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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第25話 師走の足音(その9)】 

 その桑原は既には平九郎の間合いが判っていた。
それは、兵庫との稽古を暫らく見ていたからだった。
平九郎は己の間合いに入ろうとすると敏感に桑原の竹刀が呼応するのを見て手を焼いていた。
竹刀試合、それも三本勝負。
これが、平九郎の短慮を誘い、平九郎の間合いに入った所で地を蹴らせ、桑原の籠手を打ちに出た。
桑原にとって平九郎の籠手打ちも読み筋で、打ちかかる竹刀を弾き流すと面を打ち返し、すれ違った。
平九郎にしても打ち返されることは兵庫との鍛錬の中で経験済みで、首を振り体を逸らしなんとかかすられただけですませた。
桑原にしてみれば、一本取れたと思ったのだが、平九郎の打ち込みが存外鋭く、重い竹刀も相まって、反応が遅れると同時に僅かながら剣先の速さを減じさせられていたのだ。
兵庫との立会いを見せたのは平九郎にとって不利に働いたが、地天流の慣れない竹刀は平九郎に味方した。
こうなると、平九郎も仕掛けるのをためらった。
桑原は三十半ばを過ぎているように見え、既に平九郎のような速さはない。
しかし、それを補う受け技を身につけていた。

 その時、座敷の中で動きが生じた。
「多恵様、お父上様のお隣までお進みして頂けませぬか。平九郎にお力を貸してあげて下さいませ」
多恵には志津の言葉が飲み込めなかったのだが、父の金子宗太夫には分かった。
「多恵、前に出なさい」
父の言葉に多恵が進み出てきた。
外からは部屋の奥は暗く並ぶ侍の後ろに控えていた多恵の姿は殆ど見えなかった。
華やかな振袖姿の女が現れ、己を見ているのを平九郎に気がつかせるまで時を要さなかった。
不思議なものである。
人の力を振起させるのは僅かなきっかけである。
平九郎の脳裏に今朝方兵庫から言われた“嫁は己の力で貰いなさい”が思い出されてきた。
 平九郎の足裁きに生気が蘇り始め、進んでは退きが繰り返されていたが、その退いた遠間から再び地を蹴った。
それは、桑原が予期していた平九郎の間合いを越えていた。
思い込みは禁物である。
兵庫と平九郎の立会いを見、さらに最初の平九郎の仕掛けから平九郎の間合いを見切った桑原だったが、それが落とし穴であった。
籠手を打たれた桑原が
「まいった」の声を発した。
兵庫もまた
「一本」の声を発した。
「三本と思いましたが、とうてい勝てそうもありません。拙者の負けでござる」
そう言うと、桑原は平九郎に頭を下げた。
平九郎も、礼を返し、座敷に向かい頭を下げた。
「見事だ。桑原を打ち負かすとは・・」
 金子は試合を見届けると、平九郎に会うこともなく、来た時と同じように供を従え帰って行った。

Posted on 2012/05/31 Thu. 04:38 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学