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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第75話 蚊帳(その12)】 

 兵庫の話を聞いていた久坂が
「話を戻すが、怖い話を聞かせてくれ」
「そうでしたね、私は、稲葉殿の切腹を聞いて喜ぶ者が奥医師側に居るのでないかと思い、稲葉殿に尋ねました。巨魁は誰かと。その返事を貰いました」
「誰だ」
「名前は後日話しますが、私は稲葉殿が残した巨魁が真実なら、私が出来る何らかの仕置きをしようと思っているのです」
「仕置きか」
「はい。実は仕置きすることが稲葉殿から名を聞き出す条件だったのです」
「なるほど、鐘巻さんが巨魁の仕置きする約束したことで稲葉殿の曇って居た心が五月晴れに変わったようだな」
「そうかもしれません。ですから名前を教えるには仕置きに加担して頂くのが条件です。返事は今すぐでなくて結構です。巨魁の真偽を確かめるため、今一人、目付筋にも手助けをお願いしますので」
「目付筋にも知り合いが居るのか」
「知り合いと云うほどでは在りませんが、力になってくれそうな気がしています」
「わしは、巨魁が真だとしても、我らの手では殺さないと約束するなら手を貸しても良い。目付筋が受けてくれたら、次の話を聞かせてくれ」
「そのつもりです。有難う御座いました」

 久坂は自身番へと引き返し、兵庫は養育所の裏口に繋がる裏店を抜け地天屋に戻った。
そこには兵庫が来たことを知らされた高倉と菅原が待って居た。
「先生、良い物を頂きました」と高倉が帳場の床に置かれている風呂敷包みを指さし云うと、菅原が同意の頷きを見せた。
「それは良かった。私は押し上げに戻りますが、皆さんはそれを持って屋敷に戻り、蚊帳で良いか婚約者の屋敷に行き確かめて下さい」
「先生、待ってください。この稽古着姿では行けませんよ」と菅原が格好を気にすれば
「それと、昼飯を食べさせてくださいよ」と高倉が本音を言った。
「そうでしたね。それでは御願いが在ります」
「何でしょうか」
「ここに来る時、私は二人のやくざ風の男に後をつけられました。帰りにも怪しい者が後をつけるか確かめたいので、私がここを出たら百ほど数えてから皆さんもここを出て、私と皆さんの間に怪しい者が居ないか確かめて下さい。しかし、絶対にこちらから手を出さないで下さい」
「分かりました」
「お二人さんその荷は此処に置いていきなさい」と内藤が勧めた。
「そうさせて下さい」と簡易な具足の入った風呂敷包みを帳場の内藤に向け押し出した。

 兵庫が店を出て行った。
暫くして、「百、になったか」「お主はどうだ」と高倉と菅原が顔を見合わせ言った。
他力本願の二人に、内藤が「百に成りましたよ」と告げた。
きまり悪そうな様子で二人は店を出て行った。
 一町ほど先を行く兵庫との間に、二人のやくざ風の後ろ姿が見えた。
その状態が崩れたのは、兵庫が吾妻橋を渡り始めた時だった。
やくざ者の一人が前を行く兵庫を追い走りだしたのだ。そして、追いつき、抜いていった。
「菅原、何かが起こりそうだな」
「だとすれば、待ち伏せだ」
「相手の人数は分からんぞ。知らせた方が良い」
「そうしよう」
高倉と菅原は足を早め、一人残って兵庫の後をつけているやくざ者に迫った。
「おい、前を行く稽古着姿の御方は先生ではないか」と高倉が大声でいった。
この大声を聞きやくざ者ばかりではなく、行き交う者が大声の主を見た。

「その様だ。追おう」と偶然を装い、やくざ者を追い抜いていった。
追い抜かれたやくざ者、稽古着姿の侍を見て舌打ちをし、足を早めた。
橋の中ほどで兵庫に追いついた高倉と菅原が事情を話して居ると、後ろからやって来たやくざ者が追い抜いていった。
それを見て高倉が
「間違いなく先生が的ですね
「狙われて居ることがはっきりしただけでも良しとしましょう」
三人が業平橋ちかくまでやって来ると、やくざ者の影が動いた。
「気をつけてください」
しかし何も起こらず、押上の養育所まで戻って来た。
 この日、高倉と菅原は昼飯を食べると、着替え直し帰って行った。高倉も菅原も婚約者の屋敷に、兵庫から蚊帳の贈り物が予定されていることを伝える有難い用事を受けていたからだった。

Posted on 2015/08/29 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学