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洗心湯屋

日本一長い、時代小説を目指しています。

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【鐘巻兵庫 第95話 金木犀(その2)】 

 翌九月四日、弥一は、朝稽古の坂崎や、朝飯を彦四郎屋敷まで運ぶ庭番士の連中とやって来た。
兵庫は朝稽古を始める前に坂崎の話を聞いていたが、終わると弥一の前にやって来た。
「弥一さん。仁吉さん以下番士の五人の方々が、剣術を始めることに成るのですが、弥一さんもやる意思がお有りなら一緒に道具の注文を出しますが。どうしますか」
「お願いします」
「それでは朝飯を食べたら、皆さんで日本橋・内神田三島町の鹿島屋に行き、主の徳兵衛さんに私の名で頼んでください。出かける時は駒形の内藤さんに鹿島屋に行くことを断って下さい」
剣術を始めることが許され、道具まで買って貰えると知った男たちは喜び、稽古が始まる道場へと向かった。

 駒形から朝稽古に来た子供たちも加わり道場の賑わいが最高潮に成って居た時、賄いの手伝いをしていた小夜が出て来て、稽古を見ている彦四郎屋敷から来た者に手を振った。
この様なことが在ることは彦四郎屋敷から来ていた万吉と団吉は心得ていて、直ぐに小夜の所へ走って行った。
「出来たか?」
「はい、ご飯、煮魚、それとみそ汁の具がそれぞれ十五人分です」
ちなみに十五人とは、中川家五人、坂崎家二人、仁吉、心太、三五郎、万吉、団吉、大神田、又四郎、弥一のことである。
「御鉢の他の入れ物は?」
「お鍋が二つで、全部で三つです」
「それでは弥一にも手伝わせよう」
こうして弥一も呼ばれ、一人が一つの荷を持って中之郷元町の彦四郎屋敷に戻って行った。

 彦四郎屋敷は先月の十六日に逸見与八郎が命の恩人と思って居る兵庫に沽券と共に渡したものである。兵庫は屋敷を養育所で預かることにして、屋敷の留守居役を中川彦四郎に頼んだ。
当初は、住人も少なく、食事は出来上がったものを押上から運んでいたが、急速に増える住人の分まで運ぶことは無理となり、みそ汁などは調理した具を用意し、味噌、出汁を加えて煮込むのは受け取った方でするようになってきていた。また、佃煮、新香、調味料などは不足したら十軒店で買い求めることに成って居た。
何よりも彦四郎屋敷に居る女は、彦四郎の妻・雅代と坂崎の妻・稲だけだった。
武家の妻女二人に慣れぬ賄い仕事を、町人の分までさせる訳にはいかないのだ。
身分の差を装っているが、料理技量が押上や駒形より劣るため恥をかかせてしまうため今は頼めないのだ。
 兵庫は彦四郎屋敷を早く賄いで自立させたいと思って居るのだが、人が見付からないのだ。人を雇えばよいのだが、それは養育所の趣旨に反するのだ。養育所では暮らしに困窮した者など自立できない者、世に受け入れられない更生が必要な者などに仕事を与え、助け合いながら将来の独立に備えさせるのを狙いとしていたからだ。
 恐らく明日の朝から、彦衛門屋敷の男たちは朝稽古に来るだろう。そうなると飯を運ぶ役を担っている男たちの代わりを誰が・・・
三人が道場口から出ていく後ろ姿は兵庫に決断を迫って行った。

 朝稽古、朝食と済ませた兵庫は自室に戻った。
「彦四郎屋敷の賄いを出来るだけ自立させたいのですが」と志津に話し掛けた。
「そうですね。来年板橋に養女としていくお松とお竹を、坂崎ご夫妻に預け、躾、習い事の他、料理もさせたら如何でしょうか」
「いいですね」
「二人が働けるのは今年だけですから、二人が居る間に代わりの者を養成しておかねばいけませんよ。もう押上から出せる女は居ませんからね」
「それでいつから行って貰えますか」
「それは先様の都合次第ですよ」
「分かりました。これから坂崎さんにお願いに行って参ります」
「私も参ります。未だ屋敷を見ていませんのでね。それと道具類、薪、炭、水など支度をしていただかないと。七輪では十五人分のご飯は炊けませんからね」
「分かりました。お供させて頂きます」
「千丸にも風を当てないといけませんからね」と云い、志津は外出着に着替えるため、奥の部屋に行き、兵庫は這い這いで母の後を追う千丸を抱き上げた。

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Posted on 2017/03/05 Sun. 04:01 [edit]

thread: 花の御江戸のこぼれ話

janre 小説・文学