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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第72話 剣術商売(その20)】 

 朝飯を食べ終わると、男たちも仕事場に散って行き、広間に残った者は剣術稼業の者と常吉だった。
「常吉さんとお仙さんの家に昨晩、賊が押し入りました。目覚め、立ち向かい追い払うことが出来ましたが、賊が残した物にあの衣紋掛け殿の印篭の破片が在ることと、常吉さんを襲う侍が居るとすれば衣紋掛け殿しか居ないことから、賊は衣紋掛け殿にほぼ間違いないと思います。尚、常吉さんご夫妻は無傷、賊は木刀で打たれ刀を落としていますので、打撲を恐らく右手に受けているものと思われます。私は此れより下谷塗塀小路の屋敷に行き、衣紋掛け殿の親御にお会いし、衣紋掛け殿がどこの寺で修業なされているのか、様子を伺って来ます」と兵庫が語った。
話を聞いていた、臼井の様子が変わった。そして
「先生、私は下谷塗塀小路のさる旗本屋敷から通っているのですが、その衣紋掛け殿の姓は八木殿ではないでしょうね」
「その八木殿です。主の名は喜十郎殿です。そこから通われていると云うことは何か云い使っているのですね」
「はい、主の中村より八木の名が出るかを確かめろと、私はこれまでに、その名を一度も聞いて居りませんので特に報告はしておりません。密偵の様な御役でしたが、此処での稽古が出来るので引き受けました。しかし、倅殿の無法な話を聞かされると、この御役の御免を早々に番町に戻り主に願い出ますので、一刻程の猶予を戴けませんか」
「御役ご苦労様でした。一刻お待ちします。それと剣術修業でお預かりしました前金一両は使いきったと思って下さい」
「四半刻二百文でしたからとっくに使い切って居ましたね。勉強させていただきました」
「ひと月二百文で門弟として、ここで稽古が出来ますので、気が向いたら来てください」
「有難う御座います。道具は頂き物なので置いて行きます。使って下さい」
「それは助かります」
「済みませんが、他の皆さんには挨拶しませんので宜しくお伝えください」
臼井六郎は稽古着を着替え直すと帰って行った。

 剣術家たちが部屋を女たちに明け渡し、外に出、暫くすると道場の周りに見物席の用意が出来た。
根津甚八郎が剣術商売を始める合図の拍子木を打った。
臼井が抜けた穴埋めではないが、常吉が稽古に加わり、根津甚八郎、高倉健四郎、菅原文次郎の四人が道場に立ち、兵庫は控えに回った。
剣術商売は十九日から始まり、五日目を迎えると口コミの評判が広がり見物客に変化が表れ始めていた。
当初は亀戸天神参詣客が帰りに興味本位に立ち寄る、剣術とは無縁の者が大半だった。
しかし、日が経つにつれ、浅草方面から来て御参りに行かずに入る客が増えて来たと茶店で道場への出入りを見ている女たちの話だった。
そしてこの日は、拍子木が打たれ剣術商売が始まると、これまでに道場を稽古場として使ったことのある近所の侍が稽古支度をし、朋輩を伴い四人でやって来た。
「先生、これからは道場使用料がひと月二百文に成るそうですが、持ち合わせが在りません」と一人が兵庫に話しかけて来た。
「使うのは構いません。人が増えて来ると師範代と稽古する機会が減るのは我慢して下さい」
「分かって居ます。ですから、人が少ない内に稽古に来ました」
「それは師範代と稽古したいと云う謎かけですか」
「はい」
兵庫が柏手を打つと、稽古が止まった。
「こちらの皆さんと稽古してください」
二組の稽古が四組と増え、その活気が外へ流れ始めた。

Posted on 2015/05/31 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学