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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第94話 斬られ彦四郎(その29)】 

 腹の縫合が終わり包帯を巻かれている五百旗頭(いおきべ)に、彦四郎が、
「おいお隣の五百旗頭さんよ。何故、逃げずにわしを狙ったのだ」と、尋ねた。
「それも考えたが、追手が掛かって居ないようなので逃げるのを止めたのだ。そうした中、宮古屋事件で奉行所の者が一人、中川彦四郎と云う同心が大怪我を負ったが生き残った話を聞き、怪我人を冥途に送り憂さ晴らしと小銭を頂こうと思い、お主の屋敷を見に行ったら別人が入って居たよ。事件から一月が経ち、事件のことも忘れられ始めた頃、浅草の方から斬られ彦四郎の噂が広がって来た。浅草にあんたを探しに行ったら、薬屋に“斬られ彦四郎”の浮世絵が貼られて居るのを見た。そこで斬られ彦四郎さんは何処に住んでいると聞いたが教えては貰えず、代わりに近々、京橋銀座に浮世絵を売りに行くと云う話を聞き来るのを待って居たのだ。英雄豪傑でも迎えるかのような様子を見て、意地でも斬ろうと待って居たのだ。あとは分かるだろう」
「その意地を通せば私を斬れたものを・・・」
「どういう事だ、意地は通したつもりだが」
「北村殿と医者を殺したろう。それが無駄な寄り道だった。橋の上で襲われた時、私は殺されると覚悟をしたのに、お主が刀を抜くのに手間取ったのは血刀を鞘に納めたからだよ。お蔭で私は命拾いしたわけだ」
「それは双子の弱点を隠す必要が在ったからだが・・・」と云いかけたところで、
「はい、一丁上がり。中田さん戸板に乗せ運んでもいいですよ」と医者の新上がいった。
「分かった。運ぶ前に、ここで少し話を聞いておきたい。先ず、先ほどまで話していた双子の弱点を隠す必要とは何ですか」と中田が尋ねた。
「死んだ弟と同じ姿では“斬られ彦四郎”に近づけないだろう。変装する必要が在ったのだ。しかし、金も使い果たしていたので医者に押し込むのを選んだのよ。奪った金を大枚使い大身の武家に化けたのだが、ばれてしまっていたようだ」
「鐘巻殿、どうして判ったのですか」と中田
「根津甚八郎さん教えてあげなさい」
「それは・・大身の侍は橋のたもとなどで人待ちはせぬ者です。待つのではなく気の利いた料理屋に呼び出せばよいのです。ですから違和感を覚えたのです」
「根津殿は大身の旗本の倅か」
「いいえ、呼び出される方です」
笑いが起こった。
「五百旗頭さん、これから伝馬町の牢暮らしに成りますが、生きて出られるとは思わないで下さい。聞かれたことには素直に応えて下さい」と同心の中田。
「ああ、それにしても、この腹の痛み、中川さんよく耐えられたな」
「私の場合は安静にして居られたからな。だが、あんたの場合はそうはいかぬ。中田さんの云うように素直に応え楽にしてもらう事だ」
「聞かれそうなことは分かって居る。金で結ばれた悪党同士、賑やかに三途の川を渡らして貰うよ」
 暫くして、彦四郎の傷の手当ても終わった。
刃を切り結び傷つけあった彦四郎と五百旗頭だが、憎み合うことは無く別れの挨拶を交わした。
何事も受け入れることにした五百旗頭は戸板に乗せてではなく、自身番の中で窮屈な唐丸籠に押し込められ、番士に警護され自身番の外に出ていった。
「中田さん、話が有る」と出て行こうとするのを彦四郎が止めた。
「何ですか」
「亡くなった北村殿の遺族が困って居るようだったら、力を貸したいので屋敷に来るように言って下さい」
「分かった。それでは行ってくる」
中田が外に出ると、唐丸籠が担がれ伝馬町へ運ばれていった。

 自身番前に辻籠がやって来て、籠を下ろし、駕籠かきが中を覗いた。
怪我をした彦四郎が外に出て行くと、自身番を見張って居た小僧が散って行った。
彦四郎が乗った駕籠が銀座通りに出て行くと、両側の店から出て来ていた主以下店の者が、頭を下げ見送った。
新しい刀傷を加えた“斬られ彦四郎”はしばらくやって来ることは無い。
通りの者にとってはたったの二日のことだったが強烈な印象を残した“斬られ彦四郎”だった。

 彦四郎が襲われ軽傷を負ったことは先に中之郷の屋敷に戻った弥一により駒形、押上の養育所にも伝えられていた。
また弥一は絵師の大神田太白に己の腹を見せながら、彦四郎が負った傷の説明をし、版下の修正を至急するように頼んだ。
 そうした中、彦四郎等が戻って来た。
駕籠から降りた彦四郎が一人で歩き始めたのを見て、迎えに出た妻の雅代が胸をなでおろした。
「奥様、彦四郎殿に怪我をさせ申し訳ございませんでした。相手は重傷を負わされたうえ牢に運ばれました。十二分に働いて頂きましたのでこの屋敷で養生させてください」
「お世話を掛けました」

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Posted on 2017/03/01 Wed. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

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