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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第57話 親子(その5)】 

 暫くして、
「鐘巻殿と申されたな。拙者はただの浪人、勘違いをなされておられるようだ。顔を上げてくさい」
「私には浪々を自ら選んだ姿に見えます。浪々をいとわず、その道を選ぶのは、武家の武家たる覚悟の証かと存じます」
「ほ~面白いことを申されますな。ならばお聞きするがお主は浪々をいとわないのか」
「私は御家人の三男で、一時は剣で名を上げ他家への養子口を望んだことも在りました。修業が進み名も少しばかり上がった頃、ある藩から仕官の話が御座いました。しかし断りました。遅かれ早かれ職を辞すか、腹を切るかの道が待っていると思えたからです。今は武家としては浪々の身同然ですが、その暮らしを人として楽しんでおります」
「また、面白いことを聞かせてもらった。武家から人になれば浪々もまた楽しいのか」
「多少の金は必要ですが、その金も武家の表看板を主の為ではなく人のために使えば得られるものです」
「例えばどのような事に使った」
「昨年霜月の事ですが、ある者の身代わりに成り拉致され、拉致先で暴れました」
「なるほど、それでいくら稼いだ」
「二人で千両でした。嘘ではありません」
千両と聞き、傍らにいた妻子が驚く様子を隠さなかった。
武家は兵庫を見ていたが、腰を上げた。
「拙者、奥村弥太郎と申す。志乃、隼太。暫く鐘巻殿の道場で人として過ごすことにする。立ちなさい」
隼太と呼ばれた元服前の子は、かなり疲労の色を見せていたが、行先が決まったことで目に生気をよみがえらせた。

 兵庫に案内され、やって来たのは間口五間の町家
「ここです。人の住むところです」
「道場と申したではないか」
「確か、“名ばかりの”とも申したはずです。ご覧下さい。看板が掛けてあるでしょう」
三人は出格子に掛けてある三つの看板を見た。
「色々とやっているようだな」
「はい、道場の他も、暖簾も出せない名ばかりの具足屋、始めたばかりの養育所です。お入りください」

 家の中に入った兵庫は、帳場で番をしていた虎之助に
「内藤さん、養育所の凡その残金はいくらですか」
と唐突に尋ねた。
 養育所の収支については昨年晦日の締めを報告してあり、兵庫が知らないはずがない。
客人の目で台所事情を話すのには何かが在ったのだろうと思った虎之助は素直に応えることにした。
「昨年暮れの締めで九百八十五両でしたが、今年になってからの出金は越ヶ谷の入金で間に合っています」
「分かりました。こちらのお客様は奥村様ご家族です。暫く教えを乞うため二階の一室を開けて下さい。乙次郎さんと仙吉さんには下谷に借りてある家に移って貰います」
「鐘巻殿。それはいかん。ここの住人に迷惑をかけるのは遠慮したい」
「迷惑と思う二人ではありません。タガが外れたことをむしろ喜びますよ。それと隼太殿にはここに住んで居る子供たちの見本になって欲しいのです。さあ、お上がりください」

Posted on 2014/02/28 Fri. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学