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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第94話 斬られ彦四郎(その25)】 

 この日彦四郎はもう一軒、不二家を訪れ、店仕舞した。
正直言えば疲れたため、何かの時に不覚を取ると感じたからだが、
「切り良く十両売上ました。今日はこれまでと致しましょう」と云い、同行した皆も頷いた。
京橋銀座の者は彦四郎等が通り過ぎていくのを見送った。
「また、明日来ます」と云う弥一の言葉に安堵の様子を見せる者も居た。

 暮れて行く帰路、後を付けてくる者が居ないかを確かめながら駒形に着いたのは夕七つ半(5時)頃だった。荷を下ろし、稼いだ十両が内藤に渡された。
茶を一杯飲む程度の休息をし、足取りの重くなった中川親子を中之郷元町の屋敷まで送った。
「お疲れでしょう。十分休息をとって下さい」
「有り難うございました。明日も宜しくお願いします」
屋敷内に姿を消す中川等を見届けたところで、常吉が腰に差していった兵庫の脇差を兵庫に戻した。
「ご苦労様でした。今日のことは明日の者によく伝えておいて下さい」
「はい、出来れば明日も・・」
「それでは明日は保安方二人にして下さい。黒塗りの木刀を差して下さい。それと床几(しょうぎ)を用意しておいてください」
「分かりました」

 押上に戻った兵庫は部屋に甚八郎を呼び、遅れた夕食を部屋で食べながら、志津も交え京橋銀座での出来事を話して聞かせた。
「気がかりは、得体のしれぬ者が残って居ると云うことですか」と甚八郎が
「明日は、護衛を付けますので、大事には至らないと思いますが、今後どうするか難しいですね」
「それにしても何故五百旗頭(いおきべ)とか申す者は彦四郎様を狙ったのでしょうか。それも白昼に。とても逃げ切れるとは思えませんが」と志津が、
「訳は分かりませんが、死を覚悟だとしたら厄介ですが、白昼に襲ってきたのは相手に待てない事情が在るのかもしれません。そうなら、あと数日待てば現れてくれるでしょう」
「数日ですか、しかし、お話の売れ行きが続けば、明日にでも売り切れてしまいますよ」
「そうですね。一軒に販売する枚数を減らす時間稼ぎを考えます」

 月が変わって嘉永六年九月一日(1853-10-3)も半日が過ぎた午後、昨日に続き京橋銀座の両替商に“斬られ彦四郎”の浮世絵を売りに行く者たちが押上の養育所を出た。
それは昨日の兵庫と常吉に根津甚八郎と乙次郎を加えた四人だった。
昨日と様子が違うのは保安方の常吉と乙次郎の腰に一見脇差に見える黒漆塗りの木刀が差されていた。
 中之郷の彦四郎の屋敷からは彦四郎と矢五郎そして弥一がそのままで、昨日参加した坂崎と心太の二人が抜け三五郎が加わった四人だった。
屋敷を出てきた彦四郎の前には甚八郎、左右を常吉と乙次郎、背後を兵庫が守り更に矢五郎弥一、乙次郎から渡された床几を背負う三五郎と続いて居た。
 駒形で浮世絵や掛け軸の入った挟み箱を弥一が受け取り、彦四郎が受け取った空の巾着を首に掛けた。
 駒形を出た一行八人は次に神田川沿いの船宿・浮橋に入った。
そこで加わった山中碁四郎と本日の打ち合わせが始まった。
「あと一人残って居る者に彦四郎殿を襲う意思が在るか否か不明ですが、在るものとして逃げるのではなく迎え討つことにします。昨日、日中に襲ってきたのは刺客側に待つ余裕がないのではないかと推測しました。ですからあと数日浮世絵販売を続ける為に手持ちの浮世絵五百枚を長持ちさせるため一軒への販売枚数を半減させ今日は二十枚までとします」
「先生、あと二軒は昨日までと同じ四十枚にさせて下さい」
「あと二軒・・その訳は?」
「両替商は利権を守るために助け合う会が作られています。その中で最も力を持つのが十二会です。ただ会員だった宮古屋がつぶされたため現在一軒欠員と成って居ます。この欠員を埋める両替商を私に決めさせて欲しいのです。あと二軒とは一軒は元々十二会会員の高砂屋でもう一軒が欠員を埋めさせたい鳴海屋です」
「十二会会員と同じ四十枚を鳴海屋に売れば、鳴海屋が十二会会員に本当に成るのですか」
「会員選びは思惑が入り乱れる厄介な問題です。事件を起こした宮古屋の欠員選びでもめるのは御上の目も在り避けたいはずです。波風を立たせないためには第三者に任せたいと思って居るでしょう。その第三者が“斬られ彦四郎”ですよ」
「彦四郎さんは元御上、たとえ選んだ者が気に入らなくても文句は言えませんか」
「そう云えますが、鳴海屋はそれほどひどい者ではありませんよ」
「分かりました。浮世絵の売り方に関しては彦四郎さんに任せます。それと刺客ですが全く様子が分かって居ませんので周りを固めます。その分、彦四郎さんの所に人が集まることになり視野が狭くなります。ですから碁四郎さんと三五郎さんは殿(しんがり)について頂き、不審な動きをする者が居たら何か行動して下さい」
「分かった。出かけましょう」

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Posted on 2017/02/25 Sat. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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