fc2ブログ

10 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 12

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第33話 巣立ち(その10)】 

 朝飯を食い暫らく腹ごなしをしていると、辛(かのと)の日で儒者の川北山海がやってきた。
門弟三人は道場に残って講義を受け、兵庫と木下佐十郎は道着姿に稽古道具一式を持ち、草鞋を履き川向の本所、石原新町へ出かけて行った。
 草むしりされた空地の一角に注連縄が張られ、地鎮祭の神事が行われた。
道場建設の肝煎り役に祭り上げられた旗本村野家の隠居、善左衛門が、御用が無くやってきた武家や、金を出してくれた商家の旦那衆を前に挨拶をした。
出来た道場の師範役を務めることになっている兵庫が改めて紹介され、兵庫は留守の時の代稽古を頼んだ木下を紹介した。
その後、集まった者が修祓(しゅうばつ)を受け、呼ばれた兵庫も玉串奉奠(たまぐしほうてん)などをし、堅苦しい神事は終わった。
「鐘巻さん。ずいぶんと暇な侍が居るもんですな」
「私等もですがね。支度をしましょう」
支度とは言うまでも無く剣術の支度である。
神事は簡単に済ませ、その後は野稽古をすることになっていたのだ。
集まった若い者の多くは家の惣領ではない者たちである。
それらの家を継ぐことが出来そうも無い侍の多くは他家に養子に行く道を求め文武に励んだ。
要するに、けっして弱くは無いのだ。
「木下さん。始めが肝心ですからね」
「分かっておる」

 兵庫と佐十郎が支度を済ませ、空地に足を踏み入れると直ぐに前に立つ者が現われ、
「安達佐間之助。お願いいたす」と名乗りを上げた。
「鐘巻兵庫、お相手お願い申す」
一礼して稽古とは名ばかりの野試合が始まった。
広い空地なのだが、出ているのは兵庫、佐十郎の他数組で多くは兵庫と佐十郎の立会いに目を注いでいた。
安達はかなりの修業を積んだと見えて、打ち込みの強さ、速さなど町道場の目録並みの実力を備えていた。
しかし、ここは床が張られていない野道場で足場は悪く弾力も無い。
それだけで間合いが減じられ、打ち込む竹刀が兵庫に充分届かない。
相手の間合いと実力をほぼ見切った兵庫が気合いを掛けると、あとは一方的に攻めまくり打った。
実力差をはっきりと認めさせると「参りました」と礼をして下がっていった。
 相手が代わり何度か同じ事を繰り返したが、最初の安達以上の者は現れなかった。
佐十郎は兵庫に上手く乗せられ、十日間ほどの他流試合で体力と勘が戻り始めて居り、打ち負けることは無かった。
集まった中で主だった者が野試合もどきで敗れていった後は、空地一杯に稽古が始まり、
兵庫も佐十郎も相手に合わせて稽古をし、昼少し前道場に引き返した。

Posted on 2012/11/03 Sat. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学