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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第96話 鬼の居ぬ間に(その12)】 

 嘉永六年九月八日(1853-10-10)、兵庫は寝床の中で雨の音を聞いていた。
雨が降ると通りの人通りは減るが、それでも早朝の十軒店の飯屋を頼りにする者が居る。腹が減っては戦が出来ない通いの職人がやって来ることを忘れずに、乙次郎・お美代夫妻は亀戸からやって来て店を夜明け前に開けた。
 目覚め始めた養育所の上空雨空に明け六つの鐘の音が届くと、子供たちも布団を抜け出し養育所は本格的に目覚めた。
勿論、兵庫も千丸のおしめを洗い、軒下に干したのだが、そこまででやるべき仕事が無くなった。
雨が降って居なければ庭道場での一人稽古や近所を朝駆けして回ることも出来るのだが、それをすれば余計な仕事を増やすことになるのだ。人のいない広間で静かに体の筋を伸ばしていた。鐘が鳴ってから四半刻(30分)ほど経った時、広間に中川矢五郎が姿を見せた。
「矢五郎殿、雨中早々にお越しいただき、晴れる思いで御座います」
「そうなら良いのだが、晴れてもぬかるみが・・・」
「どのようなぬかるみか聞かせて下さい」
「昨夜、茶店が空になった短い間に万吉が忍び込み調べたが、金箱に大した金は入って居なかったそうだ」
「金箱に金が入って居ないとなると持ち歩いているのか・・・どこへ出かけたのですか」
「阿部川町に茶店の婆さんの家が在って、そこに出かけたそうだ。留吉は親子のような気がしたそうだ」
「半蔵が金を婆さんに預けているとしたら厄介ですね。流れ星は婆さんの家には押込むのは嫌でしょうからね。どうしたものか考え直さねば」
「考え直すのは良いが、新しく加わった者たちが生まれ変わろうとしているようだ。何か働かせる場を与えて欲しい」
「分かりました。良い情報を生かしたいと伝えて下さい」

 朝飯を済ませた兵庫は、着流しの気楽な姿に落とし差し、高下駄に傘を差し養育所を出て行った。
志津や保安方には駒形に行くとは言ったが、特にこれといった用が有る訳ではなかった。
雨の降る日は名所浅草と云えども物見遊山の足取りが遠のくのか、混雑しておらず人の流れが滞るようなことはなかった。
 日光街道から外れた養育所前の通りは、雨が川風に乗り横殴りに降りかかるためか、更に人通りが少なかった。
経師屋為吉の文字が読めないほど揺れる暖簾をくぐり兵庫は店の中に入った。
帳場では内藤虎之助と隣の継志堂の用心棒のお役を得た北村徳三郎が話をしていた。
「鐘巻さん、茶店の婆さんが半蔵の母親かも知れないそうですね」と内藤が切り出した。
「はい、それで作戦を変えなければと思いやって来たのですが、未だ思いつきません。それにしても賑やかですね」
「養育所と預かっている子供を合わせれば二十人は居ますからね。これでも未だ静かな方ですよ。雨の日の午後は取っ組み合いしても叱らないようにしているので、昼寝も出来ませんよ」
「為吉さんに頼んである掛け軸の仕上がり具合はどうですか」
「残り一幅だそうですから、東都組に引導を渡し終えた頃には出来上がって居ますよ」
「それでは、ちょっと町を歩いてきます」

 再び外に出た兵庫には雨も風も弱まったように思えた。
駒形の表通りを歩きながら、久しぶりに顔見知りに声を掛けて回った。だが返って来る反応が弱いのは東都組の被害に遭っている証だった。
回り終えた兵庫は自身番に寄った。居たのは書き役の年寄りだけだった。
「書き役さん、鐘巻ですが、もし久坂さんが来られましたら、お話したいことが在るのでお越しいただきたいと伝えて下さい」
「分かりました」
自身番を出ると雨は更に弱まり、曇り空は明るさを増していた。しかし道はぬかって居た。

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Posted on 2017/03/31 Fri. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学