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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第49話 騙り(その7)】 

 途中、明け六つの鐘がなり、兵庫が亀戸の吉衛門夫妻、鍛冶屋を始めた辰五郎と栄吉に顔を見せた。
そして大川に架かる吾妻橋を渡り切ろうとやってくると花川戸側から様子の良い若侍が着流しに二本を落とし差しにして橋を渡り始めていた。
兵庫は見かけぬ侍を見たが、若侍は股引きに半纏に頬かむりした町人姿の兵庫に一瞥すらせずにすれ違った。
 その若侍のようすに何故か兵庫の勘が働き始めた。
橋を渡りきると走るのを止め、欄干端の親柱の影から去っていく若侍の後姿を見ていたが、橋の中程まで行ったところで、兵庫は追い始めた。

 兵庫にとって本所の主だった道で通らなかった所は無く、追うのは容易の筈だった。
だが、若侍は吾妻橋を渡ると左に曲がった。
中之郷瓦町かと思っていると、掘割にかかる源兵衛橋を渡り、向島への道を選んだ。
そこには水戸下屋敷が在るのだ。
まさか水戸屋敷に武家が袴も履かず出入りする筈も無く、やはり表門を通り越していった。
朝早く人通りの少ない大名屋敷の表通りを歩き遠ざかって行くのを兵庫は橋を渡らずに見ていたが、二人の間が三十間程に開いたところで、再び追い始めた
兵庫が大川沿いを竹屋の渡しまで来て、追うのを止め渡しに下りる素振りを見せていると、若侍は、目隠しに植えられた常緑の樹に囲まれた長屋に入っていった。
そこは料理屋平石の使用人たちのために建てられた住まいだった。
兵庫は通行人となり若侍が姿を消した長屋の木戸近くまで行くと、話が聞こえて来た。
「野口の旦那。新米用心棒のくせに今日も朝帰りですか」
「今は、奉行所や町衆が私の代わりに用心棒をしていますので、出番がありません。朝帰りの方は今日でお仕舞になりそうです。頂いた前金が尽きてしまいましたから」
「頭の青い若衆姿だから、お金が無くても持てるだろうけど、女将さんの相手もしないと追い出されちゃうよ」
「私は腕を買われた用心棒ですよ」
「何言ってんだい、青いねぇ」

 兵庫は若侍に話しかける女が何度か口に出した“青い” の言葉を聞かされ、己が侍に感じていた違和感がわかった。
それは吾妻橋ですれ違った侍の月代がこの時期見かける色とは違い青白さを見せていたのに違和感を覚えたことに思いを戻らせた。
長い間髪の毛で覆われ陽を浴びてこなかった頭を剃った時の月代の色だった。
 侍にとって総髪をやめ、月代を剃るのは大きな変化で、大方は此れまでの暮らしを変える時に現れる決意のようなものだった。

 兵庫は若侍が長屋の一部屋に消えるのを見て、駒形へと引き返した。
途中、番屋に寄り、番太の駒蔵に定廻りの久坂か岡っ引きの勇三が来たら、家に来るよう言伝をした。

Posted on 2013/06/30 Sun. 04:30 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学