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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第67話 春霞(その9)】 

 裏店の住人の事を心配する兵庫に、大家の弥兵衛は満足げに頷いた。
「その心配は御座いません。七・八年前に遡(さかのぼ)りますが、この鐘巻様の家を持って居た口入屋の善三が庭を作ると言って、金の力で裏店を買ったのです。その為、裏店がこの家を境に南北に分かれてしまい、長屋の連絡や使い勝手悪くなり店子の評判が悪いのです。満也の旦那は、隣の表店が夜逃げされたのを機会に、此処と同じように裏店を表店にくっつけ分断された北側の裏店を無くしていくそうです。と云うことで、今、店子は他に移ったそうです」
「分かりました。先ず、家の中を見させて貰って構いませんか」
「勿論です。表店ですから、何をやっても直ぐに取り戻せます。買われたら如何ですか」
「売れると満也の旦那から御ひねりが戴けるのですか」
「はい、まさに御ひねり程度です。渋いですからね」
「分かりました。お世話になって居る弥兵衛さんのお勧めですから裏店分も買うと伝えて下さい」
「どうも」
雇われ大家の弥兵衛は嬉しそうに出て行った。

「須田町から来られた皆さん、話は聞いたでしょう。今から北隣の家の中を掃除して、一日でも早く薬屋が開店できるように頑張って下さい。年長で経験の多い常八さんの指示で動くようにしてください」
兵庫が新しい店のことを直ぐに決めるのを見て、駒形まで心配しながら来た者たちに、希望の灯が点った。
「皆、行くぞ」と常八が叫び、
「お~」と皆が応え出ていった。

 隣の仕舞屋(しもたや)は間口二間半の二階建てだが、一階は半間の土間が裏まで続くいわゆる通り庭に成っており、店としての使い勝手は良さそうに思われた。
暫く人気が無かったことは一目瞭然だが、散らかっている物は少なかった。
「これでは薬は運び込めない。埃が立たぬよう茶殻を撒き掃いた後、拭き掃除をして清めましょう。
拭き掃除は鴨居より上から始め下へ。雑巾洗いと水汲みは侍衆とお美代、残りでこの家の拭き掃除。出来るだけ多く雑巾を集めて下さい。拭き掃除をする者は踏み台になる物を用意して下さい」
掃除道具だけは隣の養育所にいくらでもあるのは分かっており、十人が掃除に取り掛かるため動き始めた。

 一方兵庫は、具足販売の手伝いをしている中西心次郎と賄の手伝いをしている山内八重を呼び、
「須田町から来たお美代はこちらで仕事をして貰いますが、住まいは押上に成ります。帰る時、連れて来て下さい」
「分かりました」

 そして、仕事をしている仙吉に
「三ノ輪の鉄五郎さんは花見に来て貰えそうですか」
「はい、お糸さんには伝えておきましたが、鉄五郎さんご夫妻と職人が六人の八人が来てくれるそうです」
「それは良かった。歓待しましょう」

 更に台所に行き、
「明日、こちらにお琴さんを寄越しますので、料理の分担を決めて下さい」
「分かりました」
「頭数がだいぶ増えていますが、飛び入りも来るかもしれませんので最終人数に五人程上乗せしておいて下さい。お糸さん新吉さんの都合が付いたら呼んでくださいね。私は此れから大黒屋に行き、御隠居に声を掛け押上に戻ります」

 養育所を出た兵庫は買うことに成った隣の仕舞屋に入った。
ぼろ家とは言ってはいたが、養育所と同じ頃に建てられたのだろう、障子襖の張替と出入り口の立てつけを直せば、店の体裁は整うように思えた。
「だいぶ綺麗になりましたね。少し手を休めて下さい」
十人が拭き上げられた帳場に座った。
「お美代さん、夕飯を食べたら隣で賄い仕事をしている八重さんと押上に荷物を持って来て下さい。住まいは押上に成りますから」
「分かりました」
「男たちは明朝、押上まで子供たちと駆けて来て下さい。顔合わせします」
「分かりました」
 仕舞屋を出た兵庫は駒形に来てから世話になって居る大黒屋の隠居・又五郎を花見に誘い押上に戻った。

Posted on 2015/02/28 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学