02 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 04

洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カレンダー

【鐘巻兵庫 第69話 なみだ(その10)】 

 その鳥羽を兵庫が道場の外に連れ出した。
「鳥羽さん。何が在ったのですか。聞かせて欲しい」
「先生、悔しいのです」と鳥羽は口をへの字にし、目頭を熱くした。
「もう少し詳しく話して下さい」
「雨降りが続き、藩邸の道場に入りびたり稽古をしたのです。稽古に来た者で手に負えない方は居ませんでした。やはり私は上達していたようです」
「それは結構なことではないですか」
「それが結構では無いのです。稽古ばかりしていられる御身分が羨ましいと、妬(ねた)まれたのです」
「それは剣術に限ったことではないでしょう。その種の妬みは誉と思えば良いではないですか」
「そうなのかもしれませんが、近々剣術の稽古総見が在るのですが、それに私は参加できないと云うのです」
「訳は?」
「剣術の総見と云えども文武を見るもので、日頃のお役目を確かにしている者の名から選ばれるもので、私の様に無役で一日中稽古に明け暮れている者が出て、殿様の目に留まっては、お役目をおろそかにする者が出かけぬ。と云う理屈です」
「成る程。それでは、改めて伺いますが、けいこ総見はどの様な段取りで進められるのですか」
「上、中、下屋敷より合わせて十六人が選ばれ、中屋敷に殿様、御重役をお招きして執り行うと聞いています」
「下屋敷から何人選ばれるのか分かりませんが、当然、剣術の腕前は確かめられるのでしょうね」
「はい、しかし、私の様に出られない者や、別の訳で選考を辞退する者も居ると聞きました。やはり名誉は上士の家から出た方が良いとの考えのようです。いくら稽古をしても、此れでは浮かばれません」と鳥羽は、とうとう涙をこぼした。
「何かを考えますので、井戸で、顔を洗ってきなさい」
井戸へ向かう鳥羽を見送ったが、兵庫には、これと言った妙案は無かった。

 朝飯後、兵庫は広間に残った剣術仲間に、鳥羽の稽古が変わった訳を話し、更に付け加えた。
「まだお話していない方も居られますので、改めて鳥羽殿の剣術修業の狙いは鳥羽殿自身の栄達ばかりではなく、奥村弥太郎先生を新発田藩に帰参させるためです。その手順は先ずは鳥羽殿が剣術で藩内に名を高め、その師が奥村先生であることを公言して頂きます。当然、奥村先生がどの様な方かに焦点が移ります。その時、奥村先生自身の事や、致仕した気の毒な訳も話して貰います。二の矢としては異国船が来た直後に、倅が蘭学を韮山代官江川太郎左衛門殿の所で学んでいることも話します。必要なら新発田藩主溝口様と直接話が出来る南町奉行に口添えを頼むことも考えます。なんとかやり遂げたいので、鳥羽さんを稽古総見に参加させる策はありませんか」
「先ずは鳥羽さん剣名を高めることですね。新発田藩の者を襲い、鳥羽殿が助けるというのは如何ですか」
「菅原さん、賊の役を演じて貰えるのですか」
「高倉さんの方が顔が怖いので良いと思う」
「馬鹿言うな。顔の事だったら鐘巻先生だろう。地天流の逃げ足の速さも心得られておられる」
「顔の話は止めましょう。ついでに襲う話も」
「先生、下屋敷は金と情実で選ばれるのでは勝ち目はありませんので、場を、中屋敷か上屋敷に変えられませんか。下屋敷は博打部屋も在る所ですが御曹司や殿様が居る所はまともな実力勝負だと思いますよ」と甚八郎が言った。
「鳥羽さん。どうですか、中屋敷にどなたか伝手(つて)がありますか」
「全くありません」
「知り合いの用人さんに訳を言い口利きを頼んだらどうですか。小判を添えて」と甚八郎が言えば
「居候の身分で小判は出しすぎだ。一分でいい」と兵庫が値切った。

 二人のやり取りを聞き、鳥羽の顔に笑みが浮かんだ
「よし決まった。甚八郎、お頭(つむ)を中屋敷向きにしてあげなさい」
月代(さかやき)がかなり伸びていたのだ。

Posted on 2015/03/31 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学