06 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 08

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第60話 恵みの雨(その32)】 

 いざ鎌倉と云う時、使う武具・防具を常日頃から用意しておくのが武家の心得である。
余裕のある家では、代々の当主の物を新調する。
そして端午の節句には代々の鎧を部屋に飾り、見せびらかした。
だが、武家の台所事情は厳しい。
新調することなくご先祖様が残した物を使えばよいとなることも、そして更に暮らしが苦しく成ったり、また金が必要に成ったりすると伝来物を質に入れ流してしまう。
 続いた天下泰平がそのことを助長し、残る具足はお家の祖、中興の祖と崇め奉られたご先祖様の物だけとなる家も少なからずあった。
当主の物さえ満足な物が無い家では、部屋住み者の物まで手が回らない。
それどころか戴く禄高に見合った家来さえ雇えない実情があった。

 兵庫は武家の懐具合を知る鉄五郎の話に合わせるように、
「当主は伝来の合わない鎧を身に着けるでしょうが、なにも用意出来ていない子や身内のために支払える金は仰る通り、その程度でしょう」
「となると、利は多くは乗せられません。もし鐘巻様が売れ残りの返品なしのお約束をして頂けるのでしたら、手前どもでは一両で作り込み、それに二朱の利を乗せお届けします」
「たった二朱で良いのか」
「はい、結構です。それでも千人分納めれば二千朱ですから百二十五両の利が年内に手に入るのですから」
「なるほど、その百二十五両渡せるように何が何でも頑張ります」
「今日の支払いは、三十二両と利益分の六十四朱で良いのですか」と内藤が念を押した。
「構いませんが、今日の物、次に納める物までは上物で一両で出来る品物では御座いませんので、売値を上げ、余裕あるお武家様に売られたら如何ですか」
「そうします。ところで、原価一両の物が五十ほど入るのはいつ頃になりますか。こちらで仕上げて売るのですが、その前に引札を頼み、武家に配らねばなりませんので」
「今、組み上げを三人でやっているのですが、安いからと云って、いい加減な物は納められませんので、人は増やさずにやります。ですから、急いでも日に九人分が限度でしょうか」
「そうすると、六日掛かると云うことですね。こちらで出来ることは引き取りに行くぐらいですが、いくらか手助けになりますか」
「それは助かります。今日は七日ですから、八、九と中二日置いた十日に来て頂ければ十六人分をお渡しいたします」
 何を思ったのか兵庫は立ち上がり、置かれている三つの櫃に、次々と手を掛け持ち上げては下ろしていった。
「十六人分なら背負子を使えば運べそうです。この櫃を通いに使わせて下さい」
「それでは櫃を持って帰りますので、中身を出してください」
 兵庫が中身を出していると、内藤は帳場机に紙を置き何やら書き、書き終るとの引き出しから金を出していた。
「鉄五郎さん、代金〆て三十六両お支払いいたしますので、受取証に爪印をお願いします」
鉄五郎は受取証に爪印を押し、代金を懐に納めると、外で待つ男を呼び入れ櫃を運び出させた。
「それでは失礼します。十日お待ちしております」

Posted on 2014/07/31 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学