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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その1)】 

 嘉永六年二月二日(1853-3-11)、兵庫は客が来ない具足屋の主として帳場に座り、手持無沙汰を紛らわすため草鞋(わらじ)つくりに精を出していた。
そこへ妻の志津が茶を持ってやって来て脇に座った。
「なにか、在りましたか」と兵庫が打診した。
「いいえ、何も起こらないのが心配なのです」
「それは難問ですね。太平が心配ですか」
「太平は良いのですが、太平が続かないのが世の常ですから、太平慣れしていてはいざと云う時困るのではないかと・・・」
「子供たちの事ですね」
「はい、十より上の子は世間では小僧として働き始め荒波に揉まれています。下の子はよその子と親しみ己の居場所を確かめています。我が家の子たちもここに来てより長い子はふた月が経ちます。他人様との交わりをさせては如何でしょうか」
「そうですね。考えてみますが、先ずはご近所巡りをして可愛い子が居ることを知らしめてきます。そうだな、これから大助とお玉を連れ太平では無い世の中を見せてきます」
「あら、私は渡りに船の話を持って来てしまいましたか」
兵庫は返事をせずに笑い
「四半刻ほど帳場の番をしてください」と頼んだ。
「それでは、草鞋を片付けて、私の組紐の道具をこちらに持って来て下さい」
兵庫は言われたようにしてから、いつもの着流し姿ではなく滅多に見せない羽織袴姿になった。
わざわざ侍の正装をし、幼い、それも町人の子としか見えない子どもの手を引き出て行く兵庫を見送った志津だったが、兵庫の意図が分からなかった。
当時武家が子供と遊ぶのは外界と隔てられた屋敷内で行うもので、外出時に子供と手をつなぐなどまず見られなかった。
その必要があれば、その役は供の者が行ったのだ。
 兵庫が知らぬ筈はない。
事実兵庫も子供と手をつなぎ歩き思い出そうとしていた。
父や母に手を引かれどこかに行った記憶など無く、思い出せるのは、今は老いてしまった小者の佐吉に手を引かれたこと、背に負ぶさったことだった。

 兵庫が子供の手を引き駒形の町をのんびりと歩くと、普段なら気楽に声を掛ける店の者も、かしこまった武家姿の兵庫には頭を下げるだけで声を掛けず、楽しそうに歩く見慣れぬ子供が誰なのか? ああ、養育所を開いているのでその子だろうと思い見送る者が多かった。

 分別をわきまえた大人とは違い子供も普段とは違う反応を見せたのだ。
駒形に住む、まだ小僧に出されていない子供たちの多くが兵庫の事を知って居た。
それは強い、怖い、人を斬るなど噂の範囲だったが、一方、駒形の大人たちが兵庫を頼みにしていることも知って居た。
表通りには姿を見せて居なかった子供たちだが、兵庫が子供と手をつなぎ歩く姿を路地とか店の中から見ていた。
見ていたのは兵庫ではなく、むしろ手をつないでいる子供の方だった。
子供の嬉しそうな顔、聞こえないが子供が話しかけると兵庫が笑いながら返事をしていることだ。
これが、兵庫を遠くから見る子どもに、怖いという兵庫の噂に優しいと上書きしたのだ。

Posted on 2014/06/30 Mon. 04:02 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学