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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第74話 五月晴れ(その28)】 

 八丁堀の鐘巻家に着くと冠木門(かぶきもん)は既に開けられていて、外から玄関まで見通せた。
早いなと思ったが、兄・兵馬は与力を継いでまだ一年の若輩ゆえ、早い出仕がお役目にも成って居た。
それは他の与力を迎えるためであり、また奉行・池田播磨守が役宅から登城するのを、池田の家来から聞き、これを奉行所内に知らせ見送るのに支障が無いように図らねばならない気苦労があるのだ。
笠を被り合羽を着た供廻りが雨を避け玄関の廂(ひさし)の下に居た。その中には年老いた佐吉も混ざって居た。
俄か仕立てに近い供廻りが心配なのだ。
門内に入った兵庫に供廻りが頭を下げた。
兵庫と近藤は傘を閉じ歩み寄った。
兵庫は供揃いの者を見て、
「轟殿、田村殿」と改まった。
「何でしょうか」
「刀は命を守るものです。故に護衛としては刀を守り過ぎてはいけません。柄袋を使うのは構いませんが、刹那に外せなければ命は守れません。刀は守れますが・・本末転倒ですから、その様に結ぶのは止めなさい」と云い兵庫は己の柄袋を片手で素早く外して見せた。
それだけに説得力が在り、皆が従った。

 暫くして、主の兵馬が出て来る気配に、供の者が雨の降る玄関先に出た。
家族を連れ、姿を見せた兵馬に
「兄上、留守番を二人で致しますので、お気兼ねなく御働き下さい。近藤小六殿です」
「近藤です。鐘巻先生にお世話になっております。お見知り置きください」
「わざわざ、申し訳ございません。感謝いたします」
「ごしゅったつ~」佐吉が声を上げた。
兵馬が歩きはじめ、その後数歩遅れて、袴の股立ちを取った轟と田村が並んで続き、その後に徒歩(かち)の勘助と佐吉、更に槍持ちの鶴吉、草履取りの庄八、その後に合羽篭を担ぐ乙次郎と挟み箱を担ぐ仙吉が続いた。
玉石を踏みしめる九人、兵馬が門まで来て止まった。
轟が門外に出て道の様子を窺い、怪しい気配の無いことを確かめ、主に頭を下げた。
門を出て行く主とその供八人、その後ろ姿に家に残る者が頭を下げ見送った。

 床几が二つ用意され玄関軒下に置かれた。
「さ~長い一日が始まりますよ」と兵庫が云い、二人は座った。
暫くして門外に、蓑笠を着け、腰をかがめ杖を突いた、一見して爺さんが中を覗いた。
小さく見せようとしているが、岩蔵だった。
兵庫が立ち上がると、近藤も続き、二人は門近くまで歩き止まった。
「岩蔵、入れば斬る」
「人斬り兵庫の旦那、それには及びません。俺の死に場所は此処では在りませんので」
「昨夕、此処の主がお主を追い出したことを告げに稲葉殿に会いに行った。相手も用心している筈だ。お主が稲葉殿から何を命じられ鐘巻の家に入ったのか、何も聞いてはいないが、兄は聞いた素振りを稲葉に見せたそうだからな」
「それは暴れ甲斐があるが、こちら様の様な腕利きの用意が出来たか。それと、今日は天が味方してくれそうだ」と腰をかがめたまま、雨空を見上げた。
「そうだな。ここでこうして居るのが今日一日で終わるのは、私の望みです」
「それでは、その望みを今日一日ではなく半日足らずで叶えて差し上げます」
岩蔵は稲葉の屋敷のある方向へ、とぼとぼと歩いていった。
「止めないのですか」
「止めると云うことは岩蔵を殺すと云うことです。殺した後の届出をどの様にするのですか。また捕えてはお調べで稲葉殿の悪事が公に成ります。そうなれば調べの中で稲葉殿が鐘巻家を巻き込むことも考えられます。見て見ぬふりをするのは侍としては辛いでしょうが、私は侍に成り切れない男ですから止めません。しかし、近藤殿を束縛いたしませんので行かれても構いません。ただし、近藤殿が岩蔵と稲葉家のもめ事に関与した時は、鐘巻の名は出さないで下さい。それと速やかに押上も引き払って下さい。鐘巻家は岩蔵とは昨日縁を切ったのです。理解して下さい」
「鐘巻家の事情は分かります。でも、・・・何が起きるか見るだけで手は出しません」
「私は岩蔵を止めないように、近藤殿も止めません」
近藤は急ぎ足で岩蔵を追って行った。

Posted on 2015/07/31 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学