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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第十三話 怨念(その2)】 

 雷門をくぐると仁王門までの参道の両側には小さな土産物屋や看板娘を置く楊子屋、空(す)いた小腹を狙うように団子などを食わせる店が隙間無く並び参詣客を引き込んでいた。
「私、深川に居たのに川よりこっちの江戸はあまり見たことないんです。観音様も初めてです」
「私も道場と屋敷の行き帰りに少し寄り道するぐらいで、八丁堀界隈から出ることはあまりありませんでした。江戸切り絵図の外に出たのは蕨が始めてでしたよ」
その言葉に幸は蕨を訪れた兵庫との出会いを思い出してはいたが口には出さず、その代わり兵庫に少しばかり寄り添い歩いた。
 二人は買う気はないのだが、面白そうな土産物屋に立ち寄りながら、仁王門を通り観音様の祭られる本堂前に出た。
その大きな伽藍や五重塔を見上げる幸の顔からは憂いは消え代わりに笑みを浮かべていた。

 お参りを済ませた人が次にすることは物見遊山の奥山見物である。
兵庫は本堂の西側を通り抜け奥山へと幸を案内した。
水茶屋、よしず張りの矢場、見世物小屋が並び声高く呼びかけ、あるいは手招き、挙句の果ては客の手を掴み引き込もうとする者さえ見えた。
「賑やかね」
「この賑やかさに惹かれて人は集まるようですね」
「食べるわけでもなく、見るわけでもなく、ただ通り抜けるだけでも元気が出そう」
「それは良かった」
 足の向くまま待乳山に上り、聖天宮にお参りし、兵庫が眺望を楽しんでいると、幸が
“夕暮れに、眺め見渡す すみだ川 月に風情を待乳山~ ”
と端唄を唄い
「ここだったのね。ほんとに見晴らしがいい・・」
兵庫は遠く見ていた目を移し、幸の喜ぶ様子を楽しんだ。

 翌日、兵庫は日本橋に出かけ幸に櫛を買ってあげた。
大して高いものではなかったが、幸は喜んでくれた。
その喜びの余韻を残しながら駒形の家まで戻って来て、隣の家との廂間(ひあわい)の路地を抜け裏木戸から入ると勝手の戸が開け放されていた。
 兵庫は幸をその場に残し、勝手口に歩み寄り中に入ると、土間には割れた火鉢が転がり、灰がばらまかれていた。
兵庫は用心深く中を伺ったが人の気配は無い。
裏木戸に待たせておいた幸を呼び入れ、兵庫は台所へ上がり更に座敷へ入った。
そこには剥がされた布団と炬燵のやぐらが転がっていた。
土足の足跡は複数の賊が入ったように思えたが、その足跡は表の板の間には残っておらず台所と居間だけであった。
「あらあら、この家まだ厄が払われてないようね」
「火事出さぬようにと土間に灰を撒いてくれたのは有難いのですが、悪戯にもほどがあります」
「竈(かまど)には火は残っていませんので、旦那様・・」
「分かっています。隣に行って貰ってきます」

Posted on 2011/11/30 Wed. 05:35 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学