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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第89話 実り(その12)】 

 養育所を出た兵庫は、養育所が営む隣の薬屋・継志堂の暖簾をくぐった。
「先生、あの薬効きましたか」
と要件を結う前に、番頭の常八が切り出して来た。
「はい、薬は老人を除き子供二十一人、大人二人でしたが全員が排便をし、深川から来た子供たちは全員虫も出しました。効能あらたかでしたので、十軒店に置きたいのです。それで薬の名ですが、私は素直に虫を排出させる薬として“排虫丸”としたのですが、志津は目的の他に美容にも効果が在りそうなので“清腸丸“の方が、女が手に取ると云うのです。忘れて居ました。清腸丸の能書きの一つに” 美肌造りはお腹から“だそうです」
「分かりました。仲明先生と相談したうえで、虫下しと、美容促進整腸薬の両方で売り出したいと思います」
「同じ薬を、名を変え両方で売るのですか」
「はい、虫下しは安く、美容促進薬はそれなりの値段で販売したいと思って居ます」
「感心しました」

 継志堂を出た兵庫が次に寄ったのは、柳橋近くの平右衛門町で船宿・浮橋を営む山中碁四郎の所だった。
「子供たちが受け入れてくれましたか」
と要件を言う前に碁四郎が切り出した。
「はい、金太が深川の八角屋に養子に行ったことを疑った様ですが、確かめに行き納得したようです。今日来たのは保安方の乙次郎さんがお美代と亀戸で所帯を持つことに成ります。それで乙次郎さを駒形詰めから押上詰めに変えます。」
「分かった。私の出番ですね。任せて下さい」
「朝稽古の往復を駒形経由でお願いします。なお、新しく来た子たちは心肺が弱いので、古い子たちと一緒には走れませんので、気を使って下さい」
「それは仕方がないことです。辛い現実ですね。分けて走らせる工夫をします」
「お願いします。私はこれから内神田三島町の鹿島屋に防具を頼みに行ってきます」
「忙しそうで、羨ましいです」
「大したことはやって居ません。しいて言えば虫下しを飲ませた子供たち十六人と向島に行き、全員の野糞に付き合ったのが、今のところ今日の一番の出来事です」
「目に浮かびます。残寝ながら臭いませんが」
「そうか」と云い、兵庫は手のひらを碁四郎の鼻先に出した。
「直に手拭きとは懐かしい」
「腹を下すのは分かって居たので、鬼吉さんに手桶と柄杓を持たせてのことでした。秋の清涼な用水の水で尻を清めました」
「それは、子供たちにとっても楽しい思い出に成ることでしょうね」

 鹿島屋に着くと主の徳兵衛が嬉しそうに出てきた。
「鐘巻様、どのような御用でしょうか」
「増えた子供たち七人分の剣術用防具をお願いに参りました」
「お子様方は駒形ですか。二つ三つ持って合わせに行きたいのですが」
「それでもかまいませんが。用意して頂ければ子供たちを連れて参りますが」
「それは助かります。八日以降でしたらいつでも結構でございます」
「早ければ八日に参ります。代金は駒形の内藤さんにお願いします」

 押上の養育所を出てから駒形の養育所、薬屋の継志堂、船宿・浮橋、日本橋の鹿島屋と廻り、頼みごとを済ませた兵庫は残っている仕事をするために押上に戻ってきた。
 兵庫は、保安方が居る茶店と飯屋の辺りを見た。
保安方のお役の一つには道の見張りが在り、戻って来た兵庫にいち早く気付き顔を見せた。
「先生、お帰りなさい」
「乙次郎さん、朝稽古における駒形と押上の往復ですが山中さんに明日から頼みました。今日は駒形に挨拶を済ませ亀戸に移ってください」
「山中先生が私の代わりですか。先生、それは勘弁して下さい。亀戸に移っても駒形の子供たちを押上に連れてくることは出来ることです。私の都合で山中先生を使うことは出来ません。今まで通りで結構です」

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Posted on 2016/08/06 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学