法において卑怯とは何でしょうか?」
相変わらず硬い兵庫の問いに倉之助は
「兵法において卑怯などない。命を懸けた勝負には、その勝ちを得る為に何をしてもよい。大事なことは他人がどう思おうと、己では卑怯などとは思わぬことだ。さもないと勝ちへの執念が鈍るからな」
「兵庫にはまだ侍の尾が付いているから無理かもしれぬな」
と岡部が云うと、それに続き佐々木が
「そもそも、この世の決まりは勝者が作ったものだ。勝ち残ったものがその時の正義を唱えるのだからな」
言われる事は理解できても納得が出来ない様子の兵庫は物足りなさそうに倉之助を見た。
「誰もが知る喩えで申すなら三大仇討ちと持て囃(はや)されるものだ。曾我兄弟は工藤祐経を夜討ちし、また荒木又衛門は待ち伏せをした。浅野の浪士は徒党を組んでの夜討ちだ。己が目指す勝ちを得たと思ったら、その後はその時、世を司る者の正義に身を任せればよい」
「わかりました」

 まだまだ世慣れしていない兵庫の問いに、応えていた倉之助、何を思ったのか
「兵庫、今日はお主に稽古をつけてつかわそう。先ず、刀を持ってきて、わしの前に座れ」
兵庫は喜び、刀を取りに立ち上がり、佐々木と岡部は道場の端へと退いた。
兵庫が刀を置いて座ると
「兵庫、何ゆえに刀を右に置くのだ」
「はい、それは作法と存じますが」
「それではわしも兵庫の言う作法に従い、刀を右に置く事にいたす」
倉之助は背後の刀掛けから刀を取り、兵庫との間合いを一間半ほどとり座り直した。
「兵庫、よく聞け。お主は鏡新明智流の居合いを心得ているゆえ、普通に戦えばお主はわしに勝つ。しかし、刀を右に置いての居合いならわしが勝つと思うぞ。真ん中に敵が居ると思い斬るがよい。お主が鞘に右手をかけたら、わしも抜くからな」
兵庫は左手で抜く動作を頭の中で何度か反芻(はんすう)し覚えさせると、ゆっくりと右手を刀に伸ばしていった。
兵庫は、いったん刀の手前で手を止めたが、意を決したか鞘を掴むと引き寄せ、左手で柄を握り抜刀しようとした。
ここまでは双方五分に見えたのだが。
刀を鞘走せる早さは全く別で、兵庫が抜き終わった時には、倉之助の刀は刃音鋭く振り切られていた。
「全く駄目でした」
「べつに恥じる事はない。だが世の中には異形の技を使う者が存外多い。この左居合いだが、世に左利きは多く、その異を嫌い、多くのものは常の稽古に励むが、中には常の他に、己の異を生かすことを励む者も居るのだ」
「分かりました」
「作法は大事だが、形ばかりの作法があることを心得ておくように。折角であるから、裏に出て少し竹を切ることに致そう」

Posted on 2011/07/28 Thu. 05:08 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学