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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第94話 斬られ彦四郎(その28)】 

 三五郎が見張る武家が橋向こうに居ることは碁四郎にだけ知らされた。
碁四郎だけに絞ったのは、不確かな情報を全員に流すことで、その情報に集中され、忍び寄る刺客の動きを見逃してしまうことを恐れたためだった。
 先頭を歩く彦四郎が京橋の南詰までやってくると、北詰で川面を見ていた編み笠の武家が動き始めた。
そして彦四郎が京橋を渡り始めたところで、碁四郎は彦四郎の後ろから
「編み笠の立派な武家が来ます。二間ほど詰まった所で口笛が吹かれますが、抜くのは相手の動きを見てからにして下さい」
「分かった」

 太鼓橋の向こう側からやって来る編み笠が見え、胸、腰と全体像が現れた。
確かに立派な武家で、とても刺客とは思えなかった。
それが、彦四郎に抜刀する気構えを萎えさせていた。
早い者勝ちの間合いに詰まろうとした時、三五郎が口笛を吹いた。
この口笛で動いたのは彦四郎ではなく、編み笠の武家が刀に手を掛けたが、抜刀に手惑い彦四郎に斬りかかった。
刀を抜くのを躊躇っていた彦四郎だが、その分、用心に怠りなく、編み笠武家の抜き打ちは彦四郎の腹の辺りを浅く斬り流れた。その流れた刀が再び彦四郎に振り下ろされようとした時、彦四郎が抜刀した刀が、同じように相手の腹を裂いていた。しかし相手の傷は深かった。
「それまで」と碁四郎が叫ぶと彦四郎は一刀に血振りを加えたうえで己の袴の裾で刀の血を拭い鞘に納めた。
一方、相手の武家は倒れるのを必死にこらえていた。
「お武家を自身番まで運べ」兵庫が叫んだ。
あっという間に、常吉、乙次郎、三五郎、弥一が取り付き持ち上げると自身番へと走っていった。
残された刀を兵庫が拾い上げ見た。
「彦四郎さん運が良かったですよ。この刀を見て下さい」
鼻先に突き出された刀の刀身には古い血のこわばりが在った。
「それで抜くのが遅れたのですね」
刀の血糊が鞘にへばりつき抜刀を妨げたのだ。
「また、北村殿に助けられましたね」
「そうですね。もし北村殿のご家族が困るようなことが在ったら、お返しを致さねばなりませんね。それにしても、よくあの者が刺客だと気が付きましたね」
「それは甚八郎の手柄ですよ」
「たまたまのことですよ。ところで、あの侍の顔を見ましたか」
「編み笠の内側まで見ては失礼と思い・・・」
「あの侍、恐らく五百旗頭伝十郎と双子だと思いますよ。そっくりでした」
「なるほど、二人で一人の伝十郎を演じたので、一人の手配書しか出来なかった訳ですか」
「自身番へ確かめに行きましょう」
兵庫と甚八郎が彦四郎に肩を貸し、碁四郎が挟み箱を担ぎ、矢五郎が残された抜き身を下げ足早に歩き始めた。

 自身番に着くと腹を裂かれた侍に医者が縫合を施していた。そして編み笠を取った侍の顔は甚八郎が言った通り、五百旗頭伝十郎そのものだった。
駆けつけていた奉行所同心の中田菊一が呆れたように
「こいつらは二人で一つの名を使って居やがった。新上先生、調べが終わるまでは生かさせてくれよ」
「人は腹の肉を切ったぐらいでは死なねえように出来ている。わしのことを死神と呼ぶ者が居るが、そのわしでもこいつは殺せないよ」
「先生、そいつに腹を斬られた者がここに居る。急いでくれ」
医者が声を掛けた彦四郎を見た。
「なんだ、あんたか、もたねぇと思って居たがよく助かったな」
「手当てをして下さったのは先生でしたか、遅ればせながら有り難うございました」
「いいってことよ、お蔭で縫うのが上手くなった。何方か次のお方を寝かせて着ているものを脱がせ、傷口を晒して置いて下さい」
こうして腹を出した侍が広くもない自身番に並んで寝かされた。
 彦四郎の腹の傷から滲み出る血を見ていた弥一が、
「先生、申し訳ありませんが、太白先生にお願いする用事が出来ましたので、戻っても宜しいでしょうか」
「“斬られ彦四郎”の傷を一つ増やして貰うのですか」
「はい、また斬られた“斬られ彦四郎”で如何でしょうか」
「それは構わぬが“またまた斬られた”に成りたくないので手伝いは出来ませんよ」
と、彦四郎が代わりに応えた。
「それは残念ですが、欲張らずに一枚二十五文いや三十二文と蕎麦代二杯にしますので手伝いが無くても売れるでしょう」
「それでは挟み箱を持ち帰って下さい」
「待ってくれ、私物を出します」と碁四郎。
碁四郎が担ぎ棒から同田貫を外し、納められていた袴、羽織を身に着け終わると、弥一は挟み箱を担ぎ自身番を出ていった。

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Posted on 2017/02/28 Tue. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学