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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第36話 因縁(その2)】 

 兵庫はもともと、家の中で過ごすより外で陽を浴び一日を送る方が好きなのである。
であるから、駒形に前妻の恋女房の幸と共に引っ越してきた後、暫らく外出し幸を見知らぬ土地に一人で過ごさせてしまった。
幸が己の小料理屋を人に譲り、駒形にやってきたのは兵庫と共の日を送りたかったからだが、その夢を兵庫の出歩きが霧散させた。

 暫らくして幸の様子の異変に気づかされた兵庫は、共に過ごす時を持つため買った家の庭を道場にすることを思いつき、兵庫は流行らない道場主稼業を始めた経緯があった。
その道場稼業は幸がお産でこの世を去った後も、たいして時を置かずにやってきた押しかけ女房の志津を一人にすることが出来ず、道場稼業が流行らなくなっても止めずに続けてきた。
しかし、数少ない門弟が居なくなり気が付いてみると、志津を行儀見習いと家の手助けを兼ね長屋からやってくる双子の姉妹に取られていた。
兵庫は妹が生まれ母親に相手をされなくなった長男の気持ちに似たものを味合わされたのだ。
それなら好きな外へ出ればよいのだが、こんどは心配なのだ。
志津は絶世の美女で、女だけの住まいのまま、長く留守できるほど、世の中は平穏ではなかった。
その平穏は、良かれ悪しかれその地の顔役の存在があって保たれていた。
駒形の地では兵庫の存在が地元の荒くれを押さえていた。
しかし、浅草には多くの参詣客や物見遊山の客がやってきて、またその客を狙う悪党も居たのだ。
ただ、剣術指南の看板が掛かった家にそのような悪党がくることは先ず無いのだが、看板は道場破りや武者修行の者を呼び込むことになる。
色々考えると心配で長い間留守には出来ないと、兵庫の足は外に向かなくなっていた。
暇な道場に居ながらにして、少しでも退屈さから逃れるため、届けられた多量の具足を売ることにしたのは、自然の流れだった。
しかし、店を開いたことが益々兵庫を家から離れることを妨げることになった。
いつ来るか分からない客を、草鞋を作りながら待つことになったのだ。

 外の人通りが増えるに従い、戸口から入って来る侍が居るのだが品物を見、値段を聞き帰って行くのだ。
兵庫は夕飯を食いながらぼやいた。
「入ってきた者の二人に一人、いや五人に一人でも良いから、何かを買ってくれれば張り合いがあるのですが・・・」
「旦那様。それは無理というものですよ。中(吉原遊郭)では素見(ひやかし)千人客百人と申しておりました。まずはこの一割の客を得るために日に十人の素見を招き入れ、その一人を確実に客にすることです」

Posted on 2012/11/30 Fri. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学