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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第78話 多忙につき(その3)】 

 着流しの侍、帳場の内藤に歩み寄り、板の間に座すと固い音をたてた。
「三両二分二朱であったな」と云い、内藤が頷くのを見て懐に手を入れた。その時、袖口から黒光りする籠手が見えた。
兵庫は客を見送ろうと上がらず土間からその様子を見ていた。
財布から四両出し、一分二朱の釣を受け取り、懐に財布を納め、土間に下りてきた。
「着(つ)け心地は悪くはない。あとは、効能だな」と兵庫に言った。
「確かな物ですが、弾の飛び交うところに出られる時は、弾除けの守り札を身に着けて下さい」と、分かり切ったことだが、鉄砲には役に立たないことを言い、それでも鉄砲が勝敗を決する戦場に赴かねばならない武家の頼りは運しか無い、武家の哀れを言ったのだ。
「その様な守り札が在るのか」
「在りますよ」
「何処に行けば手に入る。教えてくれ」
「待って下さい。内藤さん、弾除けの御札、まだ残って居ますか」
「残って居ますよ、待って下さい」
内藤は帳場机の引き出しから、一枚の紙の札を取り出した。
兵庫は、内藤から札を受け取り、それを侍に手渡した。
「何だ、この札は?」
「外れ富くじですよ」
「何とも軽いお守りだな。だが、これなら笑って逝けそうだ。貰っておくよ」
店を出て行く侍を戸口の外に出て見送った兵庫が店に戻ると、気合が聞こえ、外が騒然と成った。
「斬り合いだ」の声も届いてきた。
外に飛び出した兵庫の目は二十間ほど南で向き合う二人の武士だった。
が、それも長くは続かず、互いにその間合いを詰めぶつかった。
金属音が駒形の町に一つ響き渡り、一人の侍が他の侍の足元に崩れ落ちた。
それを見て、兵庫は店に戻った。
「何か起きましたか」
「客に成った侍と成れなかった侍の私闘です。勝ったのは客の方です。仲間内で争って居る場合ではないのですがね」
兵庫は目の届くこの事件に関与することを避け、子供たちが居なくなった養育所内の二階に上がりなにするではなく暇をかこって居た。
それも長続きはせず階段を上る足音がして南町奉行所定廻り同心の久坂啓介が姿を見せた。
「鐘巻さん、来た訳は分かるな」
「先程侍が斬り合う最後のところを、店先から野次馬の合間を通して見ましたが、そのことでしょうか」
「そうだが、その内の一人・八木三郎殿がこちらの客だったことが分かった。話では後ろから襲われ仕方なく、と言っていた。事件を見て居た者も証言して居るので間違いなさそうだ。だが、仏の方は全く手がかりが無い。無紋の衣服だが財布には二両二分二朱と銭が入っており、月代(さかやき)も剃って居て浪人とも思えない。わしがここに来たのは臭うからだ」
「臭いましたか」
「当たり前だ。駒形も目と鼻の先で斬り合いが起き、死人が出たのに、番人のあんたが顔を見せないこと自体がおかしい。色々と都合が在るのだろうが、迷惑は掛けないので知って居ることを教えてくれ」
「分かりました。とは云ってもほとんど分かりません。仏殿は持ち金が一両足らなかったため、文句を云いました。訳を話したのですが駄目でした。それを具足を着込んだ客・八木さんが、値上げをした日に来ること自体が先見に欠けるとたしなめ、早く不足金を借りるなどして、戦支度を済ませ武士としての体裁を保てと促したのです。資金不足の他の者が店から出て行き、足りて居る者は試着に上がったのです。一人残されたのが仏殿でしたが、出て行きました。暫くして八木殿が出て行ったのですが、仏殿は待って居たのですね。晴れぬ気持ちを八木殿に向けたわけです。仏殿のことは全く分かりませんが、値上げ前の値段を知って居るので近隣の旗本か御家人でしょうね」
「よし、これであとは目付方に任せられる」
奉行所では武家の不祥事は扱わない。ただし浪人は武家扱いされない。仏殿が幕臣とほぼ決まれば、奉行所がすることは調べ上げた調書を武家の訴訟を扱う目付へ送れば一段落するのだ。
「鐘巻さん、話は変わるが例の阿片抜け荷の件だが、暫く手は付けられそうもない。異国船が人心を乱して、飯を食う暇も無くなって来ているのだ」
「分かりました。ほとぼりが冷めるまで待ちましょう」

 皆様の激励が明日への力に成って居ます。

Posted on 2015/10/31 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学