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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第73話 たてまえ(その22)】 

 嘉永六年五月五日(1853-6-11)の夜が明けようとしていた。
女たちが外に出て空を見上げた。
「星は見えないけど、何とか持ちそうな気がするけど」
「そうだね、茶店の方の仕込は、昨日までの半分にしましょう。お琴さん、子供たちの昼の鯛めしはお願いします」
「はい、肝太郎さんが、安くて良い鯛を持って来てくれると、皆さんもご相伴が出来るんだけど」
「今日は端午の節句で目出度いものは値が上がるから無理でしょう。かといって、今日は鰯は食べさせられないからね。男たちは、女たちの苦労が分かっているのかね」
「苦労は分からなくても、残さず食べてくれるだけで、私たちの腕が上がったと教えてくれている。これも皆、お琴さんを仕込んだ奥様の御蔭だね」
「美人で、料理が旨い奥様が、部屋住みの先生の所に押しかけ女房。世の中一寸先に光明ですね」
台所の女たちに笑いが起こった。
そんな話をしている台所に、兵庫のくしゃみが聞こえて来て、また笑いが起こった。

 稽古着に着替えた兵庫は、昨晩妻の志津と書いた名札の中から、己を含めた大人の分を持った。
薄暗い外に出た兵庫は迷うことなく、道場脇の黒板塀に取りつけた木札掛けまで行った。
その一番上の桟、これは養育所の為に汗を流す剣術家の名札を掛けるもので、最初に顧問札を掛け、その脇に奥村弥太郎と山中碁四郎の名札を掛けた。
一つ空け師範札と鐘巻兵庫の札を掛けた。
また一つ空け師範代札と菅原文次郎、高倉健四郎、根津甚八郎の札を掛けた。
更に師範代並の札に続き、轟与三郎、田村栄助、近藤小六の札を掛けた。
そして助役札をかけ、常吉、乙次郎、仙吉、勘助の札を掛けた。
最後に水野賢太郎、水野粟吉そして辰五郎の札が掛けられた
一歩下がり掛けた名札を見直し兵庫は頷いた。

 縁側に置いておいた胴を着け、道場で身体をほぐしていると明け六つの鐘が聞こえて来た。
兵庫が己の名札を反転させ朱文字を黒文字にしてから暫くすると寮内に住む男たちが、稽古支度をして道場に顔を見せた。
挨拶が交わされると、
「皆さん、名札を反転させて下さい」
象二郎と、水野親子が反転させ、軽い稽古が始まった。
こうして時が経つにつれ朱文字が黒文字へと変わって行った。
駒形から子供たちが来ると、子供たちが一人ずつ呼ばれ、志津が書いた名札が手渡され、一番下の桟に自ら掛けて行った。
それから四半刻(約30分)ほどは子供たち優先の稽古が大人たちの指導で行われた。
この中には昨日門人登録をした関根新之助や脇坂家から来る中島百合之助も居た。
しかし、稽古を終えた子供たちが帰った後に成っても、昨日門人登録した大人で朝稽古に姿を見せたのは弥助ただ一人だった。

 朝飯が終わって暫くすると、また稽古が始まった。
しかし、昨日登録した門人は来なかった。
ただ道場への足が途絶えた訳ではなく、剣術見物が止められた事を知らない者がやって来て、黒板塀に看板の代わりに貼り紙を読み、事情を知りそれ以上の事を茶店の者に尋ねることもなく、通り過ぎていったのだ。

 稽古が始まって四半刻ほど経ち、稽古休みとなり竹刀の音が途絶えた。
そこに駒形方面より、保安方の乙次郎と仙吉に伴われた九人の子供たちが下駄を鳴らしながら歩いてやって来た。
端午の節句を親代わりの兵庫や志津と一日過ごさせようと云う、駒形側の大人たちの計らいで、押上に泊まることに成って居た。

Posted on 2015/06/30 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学