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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第29話 夏落ち葉(その12)】 

 話には聞いていた兵庫の技を見せられ、金四郎が尋ねた。
「今のが、あれか?」
「はい、目釘外しで御座います」
「真似の出来ぬ技じゃな」
兵庫が披露した目釘外しは、上段に構えた大刀を投げると同時に走り、脇差で止めを刺す秘剣の筈だったが皆に披露した。
その意図は侍には真似の出来ない技と思ったのか、刀の時代が終わろうとしているのを感じていたのか不明だが、この日以降、この秘剣を真似する者も、打ち破る者も兵庫の前には現われなかった。

 兵庫が下がると。
「殿。これにて挨拶いたす者は全て出揃いました」
「いや、まだじゃ。兵庫、志津を連れては来なかったのか」
「何処かに居るはずですが」
兵庫があたりを見回していると
金四郎の後ろに控えていた腰元が
「志津様は、台所で鰹をさばいて居られます」
「何、鰹! 初鰹か」
「はい、棒手振り辰五郎と申すものが、海幸から貰ったものだと申し持って参りました。その鰹が多量のため手助けすると台所へ入っております」
「分った。お加代、鰹は他の物に任せ、志津をここに連れて参れ」

 暫らくして志津が金四郎の前の庭にやって来た。
「殿様、遅れまして申し訳御座いません」
金四郎は志津が美しいと言うことは前々から聞いていた。
兵庫の腕前と同じように百聞は一見に如かずと会ってみたくなったのだった。
しかし、たいした用も無く呼び出した志津が目の前にやってくると、その美しさに年甲斐もなく見とれた」
「旦那様。後ろから老女の声が飛んだ」
我に返った金四郎が
「先ほど兵庫の技を見せてもらった・・のだが・・・」
歯切れの悪い金四郎を見た志津が察して
「その様なことでしたら、お安い御用ですが、今は主人の目が御座いますので、はしたなき事は致しかねます。殿様は先ほど俳句のお話をなされましたので、一句献上差し上げとうございます。短冊と筆をお貸し下さいませ」
用意された短冊と硯箱が廊下に置かれた。
志津は筆に墨を含ませ、短冊を取ると庭を見回し、しばらく考えていたが書き始めた。
書き終わると、金四郎に顔を向け
「殿様。この句は、ここに集いました若い者から、お年寄りの皆々様への御礼の気持ちで御座います」
そう言うと筆を硯箱に戻し、短冊を篠塚に託した。
金四郎は受け取った短冊の文字の美しさに目を見張り、暫らくして読み声をあげた。
「常葉樹の根元を飾る夏落ち葉」
「如何でしょうか」
「わし等年寄は夏落ち葉か」
「若い者は年寄りの知恵を肥やしとして育つもので御座います。庭の常葉樹の若葉も同じで御座います」
「この短冊貰っておくぞ」

 この後、何皿もの大皿に盛られた初鰹の刺身に辛子醤油が添えられ、酒も出されると、町方の者、侍衆が八重桜の元にあつまり、束の間だが花見酒となった。
 座敷内では金四郎が年寄りと志津を相手にこれまた束の間の昔話に興じたが、それも昼の鐘でお開きとなった。
 一人一人、金四郎に挨拶しながら出て行くのを、金四郎も最後まで見送った。
最後の兵庫と志津が帰っていくのを見ながら
「夏落ち葉か・・・」とつぶやいた。

第29話 夏落ち葉 完

Posted on 2012/09/02 Sun. 05:39 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学