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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第八話 請負上意討ち始末(その9)】 

 矢島が閉じこもっている川崎の屋敷は深川富岡八幡近く、木立に囲まれた中にあった。
目付けの山本矢衛門は門を守っていた藩士となにやら話していたが、脇門をくぐり目付け以下五名の討手が屋敷の中に入った。
目付けは玄関に近づくと、中に向かって叫んだ
「矢島、殿の仰せである。屋敷より出、藩邸まで我等と同道致せ」
暫らくして、雨戸も閉め切られた中から
「踏み込むものは誰とて容赦なく切り捨てる。覚悟し踏み込むがよかろう」
「もう一度申す。親類縁者にも咎(とが)が及びかねぬぞ。出て参れ」
中からの返事はなかった。
素直に応じない相手に討手の山本は覚悟を決めたのか、振り返り
「致し方ない。踏み込むことにいたすか」
しかし兵庫は己が先に勝手の分からぬ薄暗い部屋に入ることに身の危険を感じた。
こんな所で死にたくは無い。
その思いが兵庫の口を開かせた。
「お目付け殿、お待ち下さい」
「なんだ」
「矢島殿はこの屋敷から逃げる機会は、此れまでにいくらもありました。それを出なかったのはここで死ぬる覚悟。暗く狭い部屋に踏み込んでは怪我人が多数出ましょう」
「しからば、如何致すのじゃ」
「矢島殿は自栽せずに今も居られるのは、何か心残りがあるのでしょう。出来ればその心残りの一つでも私が取り除けば、矢島殿も心静かになられると存じます」
「して、その手立ては如何致すのじゃ」
「お任せ下さい」
 兵庫はひとこと言残し玄関に近づいた。
「矢島殿、鐘巻兵庫です。今朝の竹刀での手合わせでは遅れを取りましたが、今一度、真剣にてお相手してもらえませぬか。お気づきとは思いますが、あの時は勝ちを譲ったのです。今度は真剣勝負、決して勝ちは譲りませぬ。勝負に邪魔は入れさせぬゆえ、今一度お願いしたい」
暫らくして中から
「鐘巻殿か、確かにあの勝負お主の胴の方が早かった。冥途の土産にお主の雲風流を道連れにするのもよかろう。邪魔者は全て門外に出し門を閉めろ。そうすれば出て行き勝負いたす」
「承知しました」
兵庫は、目付けに向かい
「ここは、私と矢島殿の勝負。門外へ出ていただきたい」
目付けは踏み込んでけが人を出すよりは良いと考えたのかは分からなかったが、兵庫の言葉を聞きいれ門外へ出て行った。
兵庫は、下げ緒を抜き、襷を掛け、渡されていた鉢金を締めると
「矢島殿、支度ができました。お出まし願いたい」
暫らくして、雨戸が開けられ、矢島は血を浴びた薄物一枚を羽織り、抜き身を下げ庭に飛び降り、大きく息を吸い、静かに吐いた。
「鐘巻殿、人切りでは拙者に一日の長がある。わしに、もはや怖いものは無い。覚悟してかかられよ」
兵庫は愛刀の源三、二尺二寸五分の鯉口を切ると、静かに刀を抜き、
「私もこれまで何度か真剣勝負をいたしました。幸いにもたいした怪我もせずにここにいます」
「そうか、お主も人を斬ったことがあるのか」
「相手に傷を負わせただけです。私も浅手をその度に受けてきました」
「そうか、此度は浅手では済まぬと思え」
「はい、勝負は時の運。参る」

Posted on 2011/08/31 Wed. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学