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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第61話 結び直し(その33)】 

 道場の夕膳に皆が揃ったところで、兵庫は口を開いた。
「見慣れぬ男が居ると思いますが、弟子の大村源次郎です。短い挨拶をさせますので聞いてください」
名指しされ源次郎は一礼した。
「私は昨年二月から十一月の初めまで鐘巻先生にご指導を頂いて居ました大村源次郎と申します。訳あって、この道場を去って三月(みつき)に成りますが、その間中山道蕨宿に道場を開く鐘巻先生の兄弟子であります佐々木先生の道場で修業して参りました。本日、ここを去るに至った難題を鐘巻先生、山中先生のお知恵を借り何とか解きほぐし、ここ道場に戻れる運びとなりました。新参者として、子供たちには良き兄となるよう励みますので宜しくお願い致します」
とまた頭を下げた。
「聞いての通りですが、当面は慣れている具足商いを頼むことにしています。話は此れまでとし・・・頂きます」
「頂きます」
この晩の食事には、この家に住む兵庫夫妻、内藤、お琴と子供たち十三人、合わせて十七人に、裏長屋からは奥村夫妻と新吉夫妻の四人、通いでは桜田にやくざ上がりの常吉、乙次郎、仙吉の他大工の彦次郎と亀吉、建具屋の建吉の七人、今日加わったお道と源次郎、総勢三十人の夕餉だった。

 年齢、性別、出自のことなる大勢が集い暮らすためには、決まり事が必要である。
子供たちには食事を並べ、下げ、洗う役割が決められていた。
この役割が決められた経緯は子供たちに納得の行くものだった。
それは、大人も、子供も分け隔てなく同じものが出されていることを分からせるものだった。
浮浪暮らしで食う物を得ることに苦労した子供たちが抱く大人たちへの不信の一つを取り除くのに役に立った。

 お鉢に残って居た飯や、鍋の汁もお代わりで無くなり、皆の箸が膳に置かれると
「御馳走様でした」と兵庫が発声し、皆がならった。
 子供たちや女衆が立ち上がり配膳の片づけが行われ、道場には男の大人たちが残された。
「桜田殿。継志堂の用心棒に出掛けて下さい。十五日に解き放ちの五人を連れて行きますが、その時に元鳥越で薬種修業の三人と交代して貰います。近くには千葉道場が在りますので退屈しのぎに稽古道具を持参するのも、よいかもしれませんよ」
「そうさせて貰います」
「内藤さん、出掛ける時に少し用立てて下さい」
「分かりました」
桜田と、内藤が道場から出て行った。
「源次郎、暗くなる前にお道を亀戸まで送って下さい」
「分かりました」
源次郎が出て行った。
「常吉さん、乙次郎さん、仙吉さん。元山形屋の番頭常八の探索をしてください。酒代や鼻薬代は内藤さんから貰って下さい」
「分かりました」
「道場から更に三さん人が出て行った」
「新吉さん、気が付かず済みませんでした。お道さんと久しぶりに話をしながら、吾妻橋辺りまで見送って下さい」
「どうも、すいません」
 仕事から戻ってきたら道場に娘のお道が居て気を良くしている。更に娘を捨て、他家の婿養子になった筈の源次郎が居る。事情が分からない新吉としては気になり、二人が消えた母屋(おもや)を見ながらそわそわしていたのだ。

Posted on 2014/09/14 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学