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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第71話 安堵(その9)】 

 兵庫については色々と興味ある話は多いのだが、祝の席で聞かせる話となると限られてきて、仲明から新しい話が出なくなった。
その隙をつき、酒が回った中西健五郎が、
「鐘巻殿の剣術の腕前は計り知れない所に在る。稽古に来る者たちも誰一人として互角には戦えない。出来れば武勇伝の一つでも聞かせて頂けませんか」と聞いて来た。
「私には武勇伝はありません。何時も逃げ回って居ます。朝駆けをしているのも追いかけるためではなく逃げるためです。お蔭で侍稼業を止めることに成っても、駕籠かきと飛脚で何とか食っていけそうです」
これで座が一辺に砕けた。
「先生、私は棒手振りで食っていける自信が付きました」と肝太郎が言えば
「商いの心得が身に付いてきています」と心次郎が付け足した。
そして、一刻が経ち五つの鐘が鳴った。

 宴が御開きと成り、梅川を出ると服部家の者と中西家の者は最後の挨拶を交わし分かれていった。
この晩、百両と云う大金を懐に入れた中西健五郎は無事押上に戻り、兵庫の役割は終えた。

 四月九日が明け、朝の手順を踏んだ兵庫は、朝飯後駒形の継志堂に入った。
「先生、要蔵さんの養子縁組は終わりましたか」
「はい、常八さん。いくらか暇になりますので得意先回り出来ます。いつでも声を掛けて下さい」
「近々、難敵の小石川養生所にお願いします。養生所が出入りを許してくれさえすれば他も許してくれます」
「分かりました」
「日取りが決まりましたら、お知らせしますので、今日はどうぞお隣の方へ」
「隣に行っても、直ぐに追い出されそうですが、折角ですから行ってきます」

 兵庫が隣の地天屋の暖簾をくぐると、帳場には心次郎が座っていた。
「先生、昨晩はお疲れ様でした」
「気疲れさんでした。ところで、内藤さんは?」
「荷物を、お雪さんの所に運んでいます」
「そうですか・・・しかし、内藤さんにここから出て行かれては困る」
と云い、兵庫は奥に入って行った。
台所を抜け、裏長屋のお雪の家に行くと、内藤が一服し、お雪と話していた。
「内藤さんにお雪さん。申し訳ありませんが、お二人で養育所の方に住んでいただきたいのですが」
「鐘巻さん、あの家に住むのは、私たちより甚八郎さんとお琴さんの方が良いです」
「甚八郎には押上の道場を譲るつもりです。家も建てていますから、それを使って貰います。内藤さんには養育所の実務をお願いします。具足は売り切ったところで店を閉じます」
「奥村先生は?」
「奥村先生には武人として生きて頂くことを考えています。その機会は異国船が来た時の幕府の動きに乗じ、新発田藩への帰参が叶うよう働きかけるつもりです」
「肝心の鐘巻さんは?」
「私は押し上げで暮らしながら、これから何をするか考えます。駒形は内藤さんが守って下さい」
「分かりましたが・・・」と内藤が言葉を濁した。
「皆さんには、私の方から事情を説明しますので、遠慮なく使って下さい」
「分かりました。お言葉に甘えます」

 養育所に戻った兵庫は、台所に居た、お琴の義理の母であるお糸と奥村弥太郎の妻・志乃を道場に呼んだ。
「私の旧知の友であり、養育所の発起人の一人でもある内藤さんがお雪殿を娶られましたのはご存じと思います。内藤殿はこれからの養育所にとって大切な方です。よってここに住んで頂きますのでご承知おき下さい」
「先生、お雪さんが私たちに遠慮しすぎて、困って居たのです。先生が説得してくれたのですね」
「そんなことが在りましたか。それと甚八郎については押し上げに道場を開きましたので、そこを任そうと思って居ます。奥村先生には暫く雌伏して頂き、子供たちを育て上げて頂きます。必ず武人として迎え入れられる時が遠からず来ます」
「良い話です。有難う御座います」
「それでは、戻りますので宜しくお願いします」

Posted on 2015/04/30 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学