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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第88話 蛇の道は蛇(その2)】 

 兵庫は母屋に上がると、母屋を東西に分ける中廊下を通り、西側にある彦四郎の部屋を尋ねた。
部屋に入ると、障子が開け放たれ簾が上げられていて外が見えた。当然、外からも見られるが、動けぬ退屈を紛らわせるためには見られることより、見る方に重きを置いたようだ。
何よりも、朝夕の風が心地よいのだ。
そして、妻の雅代は縁側近くまで出て、外を眺めていた。

 彦四郎は元南町奉行所の平同心だったが、親譲りの潔癖さが処世を無骨にしたため、暮らしが成り立たなかった。そのためか、人の嫌がる役目を引き受けることも多かった。最後に引き受けたのが、御用改めに名を借り、殺された勝手方の弟による敵討ちの先導役だった。
本来なら、御用改めで捕らえ裁きに掛け、殺害犯を特定してから、敵討ちをさせるか否かを決めるのが手順だったが、殺された勝手方にも何か不都合な訳が在り、それに日の目を当てないように裁きの手順を省いたと思われた。
乱闘の中で彦四郎は手傷を数多く負ったが、仇を打つもの助太刀をする者たちが斬り死にする中で運よく命を留めることが出来た。
そしてお役を果たせなくなった体を理由に、奉行所を辞め浪人となり誘われるままに兵庫の元に身を寄せた。

 部屋に入って来る兵庫に気付いた雅代が、
「鐘巻様ですよ」といわれ、彦四郎は外を見ていた首を反対側に捻り返した。
「彦四郎さん、痛みますか」
「いや、じっとして居るので」
「それは先生の言うことをよく聞く、良い患者ですね。昼過ぎに先生が診に来ますので退屈して居て下さい」
「はい、本当に退屈出来るように成るまでじっとして居ます」とやはり痛む身体が身動きさせない様子だった。

 稽古着姿の兵庫を見送った彦四郎が、また外が見える方向に首を捻って暫くすると、人の声が聞こえるように成り剣術の支度をした大人たちが道場へ向かう姿が見られるように成った。そして気合が飛び交うように成り、竹刀を打ち合わせる音と混ざり合い朝稽古が始まったことを教えた。
 中川は金のかかる免許こそ持っていないが、町道場ではその域に達していたのだ。
四半刻ほど道場から届く音を聞いていると、甲高い子どの声が十軒店の方から聞こえて来た。
そして、稽古仕度をした子供たちが小さい者順に目の前を横切って行き、消え暫くすると子供たちが「母上」と呼ぶ声が背後から母屋の中を抜け聞こえて来た。
そして、目の前を剣術の支度を済ませた大人、二人が通り目が合った。
「中川様」と一人が声を掛け歩み寄った。
子供たちを駒形から引率してきた保安方の二人だった。
「乙次郎さんに鬼吉さんも剣術をやっているのですか」
「剣術呼べるものかは判りませんが、先生に叩かれています」
「申し訳ありませんがが、目の前で見せて貰えませんか」
「お見せするほどのものでは在りません。ご希望でしたら鐘巻先生に頼んできます」
「その様なことをしてもらえるのですか」
「先生の地天流の道場に、こうでなければならないといった決まりは在りませんので、道場の問題はありません。来てもらえますよ」と云い、目の前から姿を消した。
そして子供たちが剣術を始めた声が聞こえて来ると、竹刀を打ち合う音が弱まった。

 兵庫と碁四郎が彦四郎の部屋の外廊下の前庭に姿を見せた。
「彦四郎さん、剣術稽古が薬に成るのでしたらいくらでもお見せしますよ。誰の剣術を見たいですか」
「噂を確かめたいので、鐘巻様と山中様でお願いします」
「お安い御用です。碁四郎さん立ち位置を決めてくれ」
碁四郎は縁側を離れ、北に立った。

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Posted on 2016/06/30 Thu. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学