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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第76話 十軒店(その21)】 

 正午の鐘の音が浅草から聞こえて来た。
暫くして正装に着替え終わった兵庫と甚八郎が午後やって来る客を迎えるため表口から外に出、振り返り十軒店を見回した。
飯屋の賑わいが境を取り払ってある茶店にまで及び、茶店の客の一分は外に置かれた縁台に座り団子を食って居た。
四半刻も経つと、忙しかった飯屋のターフル(テーブル)席に空きが生じ始め、暫くすると客の姿は無くなった。
江戸っ子は食べるのが早い。と云うよりゆっくり食べる余裕など無かった。
それ故に安くて速い立ち食い屋台が流行るのだ。
ただ、兵庫は客の足を繋ぎ止めるには“安くて速い”より“安くて量”が勝ると飯の盛り方を増やすように言っておいた。味のことには触れていないが、それは他所の一膳めし屋に負けるとは思って居ないからだった。
兵庫の量作戦、それもこの月の内には結果が出るだろう。

 飯屋の客が居なくなって暫くすると、板木が打たれた。
今まで働いていた者たちの昼の用意が出来た合図だった。
「皆様方有難う御座いました。お戻り下さい」の声が、お仙やお美代から出た。
客が減るに従い、台所方は客以外の昼膳を作り始め、十軒店で働く人数分の用意が出来たのだ。
他所(よそ)の店から応援で来ていた者は本籍に戻り、大工衆など店を任されて居ない者は飯屋の一角に集まった。
お美代は飯屋の出入り口に木札を吊るした。それには、
“夕膳は七つ頃からと成ります。お急ぎのお客様は隣の茶店に御申しつけ下さい。”と書かれていた。

天気が良かったこともあり、通りはいつもより賑わいを見せた。
ただ、店が出来たことだけを知らせるにとどまり、この時点で売上の上がらない店もあった。
そんな中で、“てならい”の看板を吊るす近藤の店には格子を通し武家の姿が見られたことに、兵庫は安堵した。

 そして昼を一刻過ぎたことを知らせる八つの鐘が鳴った。
この鐘が合図で、吉衛門家から甚八郎に嫁ぐお琴の花嫁道中が始まった。
天気が良いことも在り道中は歩きだった。
武家正装の源次郎が先導し、その後には今日の仲人と成る吉衛門・ふじ夫妻、お琴の父新吉が続き、母のお糸はお琴にかしずいた。お琴に長柄の傘を差しだす常吉、そしてお道が見守り、殿(しんがり)には長持三竿が続いた。
十町足らず(約1km)の距離を四半刻(約30分)ほどかけのんびりと歩いた。

 お琴は美人である。そのせいもあり多くの子供たちを引き連れ、押上の十軒店までやって来た。
勿論出迎えたのは甚八郎だがその脇には父の根津作左衛門とその妻・栄(さかえ)が居た。
そればかりではない。千住から富三郎・さえ夫妻が来て居た。
そして駒形から来た子供たちの熱い目に迎えられた。
また、奥村弥太郎・志乃夫妻、内藤虎之助・雪夫妻は普段は外に出ることが少ない妻とやってきて華やかな集まりを少し離れて見ていた。

この時ばかりは美しさでは比類のない志津も、お琴の光を浴び眩しそうに目を細め見ていたが、母屋へ入っていった。
そして筝の調べが流れ始めた。
これを待って居たかのように兵庫が、
「皆さん、名を呼びますのでその順でお入りください。先ずは媒酌人吉衛門御夫妻、新郎殿に花嫁殿、次にお身内の方々より席にご案内いたします。根津作左衛門様ご夫妻、新吉様ご夫妻」と兵庫が云い、呼ばれた者が母屋内へ姿を消した。
母屋に入った者は、まず、着飾ったお玉が入口板の間で筝を奏でているのを見、武家育ちの染と花代に案内され、志津の待つ広間に入った。
表口からの入場が始まると、外では乙次郎と仙吉が、
「道場で餅を搗くぞ」と子供たちは道場へ向かわせた。

Posted on 2015/09/30 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学